第133話 喋るトカゲ

『儂も妖狐のようにお主を観察させてもらおうか』

「え……」


 素の顔に戻ってしまったわ!

 いやいや待って。笑うだけで今みたいに風圧で髪の毛がえらいことになるような巨体を街に置いておくことなんて、無理だろ。


 俺の反応を見て楽しんでいるのか、覇王龍はカカカと愉快そうに笑い続ける。


『冗談だ。儂は領域から離れるわけにはいかぬ。だが、お主のこと、少しは分かったつもりだ』

「うん?」

『儂には人間の表情が分からぬ。しかし、感情の色を感じ取ることができるのだ。それは、どのような言葉を連ねるより、明白にその者のことを映し出す』

「反応を見て楽しんでいたのか」

『それがないと言えば嘘になるが、本質はそこではない。お主、本気で悩んでいたな。厄介者の儂を受け入れた時のことを』

「そらそうだよ。その巨体だ。街にいてもらうにもいろいろ大変だろ」


 俺の返答に覇王龍は角から紫色の光まで溢れさせ、翼を震わせた。


『それだ。ヨシュア。お主は拒否しなかった。本気で儂を受け入れ、その上でどうすべきか悩んだ。そこが興味深い』

「行くと言われて、ハナからお断りだ、はないだろうに」


 自分で言っておいて……本当にもう。

 いつしか俺は、先程までの覇王龍からビリビリときていたプレッシャーのことも気にならなくなっていた。

 現金なもので、腕を組んで覇王龍に向けため息までついてしまう始末の俺。


『儂に怖れを抱いておったろうに。お主にとっては人も龍も妖狐も全て同様なのだろうな。同列に扱われること、存外、悪くはないものなのだな』

「誰だって同じだ。個性や種族差はある。だけど、みんな話せば通じるし、仲間になれると信じている。とても甘い考えだとは分かっているけどね」


 言葉を尽すことで、理解し合えないまでも争うことを避けることができるかもしれない。

 俺はセコイアの言う通り、貧弱で一人ではイノシシを仕留めることもできないだろう。

 だけど、みんなと同じように考える頭がある。言葉がある。

 俺にはこれしかないんだ。だから、出来うる限り使おう。

 誰もが自分ができることを精一杯やればいい。残念だけど、俺には力仕事が向かない。

 だけどそれでいいんだ。それが俺なのだから。


『ほう。弱き故の強さか、興味深い。儂の眷属を置いてもらえぬか。なあに、一体だけだ。邪魔にはならん大きさだ』

「それなら構わないけど、迎えに行けばいいのかな?」

『しばし待っておれ』


 そう言って翼をピンと張った覇王龍だったのだが、もう姿が見えなくなってしまった。


「ふう……」

「ヨシュア様。何もお役に立てず、申し訳ありません」


 ほっと一息つくや、深々とエリーが頭を下げる。

 彼女が役に立つとか立たないとか、そんな場面自体無かったと思うのだけど……。

 あの巨体にお茶を淹れるなんてこともできやしないし。メイドの彼女が仕事をするシーンが思い浮かばない。

 

「それぞれ適材適所だって。エリー。紅藻を集める続きをしよう。来るまでしばらくかかるだろうし」

「はい! ヨシュア様はとてもお優しいです……」

「いやあもう、最初は膝が笑って、よく立ち上がれたもんだよ。エリーはずっと立っていたじゃないか、十分すごいって」


 ボリボリと後頭部をかき、たははと苦笑する。

 それにつられてかエリーもはにかみくすりと小さく声を出して笑う。

 

『エリーくん。私もぼーっと突っ立っていただけだよ』


 フリッパーを伸ばし先っぽをプルプルさせたペンギンが、フリッパーを元の位置に戻す。

 きっと彼はエリーの肩をポンと叩きたかったのだろうな。後ろ脚を浮かせて頑張っていたみたいだけど、届くわけがないって……。


「よおっし、いろいろ採集して積み込もうぜ。ご飯もまだだしさ」

「はい!」


 セコイアやバルトロたちにも手伝ってもらい、海水やら砂浜の砂やら思いつく限りのものを少しづつサンプル採取する。

 一通り採集し終わる頃、いい匂いが漂ってきてお腹が悲鳴をあげた。

 

 どうやら食事の準備が整ったようだ。ルンベルクの料理は絶品なんだぜ!

