第170話 宗太郎

「舗装していなくとも、何とかなるものだね」

「馬車は概ね街道沿いを走るのですが、街道といっても土を固めていればまだいい方で、木を切り倒しただけという場所もありますから」

「悪路に強いようにできているということですかな?」

「この馬車は例の振動軽減の仕組みを採用しております。更になのですが、車輪が沈み込む遊びを作っておりまして、普通の馬車より詰まらず進むことができるはずですぞ」

「素晴らしい! トーレさんは天才ですな!」

「ペンギン殿ほど、切れるわけであありませんが、長年の経験ですな」


 ふぉふぉふぉと朗らかに笑うトーレとパカパカ嘴がうるさいペンギンはとても楽しそうだ。

 ペンギンが驚くのも分かる。彼は何も言われずとも、ゴム素材で衝撃を吸収することから「衝撃を吸収すること」を応用し車輪に改造を加えたのだから。

 牧場からルドン高原の間はまだ舗装途中で、馬車がガタガタしても当然と言えば当然なんだけど。

 馬車窓から顔を出し、前方を確認したがルドン高原に連なる風車はまだ見えてこない。

 それどころか、完全なる荒地なんだけど、ここ……。

 

「あれ、ルドン高原の方に向かっているわけじゃないんだな」

「そうですぞ。道なき道になりますが故、馬車を改造してきたのです」

「俺が辺境に来た時でも平気だったから、馬車って案外大丈夫なもんなんだな」

「森や山に入らなければ、まあ大丈夫ですな。時折、大きな石や穴にはまって動けなくなることはありますが」

「……ってことは、森や山に入るかもってこと?」

「場所は分かっておりますが、地形がどうなっているのかまでは」

「方向はどっちになるんだ?」

「ざっくりとルドン高原より北北西といったところですな」


 ううむ。

 正直まるで分らん。事前調査をするなら、飛行船でちょいちょいっと空から観察すればすぐだけど、それだと二度手間だものな。

 飛行船が降りることのできる地形があれば問題ないけど、都合のいい場所ってなかなかないんだよなあ。

 飛行船は馬車より遥かに大きいし、繊細だ。木の枝に袋の部分を引っかけるだけでも、浮き上がれなくなってしまう。

 飛行船を打ち捨ててくるとなれば、痛手ってもんじゃないから、な。

 あれを建造するのに、相当な時間と手間を費やした。辺境伯特権でどんどこ素材を投入したし……。実のところ、飛行船には魔法金属をはじめとした希少素材もふんだんに使っている。飛行船を追加であと数基は欲しいんだけど、量産することが難しそうだ。あくまで現状なら、と注釈はつくけど。

 

「しかし、なんだかこう、うっそうとしてきたよな」

「そうですな。森なのか山脈の麓なのか」

「さっきまで荒地だったのに、突然変わるもんなんだよなあ」

「自然は気まぐれですから。ふぉふぉ。某らは流れるままにですぞ」


 とかなんとかトーレとやり取りしていると、ガタガタと音を立てて馬車が停車する。

 御者台に目をやると、ひょいっとバルトロが御者台から飛び降りるところだった。

 そのまま彼は外から馬車扉を開く。


「ヨシュア様、これ以上進むと馬車がハマっちまう。どうするか判断して欲しい」

「車輪が壊れたりしたら、帰りが徒歩になるし、荷物も運べない。何より、トーレが気合を入れて改造してくれた馬車を傷付けたくないな」

「戻るか?」

「いや、歩こう。トーレ、あとどれくらいだ?」


 問いかけられたトーレは、長い髭を親指を人差し指で挟み「そうですな……」と声を漏らす。

 すぐに右の眉がピクリと上がり、ポンと手を叩いた。

 

「歩くと某の足で2時間くらいですな」

「だったら、私はここで待つとしようか」

 

 ペンギンの申告にハッとなる。

 そうだった。ペンギンの足の遅さを忘れていた。

 でも、「待つ」と言われて「はいそうですか」と同意するわけにはいかない。

 

