第143話 どうやら木がもろくなっていたようだ

 いつの間にか謎のパレードみたいになっている。

 広場に入ると集まってきた領民の一人が俺の名を叫ぶと、それにつられて一斉にヨシュアコールが巻き起こったのだ!

 もはや、群衆に取り囲まれて自分の名前を連呼されることに対して、羞恥心が刺激されるってことはない。

 何度も演説を繰り返しているからさ。

 だけど、台車だぞ。台車。

 乗り物でもない台車の上でアルルと肩を寄せ合っている状況で、ヨシュアコールはさすがに慣れた俺であってもくるものがある。


「みんなー。道を開けてくれー」


 呼びかけるとささーっと群衆が割れた。


「ガルーガ、少し速度をあげて欲しい」

「了解した」


 ガルーガの太い腕に力が籠る。

 う、うおっとお。自分で頼んでおいて何だが、一気にスピードがあがったので後ろ向きの圧があ。

 囲いなんてものはないから、転がると下に落ちてしまう。

 ぽすん。

 しかし、アルルが俺の体を自分の体で支えてくれた。

 

「ありがとう。アルル」

「ぎゅーと、する?」

 

 恐らくコテンと首をかしげて尋ねているだろうアルルだったが、既に後ろから密着されている。

 いやまあ、いくら俺でもそうそうよろけるなんてことは。

 斜めになった体をアルルが自分の体で押し返してくれた。


「すまない。ヨシュア殿」

「いやいや、大丈夫大丈夫。もっとだーっといっちゃってもいいよ」


 うおおおっと。

 またしても倒れそうに……はならなかった。アルルがいるからな。

 は、ははは。

 

 速い速い。すごいぞ。ガルーガ!

 アルルが支えてくれているから、がくんとしても安心安全、ビクともしない。

 ふむ。速度があがっても馬車と比べたると、揺れがそれほどでもないな。

 

 広場を抜けたところで右のフリッパーをあげるペンギンと遭遇する。

 っと。それはいいんだが、ガルーガが急に速度を落としたものだから思いっきり前のめりにつんのめ……らない。

 アルルが後ろからがっしりと両手で抱きしめてくれたからな。

 

『お、人だかりがと思ったら、ヨシュアくんじゃないか!』

「かわいい」


 アルルが口を漏らすのも頷ける。

 ペンギンは背もたれのないベビーカーのような台の上に乗っていたからだ。

 後ろの持ち手を掴むのはエリーで、ここまでペンギンを押してきてくれたのだろう。

 ペンギンの乗る背もたれのないベビーカーもどきは、特別性なんだ。こっちの車輪は魔工プラスチックで作られている。

 現代日本のベビーカーは確かプラスチック製だった記憶で、それならこっちの世界でも作ってみるかとなった。

 プラスチックだと重たい物を乗せるに向いてはいないけど、ゴム製よりお手軽でスムーズに動かせるようなら実用化したいと思っている。

 用途はベビーカー以外にもちょっとした荷物を運ぶトランクの車輪とかにも使えるんじゃないかってね。

 

「ペンギンさん、乗ってみた感じどうかな?」

『悪くない。本格的なベビーカーにするには何かと足りないが、キャリー用に使うならフレームだけにして紐で縛れば使えそうだ』

「俺も同じことを考えていた。キャリカートならすぐにでも実用化できそうだよね。魔工プラスチックは金型さえ作ればあとは固めるだけだから、量産もできそうだし」


 同意するようにペンギンがパカパカと嘴を打ち鳴らす。

 ご機嫌そうな彼はよいのだけど、エリーの様子が気になる。

 彼女は持ち手を握りしめたまま、うつむいてぶつぶつ何か言っているのだ。

 たぶん、鍛冶場からここまでベビーカーもどきを押してきたのだから、疲れちゃったのかもしれない。

 ペンギンはそれほど重たくはないとはいえ、ベビーカーもどきの台車は押しやすいようにはできていないだろうし。

 力の方向を間違えると、浮き上がっちゃいそうだからな。前かがみになるし、腰にもきそうだし……。

 

「エリー。座って休んだ方が」

「わ、私もヨシュア様と……い、いえ、さすがにそれは……で、でもアルルだって……」

「おーい。エリー」

「……! ヨシュア様! も、申し訳ありません。つ、ついぼーっとしてしまいまして」

 

 がばっと顔をあげたエリーの顔は火照っていた。

 

