第171話 鉄を手に入れたぞ

 あれ、俺以外は息があがっていない?

 バルトロとガルーガはともかく、トーレまで涼しい顔をしているじゃないか。

 真剣に運動不足を何とかしなくちゃいけない気がしてきた。

 

 抱えたペンギンを地面に降ろしたところで、ガルーガの耳がピクリと揺れる。

 彼は黒い鼻をひくつかせ、バルトロに目配せした。


「どうする?」

「ん。この音……ヨシュア様の好きな奴だな。仕留めとくか」

「分かった」

「ガルーガはそのままヨシュア様の元にいてもらえるか? 特段何も感じねえけど、念のためだ」

「護衛ならバルトロの方が」

「大丈夫だって。ガルーガだってこの前の修行で、前より感覚が研ぎ澄まされている」

「実感はないのだが、お前が言うのならそうなのだろう」

「あまり嬉しそうじゃねえんだな」

「正直、強さの追求より自分が何をできるのか、何で貢献できるのかに気持ちが変わった。ヨシュア様やお前のおかげだ」

「そっか。あはは。俺も負けねえようにしなきゃな」


 拳を打ち付けあった二人が笑いあう。

 おや、何やら話がまとまったようだけど、わざわざ危険をおかしに行かなくても。

 止めようと思った時には既にバルトロが動き出していて、止めるに止めることが出来なかった。

 でも、会話の様子からして大した相手ではなさそうだ。本気でヤバかったら俺がこうしてのんびりと水を飲んでいる場合じゃなくなるものな。

 

 と思っていたら、すぐにバルトロが戻ってきた。

 何だかぬめぬめしたものを引きずって……。

 長い脚の部分を掴んだバルトロが、そのぬめぬめを放り投げた。

 べたーっと地面に転がるぬめぬめしたオレンジ色の巨大なカエル。


「どうだ? ヨシュア様」

「あ、いや。うん。そうだな。確かに一時期、カエルを集めてもらっていたよな」


 せっかくだから、サンプル採取だけでもしておこう。

 ナイフでオレンジカラーのカエルの表皮を少しだけ剥ぎ取り、袋の中に収める。

 

「そういう地道な調査が実を結んでいるのですな」

 

 俺の様子をじっと眺めていたトーレがうむうむと納得したように頷きながら独り言のように呟く。

 

「ゴム素材は発見したけど、伸縮性の面ではトーレが以前見せてくれたカエル素材の方が優れていたし」

「ふぉふぉ。あれは公都の北にある湖のほとりに沢山棲息していますぞ」

「こっちでは見かけないんだよな。でもま、他の用途に使えるかもだし。ペンギンさんに分析を任せよう」

「もちろんだとも。ワクワクするね」


 な、と無茶ぶりしたつもりが嬉々として応じるペンギンである。

 そんな彼にタラリと額から冷や汗が流れ落ちたが、あの様子だとしっかり調べてくれそうだし良しだ。

 

 ◇◇◇

 

