第166話 続・神託と予言の考察

 熟考し思考の渦に沈んでいる俺に対し、ペンギンはフリッパーを高く掲げ嘴をはかっと開いている。

 その体勢のまま動かないものだから、不気味ったらありゃしねえ。

 考えている最中なんだけど、ペンギンの姿が気になってしまう。

 

『ヨシュアくん。仮に尊き者が聖教徒全体の場合、もしくは聖女? 枢機卿だったかな? 少数の者を指す場合について考察してみようか』

『少数だったらかあ。それだったら、枢機卿は置いておくとして聖女の安寧はここにはないと仮定すると、聖女が入れ替わる予兆ってことも考えられる』

『聖女は一定期間で役目を終え、次の者へ引き継がれるのかね。そうだとしても、予言と繋がらないね』

『だなあ。公爵がこの地に留まると不幸が起きるだもんな。あ、待てよ……』


 予言と神託は同じ未来の出来事を指し示す。

 聖女が入れ替わると示す神託と公爵が南東に向かえは繋がらない。

 予言と神託の仕組みからして表現する言葉こそ違えど、意味合いは似たような感じになるはず。


『何か浮かんだのかね?』

『尊き者が聖教徒を指すとしたら、公国の人の殆どが対象になる。そして公爵とは公国の全責任を担う役割だから、公爵とは「国そのものを指す」としたらどうだ?』

『国民に不幸が起こる、言い換えると安寧がない。南東の地……辺境に避難しろ、といった意味合いに取ることができるかな』

『うん。公国全体に何等かの苦難が訪れると取れば、予言と神託の意味は同じになるよね、って解釈だよ』

『ふむ。理屈は通っているか。としても何が起こるのかはまるで分からないと来た』


 顎に手を当て、もう一方の手で指を二本立てる。


『可能性としては二つ。領民たちにとって直接的な被害が出るケース。もう一つは聖教にとって何らかの被害が起きるケースかな』

『後者の発想は面白い着眼点だね。神託もたらす神は聖教の神だとすれば、聖教を棄教する騒ぎになると、それはそれで不幸と捉えることができるのか』


 ペンギンの予測するのと同じことを俺も考えている。

 というのは神託や予言をもたらすのは、聖教を形成することになった神とやらじゃないかって。

 聖教の信じる神の言葉は人類全体を指すのか、自らを信仰する人たちだけを指すのか分からない。

 信仰する人たち……つまり聖教徒だけを指すのだったら、「聖教徒が失われることが破滅である」と解釈できないこともない。

 なんて考えてみたものの、可能性は非常に低いと思う。

 十中八、九は何らかの大災害だろうなあ。


『ヨシュアくん。となると、戦争が起きて安寧が失われるという線も薄いと見ていいかね? 聖教徒なる者たちは公国以外にもいるのだろう?』

『うん。俺も戦争による不幸の線は薄いと見ている。公国の北にある大国である帝国は聖教徒の総本山だしね』

『聖女と枢機卿がいる同じ聖教徒国の公国に帝国が攻め寄せることはない、のかね』

『うん。直接的な戦いは起きないはず。もめごとが起きれば、聖教の幹部が動く。聖女や公国の枢機卿、帝国の枢機卿、共和国の枢機卿とか、がね。彼らが止めれば聖教徒である国軍も動かない』

『そいつはすごい影響力だね。それで国を支配してしまわないのだから、驚きだ』

『聖教は政治権力に手を出さないことで神聖さを保っている。彼らがしゃしゃり出る時は、もめごとの解決する時だけ。聖教徒同士が争うことを避けるためなら、だな。世俗の人に対する人事権なんてものには一切手出ししてこない』

