第140話 閑話 続・変わりゆくネラック
――ミーシャ。
ネラックの街に住み始めてから今日で20日くらいかな?
お父さんは畑へ。お母さんは街のお掃除係をやっていたんだけど、少し前から別のお仕事をしているの。
草を編んで籠を作ったり、絨毯にしたりってことをしているんだって!
「わたしにも教えて」とお母さんにお願いすると「背の高い草があったらね」なんて言うの。
だからわたしは背の高い草を探しに街を歩くことにしたんだ。
でも、その前に行きたいところがあるの。
毎日どこか必ず変わっている街の風景に目を輝かせながら、てくてくと大通りを歩く。
今日はいないかなあ。
広場が近くなると自然に早足になってくる。
あ、いた。
鍔の広い麦わら帽子をかぶった白いワンピースの女の子。わたしと同じ歳くらいの。
耳がピンと尖っていて、エメラルドグリーンの長い髪がとってもきれいなの。
キラキラって太陽の光に反射して、わたしの地味な焦げ茶色の髪とは全然違うんだ!
手を振りながら、彼女の元まで駆け寄る。
「おはよう!マルティナ!」
「お、は、よう」
「お散歩?」
「う、うん」
「一緒に行こう!」
こくこくと小さく頷く彼女の手を取って、まずは広場の中央に向かう。
広場の中央にはヨシュア様を模した凛々しい像が立っているの。周囲を石枠が丸く取り囲んでいるのだけど、いずれ水を張るんだって!
ガーデルマンにも女神様の像があったのだけど、ヨシュア様の像だってそれに負けないくらい素敵なんだから。
両膝をつき、目を閉じてお祈りする。神様にお祈りする代わりにここでヨシュア様にお祈りしているの。
マルティナも立ったまま目をつぶって祈っているみたい。
彼女はエルフ? だと言っていたのだけど……人間と同じ神様がいるのかな? それともエルフにはエルフの神様がいるのかな?
不思議に思って彼女に聞いてみたら、エルフは大きな木を神様だと思っているんだって!
信じる神様が違っても、おんなじようにヨシュア様に祈りを捧げるって素敵だと思わない?
みんなそれだけ、ヨシュア様を敬愛してヨシュア様の元で街の人は一つになれている、のだと思う。
「し、白い、お、うちを、見つけた、の」
「行ってみよう!」
マルティナの手を握ると、彼女からわたしの手を引っ張ってきた。
彼女の目が「はやくはやく」と訴えている。
わたし思うの。マルティナはお友達を作るのが苦手と言っていたけど、そうじゃないって。
だって、彼女はこんなに楽しそうにわたしと一緒に遊んだり、探検したりしてくれる。
お喋りが少なかったって分かるよ。マルティナ。
あなたが何を言おうとしているかってことくらい!
広場を離れ、二人並んで歩いていくと三角屋根から細い柱が伸びた建物が見えてくる。
あれは聖教の教会。公国からきた人の多くは聖教の神さまに祈りを捧げているの。
だけど、ここにあるのは聖教の教会だけじゃあないんだ。両隣りに「ものつくり」の神様とご神木が祭っている社があるのよ。
神様がいっぱいいるから、きっとネラックの街は他の街より安全でいっぱい幸せを運んでくれると思うんだ。すごいよね!
教会を過ぎたところで、マルティナが右斜め前を指さす。
ほんとだ。壁だけじゃなく屋根まで真っ白の建物があるじゃない!
「ここって。あ」
「びょ、病院、だ、よ」
そっか。病院かあ。
実のところわたしは、しょっちゅう病院の前を通っていた。
たしか一昨日までは白い屋根じゃなかったかな。
ここは綿毛病を治療するために建てられたってお母さんが言っていたわ。
元はといえばわたしが、この街に綿毛病を……。
「ど、どうした、の?」
「う、ううん。何でもないよ」
ぶんぶんと首を振ったんだけど、マルティナには分かっちゃったみたい。
彼女は心の色? 感情っていうのだっけ? を普通の人より感じとる力が強いみたいで、わたしが悩んでいるとすぐに察しちゃうの。
その時、艶やかな長い黒髪を揺らしたメイド服姿の綺麗な女の人がにこっとわたしたちに向け会釈してくる。
真っ直ぐに切りそろえた前髪にすっと伸びた眉、長いまつ毛、女性らしい体つき……わたしも大きくなったら、ううん。ちょっと難しいかな、と思う。
わたしはこの人を知っている。
「エリーさん」
綺麗な女の人の名を呼ぶと、彼女は大きなバスケットを抱えたままわたしたちに声をかけてきてくれた。
「二人揃って、お散歩?」
「う、うん。し、白い、屋根を、見に、きたの」
「ヨシュア様が分かりやすいように屋根を白く塗ったらどうかとおっしゃったの。それをポールさんに伝えたら、すぐに大工さんたちが真っ白に塗ってくださったの」
そうだったんだ。
ぎゅ。
マルティナがわたしの手を握り、「大丈夫」と言わんばかりに手に力を込めた。
うん、分かっているよ。マルティナ。
わたしが悩むことなんかないんだって。ヨシュア様にも言われたの。
「綿毛病はミーシャがやってこなかったとしても、ネラックの街にまで運ばれてくるとヨシュア様もおっしゃっていたわ」
「うん。でも」
エリーさんまで……。わたし、そんなに顔に出ていたかなあ?
彼女は中腰になって片手でバスケットを支え、もう一方の手をわたしの頭の上に乗せた。
「大丈夫。先に綿毛病のことを解明できたから。重篤化する人も出ないだろうって、ヨシュア様だけじゃなくペンギンさんもセコイア様もおっしゃっているもの」
「うん!」
「いい笑顔! その調子よ。ミーシャ」
口元だけに笑みを浮かべたエリーさんが、わたしの頭から手を離し立ち上がる。
「あ、あの。エリーさん」
「うん?」
「ヨシュア様のメイドになるのって、やっぱり、エリーさんみたいに綺麗じゃないとダメなのかな?」
「き、綺麗……わ、私が。私など」
何故かたじろくエリーさん。
エリーさんは自分の容姿に自信がないのかな? わたしだったら、みんなに自慢しちゃうよ?
「アルルさんも可愛いし。ヨシュア様は可愛い人と綺麗な人、どっちが好きなのかな?」
「ど、どっち……。いえ、そんな。わ、私が選択肢に? そんなわけ……」
「あ、エリーさん」
くるりとわたしたちから背を向けたエリーさんは、白い建物――病院に向かって行ってしまったの。
※カドカワBOOKSさんの五周年記念特別SSに参加させていただきました。
よろしければ是非ご覧になってみてください―。どなたでも閲覧できます。
<謎のカード「5」の秘密を暴け>
https://kakuyomu.jp/works/1177354054922681918/episodes/1177354055077403081
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