第135話 恒例のお呼び出し

 ゲラ=ラという小さな仲間を加えた俺たちは無事ネラックへ帰還する。

 発着場にはいつの間にか大勢の人だかりができていて、飛行船が着陸すると大歓声で迎えてくれた。

 俺がタラップを降りた時なんて、絶叫とまで言える大歓声があがってさ。過呼吸で倒れる人までいる始末……。


 降りるなり人波を分けて、白髭のノームが前に出てきた。

 赤い帽子にチョッキといつもの姿の彼は、嫌がらずむしろ率先して細かい仕事をしてくれるトーレその人である。


「どうでしたかな?」

「バッチリだったよ。次はトーレたちも是非乗ってみてくれ」

「ほっほっ。お願いします。ところで、ヨシュア坊ちゃん」

「ん?」

「次は何を作るのですかな? ですかな?」

「い、いろいろ作って欲しいものはあるけど……」


 にじり寄ってくるトーレの尽きぬ情熱にタラりと冷や汗が。

 彼もガラムも、興味があることなら完璧な技術を惜しげも無く投入し、一心不乱にハンマーを奮ってくれる。

 それはよいのだけど、休んでもらわないと倒れられそうで……。倒れてもまだ道具作りをやめないような気もして。


「ほ、ほほお。何を、です?」

「あ、いや。素材もないしなあ。鉱脈の探索も進めているんだけど」


 マンパワーが日に日に増え続けているので、ガルーガとバルトロの下にいくかのグループを作り、採取から採掘までいろんなことに活躍してもらっている。

 それでも、大規模なインフラを鉄を使ってとなるとまだまだ難しい。

 それに、今は採取と狩猟に一番力を入れてもらっている。食糧の安定確保はなかなか大変なのだ。


 そうはいっても、街のインフラは急速に整いつつある。拡大した部分の追加工事もあと一週間もしないうちに終わるだろう。

 石畳の道、地下に敷いた上下水道と汚水の流れ込む浄化槽は基本として、住居も余分に建てている。

 日用品として親しまれている魔道具も、職人の頑張りにより最低限、支給されているし。

 蛇口を捻れば水が出る。トイレも水洗、風呂……はないから行水で我慢だけど公国でも同じだからよしとしてくれ。


「インフラより市政制度の方が追いついていないんだよなあ」

『では、その間。私はトーレさんたちと研究に勤しんでもよいかね?』


 うお。どこから喋ってるんだよ。

 さっきからムズムズするなあと思って脚を少し開いたんだ。

 したら股の間にペンギンがでーんと立っていて、パカパカ嘴を開いていた。


「うん、ちゃちゃっと終わらせるつもりだけど、都度相談するかも。あ、そうだ。大仕事があるぞ」

「ふぉふぉふぉ。それはそれは」


 長い真っ白な髭に手を当てたトーレが垂れ下がった眉をあげる。


「貨幣だよ。そろそろ貨幣制度を導入したい。外とも取引を始める予定だし。元商店をやっていた人たちや職人たちもたくさんいることだし」

『ふむ。トーレさんやガラムさんも交えて議論することにしよう。私としては、次は運搬手段の構築かと思っていたのだが』

「それやっちゃうとますます流通が盛んになるから、その前に手を打ちたい」


 最初はいいけど、いつまでも共有財産じゃあ不公平感が募るだろう。個々人で外部とやり取りできなくなっちゃうし。

 となると、税制もやらんといけないのか。

 よし、シャルロッテに丸投げ……いやいや、それは流石に……でも彼女なら。


「だああ。人任せにしちゃダメだろ、俺!」

「閣下、お体の様子が優れないのでありますか?」


 ついついシャルロッテの方を見ていたようだ。

 心配した彼女が俺を気遣ってくれた。

 

「シャル、ちょっと」

「な、何であ、ありますか!」


 ギュッと彼女の手を掴み、自分の元に引き寄せる。

 突然のことにたじろく彼女の耳元に顔を寄せ、他の人には聞こえないよう囁く。

 

「すまん。忙しいところ。今晩、俺の部屋へ来てもらえるか?」

「は、はい!」

「しーっ。声が大きい。余りみんなに聞かれたくないから」

「し、失礼いたしました。で、ですが、自分でよろしいのですか? エリーゼさんやアルルーナさんでなくとも?」

「シャルじゃないと頼めないから、さ」


 察してくれよ。

 税制なんて繊細なものの骨子を相談したいんだってば。

 領民にとって敏感な話だし、ある程度固めるまで大っぴらに聞かれたくない。

 なので、お部屋でコッソリとッて思ったわけだ。

 一人で考えろよという突っ込みが入るかもしれない。でも、シャルロッテに丸投げよりマシだろ?