『なるほど。神聖さを保つ。悪くない手だね』


 聖教が聖教国家に与える影響は計り知れない。

 最大国家帝国はともかくとして、公国や共和国みたいな中規模国家に対しては一国の長よりも影響力があるほどだ。

 神託と予言の言葉も絶対で、突拍子もないものであったとしても誰一人、疑いもしない。

 公爵に追放を言い渡し、言われた本人である公爵も含め皆が従うのも神託と予言によるものなら仕方がないとなる。

 当の本人である俺は「やったー激務から解放されるぜ」というものだったわけだけど……。まさか、辺境でも同じことになるなんてな。


『公国の隣国はレーベンストックもあるけど、綿毛病の影響で自国に精一杯だしさ』

『かの国はそもそも外部へ侵攻したことが歴史上ないとも言っていたね』

『うん。聖教の影響力が及ばない国だけにブレない』

 

 レーベンストックに聖教徒がいるのかは不明だけど、いたとしても少数であることは間違いない。

 かの国は部族ごとに信仰する神が異なる。

 部族にもよるのだけど、信仰心にあつい部族なら信仰を強制するだろうし、そうでない部族なら無信仰者もいることだろう。

 聖教徒の国じゃないから、聖教が調停したとしても聞く耳を持つとは限らない。

 といっても、実際レーベンストックに行った限り、他国に侵攻しようなんて判断が出て来るとは考えられないな。

 逆に言えば、聖教徒の誰かにそそのかされたからといって動きを変えることもないってことだ。

 

『外圧による不幸は考慮から外してもよさそうだね。となれば、災害かね』

『うん。公国全土にもたらすかもしれない大災害が一番考え得る線だと思う』

『ふむ。いくつかあるね。地震、津波、ハリケーン、大竜巻、他には地球の歴史上多数あり、民を苦しめた蝗害や冷害などによる大不作……辺りかね』

『俺もその辺くらいしか思いつかない。だけど、ここは地球じゃない。魔力という第三エネルギーがある世界だから』

『そこでセコイアくん、だね』


 公爵時代に様々な災害に頭を悩ませた。

 多くは不作の原因になる事柄だったけど、地球で起こる被害と似たようなものが多かった記憶だ。

 いや、ゴブリンだったか? が民家を襲うので討伐に行ってもらったことがあったか。

 あれもまあ、害獣駆除みたいなものと思えば地球の歴史に当てはめることはできる。

 だけど、地球に似た事象だからといって、メカニズムが同じとは限らない。

 地震が発生したとしよう。地球ではプレートテクトニクス理論が正しいとすれば大地にあるプレート同士が擦れて地震となる。

 一方、この世界ではどうだろうか? 地球と同じかもしれないし、地下深くに大きなナマズがいて大地を揺らしているのかもしれないのだ。

 つまり、地球の常識を鵜呑みにすることは危険であるってこと。

 参考にはなるんだけどね。

 公爵時代には地球で学んだ知識が大いに役にたったもの。

 

 ふと、エリーに不本意ながらも姫抱きされて向こう岸に渡った時のことを思い出す。

 向こう岸は植生が若いことを疑い、近くで見てみようとしたのだけど、原因となるのが火山噴火じゃないかと疑ったからだ。

 火山灰があれば、コンクリートを作ることができるってね。

 しかし、エリーは植生が一度壊滅した原因を「ドラゴンのブレスかもしれない」と言っていた。

 彼女が予想するような、考えてもみなかったことが起こる可能性もあるのが異世界である。

 

『喋り続けて少し喉が乾いたな。エリーかアルルを呼ぼうか』

「たのもー!」


 一息入れようとペンギンに声をかけた時、元気のよい声と共にバタンと扉が開く。

 この声は。

 

「お、セコイアか」

「夜伽と聞いて、きてやったぞ」


 右手をあげ、満面の笑みを浮かべるセコイアである。


「お帰りいただこうか」

「冗談じゃ。全くもう」


 言葉と行動が真逆だぞ。セコイア。

 足元に張り付いてきた彼女をむぎゅーと引き離し、ふうと首を回す。

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