 

 ◇◇◇

 

 鹿肉を使った煮込み料理だったのだけど、野菜だけじゃなく肉が柔らかいのなんのって。

 口の中でとろけるとはまさにこれのこと。

 味付けもハーブを使っているのか、味オンチの俺じゃあ繊細なところまで分からないけど……複雑に絡まり合った調味料が合わさり何とも言えぬ絶妙な塩梅になっているんだ。

 肉の臭みも全くない。ルンベルクだけでも素晴らしい腕を持つのにシャルロッテまで加わったから、いつも以上の絶品料理になっている。

 これだけおいしい料理を食べられるなんて、のんびりと惰眠を貪りつつだと最高なんだけどな……。今は無理だ。い、いつか。必ず。

 

「ヨシュア様。おさかなは?」

「置いておいたら腐るかな? 焼いちゃおうか」

「うん!」


 せっかくアルルが集めてくれたんだもの。久々の海魚だから、俺も食べたい。満腹だから、今すぐは勘弁だけど……。

 川魚より海魚の方が個人的には好みなんだよね。

 海魚を目にするのも、公国西部の港町を視察した時以来だ。

 冷凍の魔法はあるにはあるのだけど、わざわざ手を煩わせてまで公都まで仕入れるってのも気が引けてさ。

 魚に関しては、地球でもよく見た魚が多い。味も似た感じだったはず。

 砂浜に打ち上げられていておいしそうなのは、イワシ、サバ、アジ、カワハギといったところか。


「ルンベルク、頼んでいいか?」

「畏まりました」

 

 恭しく礼をしたルンベルクがさっそくグリルで魚を焼き始める。


『魚は地球と似ているのだね』

 

 魚から伸びる煙をすんすんしながら、ペンギンが自らの所感を述べた。

 

「変わったのもいたと思うけど、似たものが殆どだなあ」

『そうかね。ならキンメダイもいるかもしれないのか』

「キンメダイが好きなの?」

『そうだとも。煮つけにすると得も言われぬ旨さだ。日本酒によく合う』


 キンメダイって、目玉が大きくて鮮やかな朱色をした魚だっけ。


「うーん。キンメダイがいたとしても地球と同じだったら捕獲するために準備しないと、だなあ」

『今は他にやることも多い。いずれ落ち着いたら、付き合ってくれるかね? ペンギンであるこの身は泳ぐに適しているが、海水に適応しているとは思えないのだよ』

「キンメダイは深海魚だし、そうそう潜って咥えてくるのは無理そうだよな」

『視界もきかないからね』


 キンメダイは確か水深数百メートルあたりを泳いでいるとかなんとか。

 ペンギンも種によっては数百メートル潜るものがいたりするのだけど、このペンギンさんは淡水適応している種と本人談である。

 となれば、海の中を深く潜ることはできないはず。

 深海ともなると、太陽の光も殆ど届かない暗闇の世界だしなあ。海の中にはモンスターもいるんだ。深海で襲われたら、誰も助けに行くことなんてできない。

 

 やはり、釣りか地引網が安定だろうな。

 

「ヨシュア様。お客様だよ」

「ん?」


 アルルの呼びかけに顔を向けると、空を飛ぶ変な爬虫類がぎょろりとした目をこちらに向けていた。

 そいつは派手派手な原色オレンジのごつごつした鱗に覆われたトカゲみたいな見た目をしている。背中から小さな翼竜に似た翼が生えていた。

 あんな小さな翼で飛べるとは思えないから、魔法か雷獣のように魔力を変換して揚力に変え浮遊しているのかな。

 首元は髭にも見えるトゲトゲになっていた。

 閉じた口の端にも髭のようなピンと張ったトゲトゲが二本あって、ぎょろりとした目も相まって何ともふてぶてしく見える。

 

 同じ鱗を持つ生き物だし、こいつが覇王龍の派遣したモンスターで確定だろう。

 

「覇王龍の眷属とやらか?」

「オウ。そうだ」


 念のために聞いてみたら、トカゲが普通に喋った!

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