第142話 台車がパワーアップ

 シャルロッテと一緒に徹夜してから、二日が経過した。


「お、おお」


 アルルと目を合わせ、驚きの声をあげる。

 彼女は表情にこそ出さないが、虎柄の耳がピクピク動いて興味津々と言った様子を隠せていない。

 子供っぽいことを気にしていたみたいなので、はしゃぐことを我慢しているのかな。

 台車の上でくすりとしても締まらないったらありゃしない。

 それに、持ち手を掴む丸太のような腕をした虎頭を余り待たせるのも悪い。

 彼らには忙しい合間を縫って来てもらっているんだからさ。

 一方、呼び出したもう一人……彼の傍にいるバルトロは腕を組み、俺たちの様子を楽しげに見守っている。


「どうでしょうか?」

「元が分からないから、どれだけ改善したのか俺だと何とも言えないな」

「んじゃ、借りてくるか。今までのと乗り比べれば分かるんじゃねえか」


 片目を閉じたバルトロはさっそく動き出そうとした。

 それに対し、右手を上げ待ったをかける。


「それなら、使っている人に試してもらった方が話が早いな」

「確かにな。ガルーガ、そのまま押して行くか?」

「そうしよう」


 二人のやり取りにポンと膝を打つ。

 俺たちが今いるのは館の庭だ。新型のゴムを使った台車の実験をしていたのだけど、揺れが軽減されたのかどうも分からん。

 構造の分からないサスペンションもどきは別として、タイヤに関しては以前より良い感じになっているはずなんだ。

 何しろ木製の車輪から、ゴム製に変えたからな。

 車軸も鉄に変更したから強度も増したはず。しかしながら、鉄は不足気味でさ。鉄がわんさか取れる露天掘りできる鉱脈でも発見できればいいんだけど……。

 鉱石を発見したとしても、深くまで掘り進めなきゃいけないとなると、なかなか採掘が進まないからなあ。

 鉄は金属類の中だと最も発見率が高い。なので、小さな鉱脈ならちょこちょこ発見し、実際に掘り進めてはいる。

 こう、容易にサクサク採掘できて含有量も多くてウハウハな鉄鉱脈を発見できないものか。

 そんな都合のいい話もあるわけではなく、道具の整備と運搬手段の改善を行うなどして効率をあげていかなきゃな。輸入するのも一つの手だ。

 この後、ガーデルマン伯爵がくることになっているからちょうどいい。

 

 そうそう、ゴムタイヤは中に空気を入れて膨らますタイプではなく、木製の車輪に厚手のゴムを貼り付けたものなのだ。

 ゴムの厚みを増せば更なる振動軽減ができるかもしれない。

 空気で膨らませるタイプのタイヤの方が素材も少なくて済み効率的じゃないかって?

 仕方がない。まだ技術的に難しかったんだ。

 何かしらの魔道具があればいけるかもしれん。どんな魔道具なら良いのかアイデアを募るとしよう。もちろん、俺も考えるけどね。


「うわっと」

「ヨシュア様」


 台車が動き出したことでよろめく俺をアルルが全身で受け止めた。


「すまない。ヨシュア殿」

「いや、ぼーっとしていた俺が悪い」

 

 台車を押したガルーガが謝罪の言葉を述べる。

 対する俺は首を左右に振り彼に向け苦笑した。

 

「動かしていいか? ヨシュア様」

「うん」

「ガルーガ。俺が先行する」


 パチリと指を鳴らしたバルトロが台車の前に出る。

 バルトロが門を開けると、台車がすううっと動き出す。

 

 門から伸びる石畳の道に自然と顔が緩む。みんな本当によく頑張ってくれたよな。

 ゴムタイヤだからか、ガラガラという音も木製のものに比べたらかなり軽減されている。

 石を切り出すのにガラムがミスリルだっけか、魔法金属で作ってくれたから工事も早く済んだってポールが言っていた。

 だけど、ずうっと視界の端まで伸びる石畳の道を敷設するには、一朝一夕で完成するものじゃあない。

 工事車両を使ったとしても、かなりの時間を要する。それを全て手作業でやったのだから、この道だけでも俺は領民を誇りに思うよ。

 もちろん、それだけじゃあない。

 立ち並ぶ民家にもまた胸が熱くなる。同じ規格で作ったからか、整然とした綺麗な街並みになっていると思う。


「どうしたの? ヨシュア様?」

「うん。街並みを見てさ。感慨深くなって」

「ヨシュア様が。街を作った、のに?」

「俺は指示を出しただけさ。実際に汗水垂らしたわけじゃあないよ」

「ううん。ヨシュア様が。いたから。みんな、がんばれたの。アルルは見ていただけだけど」

「アルルも街の発展のために、いっぱい頑張ってくれたよ。ありがとうな」

「えへへ」


 えらいぞーとばかりにアルルのふわふわの頭を撫でる。

 彼女はうにゅーと目を細め、嬉しそうに口端をあげた。誰かと違って涎は垂れていない。


「そういや、ヨシュア様。ポールから聞いたんだが」

「ん?」


 頭の後ろに両手をやったバルトロが、行儀悪く顎で右斜め前の民家を指し示す。

 何だろう。分かりやすいように区画と目的別に屋根の色を分けたことかな。

 先日、病院にと思って急ぎ建てた建物の屋根を白く塗ってもらったけど。

 正直、分かりやすくて整った感はあるけど、機械的で情緒がないかもしれないといいところばかりじゃあないんだよね。


「ゼロから作るってことで、家族向けやら一人用やら民家も商店も形を決めただろ?」

「うん。形が同じなら材料を無駄なく使えて、どれくらい建材があればどれくらいの家が建つか分かりやすい。同じものを作るなら作っていくうちにスピードもあがる」


 まさに効率重視だ。早急に家を建てる必要があったからな。

 何もないところに大量に領民が押し寄せたんだもの。人それぞれの趣味趣向を凝らした家なんて待っていられなかったんだ。


「それだぜ。ヨシュア様。規格を統一? だったか」

「そのことか。公国でも一部採用していたんだけど」

「作業分担ができるし、指示を出す必要もないからえらく作業が早くなったようだぜ」

「保管もしやすくなるんだぞ」

「ヨシュア様の指示があったから、いろんなところでより少ない人数で、大きな成果を出してるんだ」

「は、はは。ありがとうな。バルトロ」


 バルトロは言葉で語ることが余り得意ではない。だけど、俺が「指示を出しただけ」と苦笑していたから、彼なりにフォローしてくれたんだ。

 俺はこんないい奴らばかりに囲まれて暮らしていくことができている。人材とは人財だと言うが、心からそう思うよ。

 人というものは何物にも代えがたい。どれだけ贅沢な暮らしをしようとも、ギスギスした人間関係の中で生きていくとなると胃に穴が開きそうだ。

 それならまだ、誰もいないところでひっそりと暮らした方がまだましだろう。

 

 確かにバルトロの言うように木材を切り出した時に俺は規格統一するように指示を出した。

 現代日本では、あらゆる物の規格が決まっている。ネジの長さであったり、電球のソケットであったり。

 木材にしても規格サイズというものがある。

 規格サイズがあれば、量産でき作業効率が上がる分、お安く提供できるようになるんだ。

 公国でも挑戦してみたけど、バラバラサイズの物が溢れすぎていて中々上手く浸透しなかった。

 だが、まだ何もない辺境であれば話が異なる。

 最初から規格統一してしまえば、以後もそのまま行くことができるってね。

 

 中央大広場が近づくにつれ、俺たちについてくる人が増えてきた……。

 どうしたもんかなこれ。

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