「ペンギンさん、ここは鍛冶場でも街中でもないんだ。もしかしたら危険な魔物が出るかもしれないから」

「そうそう危険な魔物なんてものは出てこないものだよ。強者ほど警戒心が強い」

「それ、根拠になっていないから」


 どうするかな。今日のところは戻って出直そうか。

 と思ったところでバルトロの隣までやって来ていたガルーガが指を一本立てる。


「ヨシュア殿。オレが宗太郎を抱えてもいいだろうか?」

「それだと、警戒と索敵に支障がでないかな?」

「バルトロがいる。彼が警戒に当たってくれれば、オレは荷物運び以外することがなくなる。敵が出れば宗太郎を地面に置き、戦う」

「それくらいの間なら俺一人で十分さ」


 ガルーガの言葉に重ねるようにしてバルトロが親指を立て、ウインクした。

 彼らは無理なことは無理とハッキリ言ってくれている。彼らが問題ないと言うのなら、ペンギンのことはガルーガに任せるとしよう。

 本件とはまるで異なることなのだけど、ガルーガに突っ込むべきかそのまま生暖かく見守るべきか迷う。

 ペンギンは宗太郎じゃなくて宗次郎だって。だけど、俺から言うと角が立つような気がしてさ。

 ガルーガとは知り合って日が浅いからか、まだまだ俺に対する時に固くなっているんだよな。そんな俺から指摘したら、というわけだ。

 バルトロ辺りがさりげなくペンギンの名を呼んでくれたりしたらと期待したけど彼に俺から頼まないと難しい。

 ペンギンのことを名前で呼ぶのはセコイアくらいで、他はみんなペンギンと呼んでいる。

 

「では、ガルーガくんにお願いしてもいいのかな?」

「うん。ガルーガ、頼む」


 ペタペタと馬車から降りたペンギンを片手で抱え上げるガルーガ。

 さすがの筋力にほおっと息が出る。

 ペンギンって結構重たいんだよ。抱え上げようとしたら、腰を痛めそうになったもの。

 

 ◇◇◇

 

「はあはあ……」

「ヨシュア様。そろそろ食事にしないか?」

「はあはあ……そ、そうだな。そろそろ一息入れようか」


 歩くこと一時間ほど。せっかくなら到着してから休憩をと思ったが、思った以上の道の険しさに疲労の蓄積が激しい。

 道なき道を進むのは辺境に来てから何度かやっているけど、東の森を進んだ時と同じくらい大変だ。

 膝上辺りまで雑草が生い茂っているし、地面はぬかるみつるりと行きそうになった。

 傾斜のある場所も多くて、木の根に引っかけて転びそうになるわ、語り始めるときりがない。

 

 ドスンと木の幹にもたれかかるようにして大きく息をつく。

 

「ふう。モンスターが出なくてよかった」

「この辺りは魔素が濃くないから、そんなに心配しなくても大丈夫だぜ」

「へえ。そんなことまで分かるのか」

「俺は魔法に詳しくないからさ。実際に来てみるまで分からないんだよ。実際に肌で触れなきゃ分からねえ」

「それでもすごいよ。俺には全く持って」


 軽い調子で応じたバルトロが水筒を手渡してくれる。

 魔法のお勉強はしてこなかったからなあ……でも、きっとちゃんと学んでいたとしても、魔法を使うことはできなかったと思う。

 何せ、俺の魔力密度は……え、ええい。

 魔力なんて無くたって生きていけるさ。は、ははは。


※目が覚めたら……が完結いたしましたので、次回作はじめました。

「無骨なドラゴンとちょっと残念なヒロインの終始ほのぼの、時にコメディ」

大草原の小さな家でスローライフ系ゲームを満喫していたら何故か聖女と呼ばれるようになっていました~異世界で最強のドラゴンに溺愛されてます~

https://kakuyomu.jp/works/16816452218400777077


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