 

「そ、そうであ、ありますか!」

「だ、だから。しーっ」

「失礼いたしました……。がさつな自分ではありますが、精一杯頑張ります」

「もうちょっとゆるーくでいい。ゆったりとリラックスしながらの方がいい」


 何故か真っ赤になったシャルロッテはしおらしく頷くのだった。

 今更何を恥ずかしがっているのか分からん……。公国時代には毎朝、牛乳を持って自室まで来ていただろうに。

 場合によってはルンベルクやペンギンも頼ることにしよう。

 ルンベルクは何だか騎士ぽいから領地経営的なことにも詳しいかもしれないし、ペンギンは言わずもがな。

 政治的なことに興味はなさそうだけど、日本社会を知る彼なら良い相談相手にはなるだろう。

 

 ◇◇◇

 

 その日の晩――。

 コンコンと扉を叩く音が耳に届く。


「閣下、シャルロッテであります」

「おう。入って入って」


 椅子から立ち上がって扉を開けに向かう。

 ガチャリ。

 先に彼女が空けてしまった。


「お。何だかいつもと雰囲気が違うな」

「そ、そうでありますか。何だか閣下とお会いするのにこのような格好でいいものか悩んだのでありますが……」


 うんうん。これくらいの格好の方がいいんじゃないかな。夜もバリバリ仕事モードだと構えちゃうしね!

 いつもはアップにした髪の毛をスラリと下ろしたシャルロッテは、口元だけに紅を引いていた。

 白銀の鎧も着ておらず、白のブラウスにくるぶしくらいまであるロングスカート。

 一方で俺は俺で、寝間着に着替えていたのだけどね。はは。もちろん、脱げてしまうダンディなガウンではない。

 あれは憧れではあるのだけど、俺にはまだ早かったようだから、仕方ない……。

 

「んー。ベッドにする?」

「は、はいい」


 焦った様子のシャルロッテがちょこんとベッドに腰かけうつむく。

 両手を組んでそわそわと落ち着きなく指先を動かしている。

 んじゃま、俺は椅子に座るとしよう。

 

「シャル。すまんな。呼び出してしまって」

「いえ。本当に私でよろしかったのですか?」

「うん。シャルじゃないと」

「じ、自分でないと、でありますか!」


 シャルロッテはガバッと顔をあげた。彼女の目が真っ赤になっていて、目元が潤んでいる。

 眠たいのかもしれん。

 ならばさっそく本題を切り出すとしよう。

 

「まず貨幣のことなんだが、金本位制に近いものを採用しようと思っている」

「へ?」

 

 シャルロッテがきょとんとなってしまった。

 そ、そうだった。公国だと金本位制を採用する必要もなかったから、彼女にとっても初耳だったな。


「あ、すまん。金本位制というのは、貨幣制度の一つで。紙幣を流通させるのだけど、ただの紙切れじゃなくて記載された金額分の金といつでも交換できる制度のことなんだ」

「貨幣の製造方法はともかく、資源がありません。紙で代用するのは悪くない手ではありますが……同価値の金を用意できるのでしょうか」

「そこは金じゃなく、魔法金属にしようかなと思っている。これなら量はなくとも代替が利く。だけど、金貨や銀貨みたいにすると」

「指先より小さな貨幣になってしまいますね」

「うん。それに、紙幣だったら万が一全部燃えちゃってもまた刷ることができる。貴重な魔法金属は厳重に一か所で管理することで管理費も安くつく」


 ようやくシャルロッテも乗ってきたようで、顎に指先を当て何かを考えている様子だった。

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