 ちょっとした休憩を挟んだ後、トーレの鼻を頼りに道なき道を進んで行く。

 すると、ぱっと視界が開けゴツゴツした岩が露出し、まばらに草が生える小高い丘に出たんだ。


「この辺りですぞ」


 トーレが両手を大きく開き顎を上げる。

 この辺りってどの辺りなんだろう。

 丘の斜面までてくてくと歩き、しゃがみ込んでカツンカツンといつものノミでコンコンと岩を採取する。


 俺の動きに合わせるようにバルトロがついて来たが、残りの三人はその場にとどまったままだった。

 トーレは目をつぶりむにゃむにゃと呪文を唱えている様子だ。きっと詳細な場所を探っているのだろう。


「トーレさん、鉄鉱石の鉱脈は地下どれほどに?」

「この丘全てですな。見事な鉄鉱山ですぞ」


 ペンギンが問いかけると、トーレが両目をくわっと見開き大きな声で応じた。


「こ、この丘全部だって! 露天掘りできるのか」

「そうですな。このままツルハシで掘り返し、できればここで精製したいところですが」


 顎に手を当て満足そうに頷くトーレに対し、言葉を続ける。


「鉱山街……いや作業場と小屋だけでもいいか。急ぎ派遣したいところなのだけど、場所をちゃんと調べておかないとだな」

「はて。おお。なるほどなるほど。物資を運び込むのも鉱石を運び出すにも、険しくない道を探した方がよいですな」

「それもあるのだけど、確かルドン高原から北北西だと言っていたじゃないか。ここは既に公国領に入っているかもしれない。ベッケンドルフ子爵領……だったかな」

「ふむ。政治的なことであれば、ヨシュア坊ちゃんにお任せするしかありませんな」

「うん。そこはシャルと俺で何とかする。ガーデルマン伯領と隣り合わせだし、クルトの協力も扇ぐよ」


 となれば、一旦戻り、飛行船で場所の確認だな。

 ベッケンドルフ子爵がここで鉄鉱石を採掘し、辺境国に供給してくれるのが一番いいのだけど……難しそうだ。

 ここは辺境と子爵領の境目辺りと踏んでいる。

 どの貴族領も辺境付近は未開発どころか、未踏の地に近い。

 村の一つもないものなあ……。

 いくら「鉄がありますよ」と言ったところで、飛びつくとは思えん。

 どうしたものか。

 俺たちが開発するとしたら、拠点を作り、モンスターの危険を排除しつつ辺境国までの道を作らないと。

 かなりの労力が必要だが、見返りは大きい。鉄がうなるほど手に入るなら、鉄製品をどんどん作って行くことができるからな。

 木に次いで、鉄、ガラスは大量に使う。ブルーメタルに加工すれば錆びないし、武器や農具の性能も飛躍的に上がることだろう。

 

「もう少しサンプル採取して、今回の調査は終わりとしようか」

「あいよ。俺も持つぜ。ヨシュア様」

「ありがとう」


 大きな麻袋を掲げたバルトロがニカッと笑顔を見せる。

 みんなで斜面の岩をコンコンして細かく砕き、20キロくらいほど袋に詰めて持ち帰ることになった。

 

 俺も持とうとしたのだけど、結局全部バルトロが肩にかけて軽やかに「俺が持つぜー」なんて言うものだから、甘えてしまうことに。

 最終的に俺が持っていたのは、カエルの皮と最初に拾った岩の欠片だけだったという……。

 帰りもガルーガがペンギンを抱え、途中で俺が疲れて休憩を挟み馬車まで到着と行きと同じ工程を辿った。

 

 翌朝、セコイアを誘い飛行船で現地を確認したところベッケンドルフ子爵領と辺境の丁度境目だと分かる。

 そんなわけで、追放中の俺がベッケンドルフ子爵領へ直接行くわけにもいかないので、シャルロッテに頼み途中でクルトを拾い、ベッケンドルフ子爵と直接交渉してもらった。

 移動は飛行船だったので、一日かからずシャルロッテが戻って来る。

 ベッケンドルフ子爵としては未踏の地であることだし、丁度辺境との境目だったので辺境国が自由に使ってくれていいとの返答だった。

 せっかくだから、ベッケンドルフ子爵領の領民の中にも鉱山で働きたい者がいたら募ってくれと手紙を出すことにしたんだ。

 

 そうそう。帰宅するや否やさっそく鉱石を調べたペンギンは、すぐに調査結果を持ってきてくれてさ。

 鉄の含有量は平均値の二倍ほど高く、良質な鉄が取れるだろうと判明した。

 露天掘りの鉄鉱山の採掘が稼働するようになれば、鉄不足が解消されるどころか潤沢に供給できるようになる見込みである。


※いよいよ明日、追放された転生公爵の二巻発売となります。ペンギンさんの雄姿だけでもチラ見していただけますと嬉しいです。ヨシュア像のイラストもあります!

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