第119話 遊びも治療のうち

「ミーシャ。今から俺がよいと言うまで寝ずに起きていて欲しい」


 ミーシャはコクリと小さく首を縦に振る。とても神妙な顔つきで。

 子供に対し必要以上に緊張させてしまったかと、彼女を安心させるべく手を伸ばす。

 そこへ先んじてペンギンが後ろ足の水かきを浮かせてぷるぷるさせながらも、フリッパーをベッドで座るミーシャの頭に乗せた。

 ペンギンの辛そうな体勢がすぐに分かった彼女は、背筋を丸くして頭を下に向ける。

 そんな彼女からは緊張したおももちが無くなったように見えた。ペンギンの滑稽な様子にくすりときたのだろうか。


『なあに。私たちも一緒だ。何も憂えることなんてないさ』

「ペンギンさん?」

 

 ミーシャの頭からハテナマークが浮かんでいるようだった。

 おっと、セコイアがいないから通訳が……。


「俺たちが一緒だから安心してって」

「うん!」


 ペンギンの言葉を通訳すると、彼女はペンギンのフリッパーを小さな両手で掴んでひまわりのような微笑みを見せたのだった。

 

 さてと。現在時刻、朝の4時半。夜明けまでまだ今しばらくの時間を要する。

 今から18時間……ええっと22時半まで彼女と共に過ごす予定だ。

 いっぱい寝たし、俺は余裕、余裕。

 セコイアも昼前には起きてくるだろう。


「ペンギンさん、外に連れ出すと良くないかな?」

『明るくなってからなら問題ないと思うよ。散歩程度に留めておくべきだがね』


 だよなあ。通常ならば、体力の回復してきているミーシャを気分転換も兼ねて外に連れ出すことは問題ない。

 だけど、今回の肝は魔力密度だ。

 彼女が外で散歩した結果、体力的に変化が無くとも魔力の取り込み具合が変わるかもしれない。


「うーん。動くと魔力の動きが変化するかもだもんな。計測時と同条件であることが望ましい。セコイアが来てからかなあ。外出は」

『魔力は空気中にも浮かんでいるのだから、外とここでは微量ではあるが魔力環境が異なる。ならば、念には念を、だね。承知した。その方針でいくとしようか』


 ペンギンとコンセンサスが取れたところで、ミーシャに向けにこりと微笑む。


「座っていてもできる遊びをいくつか用意したんだ」

「ほんと!やりたいです!」

「よおし、少し待ってて。持ってくるから」


 エリーとアルルに作ってもらったんだよね。

 リバーシ、すごろくが三種類、折り紙に粘土……などなどだ。

 

 確かこの辺に……。お、エリー発見。

 パタパタとお仕事をしていたけど、手招きして彼女にも加わってもらうことにした。

 彼女もまた絶対感染しないメンバーの一人だからな。

 こういう遊びは人数が多いほうがよいってもんさ。

 

「いかがいたしましたか? ヨシュア様」

「今日は家の中で缶詰だからさ。エリーの付き添いが必要ないじゃない」

「は、はい……誠に残念ではありますが」

「それで家事をしていてくれていたんだろうけど、元々、俺の護衛をするつもりだったじゃないか」

「左様でございます」

「じゃあ、一緒にこれで遊ぼう」

「遊び……ですか」


 真面目なエリーは「遊び」なのが引っかかるのか人差し指を顎につけ、首をかしげる。


「いやいや、遊びといってもミーシャが全快するかどうかに必要なことなんだ。彼女が眠気を感じないよう盛り上げるのが『仕事』ってわけだよ」

「承知しました」


 ようやく口元に僅かな微笑みを見せてくれたエリーが了解したのだった。

 

 ◇◇◇

 

 ミーシャとペンギンの元へ戻った俺はさっそく持ってきた素敵グッズを広げる。


「まずは『すごろく』から行きたいと思います」


 勝手に宣言して、みんなの同意もとらぬまま畳んだ板をパタパタと開いていった。

 某有名ボードゲームを元にしたこいつはもうすごろくという枠を超えている。紙幣も作ったし、へ、へへへ。人の一生をテーマとした作品だ。

 いつの間にこんなものを、と思うかもしれない。

 こいつは公国時代に寝る間を惜しんで……作ったわけではない。娯楽商品としていい感じに市場へ出せないかなあと思って作ったサンプルなんだよ。

 もちろん、俺一人でちまちまと作っていては激務続きの当時の俺じゃあ時間が足りない。

 そんなわけで、経済を担当していたグラヌールと彼の部下にも手伝ってもらって完成したわけだが……一つ作るのに手間がかかり過ぎることに完成してから気が付き、お蔵入りとなった。

 気が付くまでに4つもバージョン違いを作ってしまったというある意味「黒歴史」な一品だ。

 

『ほう、これは人せ……』

「だああ。その先は言っちゃあダメだ。ペンギンさん。これは似て非なるもの」

『そうかね。エリーくんはともかく、ミーシャくんはルールも知らないのでは?』

「うん。ゲームのルールを説明するところから始めよう」


 みんなに長方形のキャラメルのような駒を配りながらボードゲームの概要を説明する。

 ルールは簡単。二個のキューブ型のサイコロを振って、出た目を進んで行くだけ。止まったマスによっていろんなことが書かれているので、その指示に従っていくだけだ。

 途中で、冒険者や鍛冶職人なんかに転職したりして、結婚し子供が生まれ、ゴールを目指す。

 最後は一番ゴルダを持っていた人が優勝となる。

 

「習うより慣れろだ。早速やってみようか」

「はい!」

「承知いたしました」


 ミーシャとエリーの声が重なった。

 

 ――しばしの時間が経過……。


「ゴールしました!」


 エリーがゴールまで到達し、俺以外は全員終了してしまう。

 俺、俺はだな……。

 

『ヨシュアくん以外、全員ゴールしたので清算して終わりだね』

「開拓村からまだ出ていないのに……」


 そうなのだ。

 資金が少なかったから一発大逆転を狙ったのだけど、そう上手くも行くはずもなく、強制労働ゾーンで順番が回ってくるたびサイコロで小銭を稼いでいた。

 その後、もう一回やるも、またしても開拓村送りになってしまう。

 他の人の順位は入れ替わったんだけどねえ!

 

 食事を挟んで、別バージョンのボードゲームで遊んでいたら日が暮れてきた。

 すげえ、時間を忘れて楽しく遊ぶことができたじゃないか。

 手間暇かけた甲斐がこんなところで役に立つとは。何が起こるか分からないな。持ってきてよかったボードゲーム。

 

 トランプも公国から持ってきたらよかったなあ。

 そのうち作られるだろうけど、まだまだ紙の供給が進んでいないから供給されるまで時間がかかるだろう。

 その前に市場経済をスタートさせなきゃだけど。

 

 そんな感じでセコイアも加わり、順調に時間が過ぎていく。

 18時間が経過するまであと少しだ。

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