「体温があがっちゃってるんじゃないか? 脱水も心配だ」


 すとんと台車から降りて、膝を曲げエリーの顔を下から覗き込む。


「そ、そのようなことは。ぜ、全然平気ですうう」

「熱があるんじゃないか?」

「……っ!」

 

 エリーの額に手をあて、自分の額にも手を当ててみる。

 ちょっと熱いようなそうでもないような……。

 

「うーん。軽い脱水症状かもしれない。アルル。水筒を」

「はい!」


 台車からぴょこんと飛び降りたアルルが、腰から吊った水筒をエリーに手渡した。


「体力が有り余っているセコイアに任せればよかったのに。彼女なら取っ手を押すに背丈も丁度いいだろう」

「ヨシュア様。エリー。疲れてない、よ?」


 エリーに向けて「ね」と目配せするアルルに対し、彼女は口元をわなわなとさせる。

 いやいや、鍛冶場からここまで手ぶらで歩いてきてもなかなかよい運動になるんだぞ。


「アルル。疲れていることにしましょ、ね?」

「でも、エリー。あ、分かった」

「わ、分からなくていいの!」

「ヨシュア様。エリー」

「きゃああ」

 

 やんやとやり取りしていた二人だったが、急にエリーがアルルを後ろから抱きしめ、彼女の口を塞ぐ。

 ギシギシといやーな音が聞こえてきて、アルルの猫耳がペタンとなってしまった。

 

「いたい」

「ご、ごめんなさい」


 パッとアルルから体を離すエリー。

 一方でアルルは口元に人差し指を当ててこちらに顔を向ける。

 

「エリー、ヨシュア様を。抱きしめたい。って」

「ん。アルルに代わって俺を支えたいっとこと?」

「うん! ね、エリー」

「そ、そんなことはありありませんんですっ! け、決してヨシュア様の華奢なお体に触れたいなどとは」


 エリーが持ち手を握りしめ、もじもじと体を揺らす。

 バキイイ。

 派手な音をたてて、木製の持ち手が折れてしまった。正確には取っ手が握りつぶされている。


「ご、ごめん。持ち手に使った木は腐っていたみたいだな」

「い、いえ。こ、壊してしまい……申し訳ありません」

「いや。怪我が無くてよかった」


 たははと微妙な顔で後ろ頭をかく俺の額から冷や汗が流れ落ちた。

 エリーが手を開くと、パラパラと木片が舞う。


「ヨシュア様、それ腐ってな……むぐう」

「ま、まあいいじゃないか。うん」


 アルルの口をむぐうと両手でおさえ、この場を収める。


『しかし、これはこれで』


 ペンギンがベビーカーもどきの上に乗ったまま、足を上下にパタパタと揺らす。

 地面を蹴りたいように思えるんだけど、届いてはいない……。

 

「ペンギンさん。スケートボードみたいにはいかないと思う。形状的に」

「スケートボード? おもしろそうだな。それ」


 ずっと俺たちの様子を見守っていたバルトロが興味を惹かれたらしく、顎髭に手を当てながら口を挟む。


「こう、これくらいの板にプラスチック製の小さな車をつけてさ。足で押して進むんだよ」

「へえ。そいつは楽しそうだ。公国には無かったよな」

「うん。ローゼンハイムは階段も多くて往来も結構あったから。ぶつかると危ないと思ってさ。それに、スケートボードは舗装された道じゃないと走行できないから」

「なるほどな。子供が好きそうだもんな」


 片目をつぶり親指を立てるバルトロに頷きを返す。

 乗り物好きな彼のことだ。スケートボードがあったら、真っ先に飛びつくと思う。

 お世話になりっぱなしだし、ペンギンさんと相談しながらトーレに作ってもらうのもありだな。


 颯爽とスケートボードを乗りこなすバルトロの姿を想像したところで、騒々しい鐘の音が鳴り響く。


※もう一つの連載が完結いたしましたので、新作をはじめました。

こちらも是非チラ見だけでもしていただけましたら嬉しいです!


目が覚めたら誰もいねええ!?残された第四王子の俺は処刑エンドをひっくり返し、内政無双で成り上がる。戻って来てももう遅いよ?

https://kakuyomu.jp/works/1177354055235256058


本作と異なり辺境を開拓するのではなく、反乱軍に占領された国を取り戻し、知力とブラフ、人脈を使って大逆転するおはなしです。是非一度みてみてください!

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