第144話 意外な客人
カーンカーンカーン。三度。そして、一分ほどのインターバルを開けて同じく三度。
ルンベルクとバルトロが指揮して作ってくれた物見櫓からだな。
敵襲や火災などの危急の場合はカンカンカンと短い間隔で打ち鳴らす。今の鳴り響き方は俺専用の特別な合図である。
「来客が街に着いたみたいだ。バルトロ、ガルーガ、この後のことを任せてもよいかな?」
「おう。台車を使っている……となればトーマスのところでいいか」
「うん。トーマスさんなら、彼本人じゃなくても誰か別の人を紹介してくれるよ」
「分かった。んじゃ、台車はこのまま運んで行くぜ」
「頼む」
バルトロと手を振り合い、彼らは農地の方へ。俺は反対側である屋敷へと向かう。
護衛であるアルルも連れて。
「エリー、ペンギンさんもまた後で」
「畏まりました」
『ヨシュアくん。また相談したいことがある。そのうち』
エリーとペンギンとは屋敷の前で別れる。
彼らは屋敷から北へ進み、鍛冶場へと戻る予定だ。街から鍛冶場までは水道橋から続く工事の折に石畳の道を敷設している。
元々馬で移動していたからそれほど違いを感じることはなかったけど、ルビコン川の向こうから切り出してきた鉱物を運ぶとなると話は違う。
台車にしろ馬車にしろ、道があると無いじゃ効率、労力の面で大きく変わるからな。
最終的に各鉱山や石切り場など素材を採掘する場所から街の中まで、全てしっかりとした石畳の道を通したい。
街の中に関しては概ね完了しているので、次はどこに道を通すかだな。風車がある方面に伸ばすことも捨てがたい。
あちらは交易路になるから、今後街道となる予定である。
どれくらいの往来があるかにもよるけど、積極的に行商人たちに来てもらうためには道の整備は必須だろう。
「うーん。先に街道かなあ」
なんてことをぼやきつつ、屋敷の門をくぐった。
「お待ちしておりました。客人は先に通しております」
門を入ったところで、燕尾服に身を包んだルンベルクが深々と優雅な礼をする。
いつもながら、所作一つ一つが決まっていて惚れ惚れするよ。俺は彼のオールバックが乱れた姿を見たことがない。
優雅な立ち振る舞いはともかく、俺も彼くらいの年齢になった時ダンディーなワインが似合う男になれるのだろうか?
……ちょっと難しいかもしれん。
「どうしたの? ヨシュア様?」
「いや、何でもないんだ。俺は俺にしかなれないって再確認したまでさ」
「ん? んん?」
「アルルがエリーになれないのと同じことさ。俺は俺、アルルはアルル。それぞれ良さがあるってさ」
「うん!」
ビシッと右腕を上にあげて尻尾もピンと立て返事をするアルルであった。
ついつい撫でたくなる素直さだ。子供っぽいという人がいるかもしれない。だけど俺はアルルのこういうところを好ましく思っている。
彼女の過去は知らないけど、今こうして素直に意見を言ってくれて、笑顔を浮かべてくれているのなら、俺は大満足だ。
推測に過ぎないが、彼女の過去は決して明るいものじゃかなったんじゃないかなと考えている。
彼女の歳に比べて幼い考え方、男女の機微をまるで分かっていないところは、過去の環境がそうさせているはず。
あくまで主観で身勝手な考え方だけど、不自由なく育っていたのなら、年相応になるのではないか?
辛い過去があれば、大人びるかその逆になるかどちらかの可能性が高くなるんじゃあないかって、ね。
「アルル」
「はい!」
「いや、何でもない。あ、そうだ。会談が終わったらグアバジュースでも飲むか?」
「すっぱい……ヨシュア様も飲むの?」
「ちょうど疲れてくる頃だし、目が覚めてよいもんだぞ。ビタミンCも沢山入っているからな」
そう言ったものの、できる限り避けてきたグアバジュースの味を思い出しアルルに見られないよう顔をしかめる。
もうちょっとこう、まろやかにならないものかなあれ。
あ、そうだ。カエデのメープルシロップを混ぜればいい感じになるんじゃないか?
レモネードみたいになればおいしくいただけそうだ。どうして今までこの発想が無かったのか、自分でも不思議に思う。
よおっし、後で試してみよう。
「ヨシュア様。どちらと先にお会いいたしますか?」
「ん。二組も来客が?」
館の中へ入ろうと一歩進んだ時、出し抜けにルンベルクが思ってもみないことを申し出る。
ついオウム返しのように聞きかえしてしまったが、一体どういうことだ?
「はい。一方はヨシュア様が事前に連絡を取っておられたガーデルマン伯爵です」
「もう一組は?」
「公国の方ではありません。お通ししてよいものか、お聞きすべきだったかもしれません」
「いや、俺がどのような人でも公国を含めた他国から商談をしたいと申し出る人は通してくれと頼んでいるから、『通す』で間違っていないよ」
「恐れ入ります」
んー。どっちからと言われると迷うな。
どちらを待たせてもよろしくないのだが、来客時間を決めておくなんてことができないのだから仕方ない。
早馬を走らせ事前告知することはできるけど、国家間の重要会談でもない限りそこまで大掛かりにすることもないだろうし。
そうだなあ。ガーデルマン伯だったら――。
「シャルはガーデルマン伯と一緒にいるのかな?」
「左様でございます」
「じゃあ、シャルに伯と話を詰めておいてもらうように伝えてもらえるか。遅れて申し訳ないとも」
「承知いたしました」
予想通り、シャルロッテが激務の合間を縫って既に駆けつけてくれている。
ガーデルマン伯との会談をセッティングしてくれたのは彼女だから、きっともう来ていると思っていたんだ。
もちろん、同席してもらうよう彼女に依頼はしていた。
だけど、彼女だって鐘の音を合図に屋敷に集合という手筈になっていたから、まだ到着していない可能性もあったのだ。
◇◇◇
客間にはエメラルドグリーンのウェーブのかかった長い髪の少女が控えていた。
頭からはぴょこんと薄黄色の触覚のようなものが伸び、背からはアゲハ蝶のような鮮やかな翅が見える。
桜色のワンピース一枚だけを着て裸足のままのその姿は、おとぎ話の中から飛び出してきたかのようだ。
公国ではまず見ない種族だが、俺は一度だけ会ったことがある。ええと、何だっけか。
考えている間にもフワリと腰かけた革張りのカウチから浮き上がりこちらに体ごと向きを変えた彼女がペコリとお辞儀をする。
「お噂はかねがねお聞きしております。賢公ヨシュア様、お初にお目にかかります。アールヴ族のエイルと申します」
「カンパーランド辺境国、辺境伯のヨシュアです。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
返礼をしながら思い出す。そうだった。アールヴ族だ。
フェアリーにも似たアールヴ族は辺境国から北にある部族連合レーベンストックの深い森の中に住む種族だったはず。
女性だけの種族で、フェアリーと異なり、背丈は人間より少し小さいくらいで、ドワーフやノームよりは高い。
レーベンストックがわざわざ俺と取引をしようとは、一体どういう風の吹き回しだ?
※新作、たくさんの方に来ていただけてとても嬉しいです。ありがとうございました。
目が覚めたら誰もいねええ!?残された第四王子の俺は処刑エンドをひっくり返し、内政無双で成り上がる。戻って来てももう遅いよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます