第118話 測定を繰り返すのだ

 ティモタに魔力密度測定器を依頼してから五日がたとうとしている。

 感染者の拡大を懸念していたところ、やはりというかミーシャの父親、母親が続いて発病の兆しを見せた。

 ミーシャと並んで彼ら用のベッドを置いたのだけど、部屋がギチギチになってしまう。


 病魔研究は順調に進んでいて、特にシャーレの実験が効果的だった。

 綿毛病の原因であるバンコファンガスの胞子は魔力密度10で活性を失い、7を下回ると死滅し始める。

 魔力密度は体を傷つけてしまい他の感染症の危険があったコウモリからスギゴケ(魔力型)に切り替えてミーシャに試していた。

 スギゴケ(魔力型)は取り扱い注意なんだぞ。わさっと掴んで倒れてしまった人もいたからな。

 というわけで、セコイアにミーシャの体の状態を見てもらいつつ、慎重に慎重にスギゴケ(魔力型)で魔力密度を減らしていった結果、ミーシャの体は魔力密度6までなら安全に下げることができることが分かったのだ。


 ならすぐにミーシャは回復したのかというとそうではない。

 誰でもそうなんだけど彼女も例外ではなかった。つまりだな、寝ていると魔力密度が自然回復してしまうことが、大きなネックだったんだよ。

 魔力密度を減らし病魔が消えて体が楽になると、これまで溜まっていた肉体的疲労がどっとやってくる。

 人体は体力を回復させようと、眠れえと信号を出す。

 ここで寝てしまうと魔力が急速に回復してしまい、死滅しかけた胞子が再度息を吹き返してしまうんだ。


 この調整に昨日から取り掛かっているってのが、綿毛病克服の進捗といったところ。


「両親は発症初期段階のうちに対処開始。ミーシャの魔力密度は10分ごとに計測っと」

 

 ぶつぶつと眠るミーシャと彼女の両親の前で一人メモを取る。

 次にティモタ作、監修セコイアの魔力密度測定器をミーシャの額に引っ付けた。

 魔力密度測定器は、100均一で売っているような六角柱の万華鏡に似ていた。トイレットペーパーの芯くらいの大きさと言った方が分かりやすいか。

 下面で対象にぴったりと触れ中央にある赤い丸印に魔力を込めると、上面に魔力密度の数値が浮かびあがる。

 デジタルぽい数字表現で何だか懐かしい感じがした。公国で使っていたものはアナログ式で側面にある体温計のメーターみたいなのが数値を示す。

 個人的にはティモタ作の方が好みかな。


「魔力密度12か。前回の睡眠時より回復速度が上がっているな。平常時を計測していればなあ」


 回復速度が上がったということは、バンコファンガスの胞子量が減った可能性が高い。ミーシャの全身から生えていた綿毛量が大幅に改善したことも見て取れる。

 まだポツポツと生えてきてはいるものの、綿毛の成長も鈍く量も少ない。

 綿毛量と対称的に彼女の体力はぐんぐん回復し、発熱も微熱となっていた。

 確実に彼女の病は終息に向かっている。

 そのことにホッとしているけど、油断は禁物だと自分の心を律する。

 彼女が起きたら体調をチェックし、一気に胞子を死滅させてやるんだ。胞子の完全死滅までに要する時間は魔力密度6で18時間である。ちなみに7だと60時間くらいかかり、5になれば6時間程度になるのだ。

 4だと2時間もかからない。これは全てシャーレ実験の結果からであることは言うまでもない。ペンギンの鋭意努力に感謝感謝だな。

 ミーシャは魔力密度を6まで下げることができるから、18時間起きてもらわなきゃならない。スギゴケ(魔力型)で自然回復する魔力を6に保てるよう調整するんだ。

 スギゴケ(魔力型)での調整はかなり慣れてきた。でも、個人差があることも考慮し、彼女の両親に使う場合は慎重にやらないと、だ。


 パタン――。

 安堵のため息を着いた時、扉の開きセコイアが顔を出す。


「ヨシュア。交代しようかの」

「助かる。次は長丁場になるものな。ペンギンさんは実験中かな」

「うむ。試薬が欲しいとな」

「俺が頼んだんだ。倒れない程度にと言っておいたんだけど、大丈夫かなあ」

「宗次郎はキミやボクと同じ。研究にのめり込むと一心不乱となるぞ」


 俺はそうでもないのだけど、ペンギンの時間管理をしておくべきだったか。

 一応、寝てはいるし彼もいい大人だから自己管理くらい自分でと思っていた。これまでもそうだったしなあ。


「試薬という発想もカガクかの。魔力測定の魔道具、スギゴケを併用すれば魔法の素養がない者でも綿毛病に対処できるようになるのお」

「うん。試薬を使って綿毛病に罹患していないか分かるようになれば、症状が出る前に対処できるだろ」

「うむうむ」

 

 セコイアとにししと頷き合う。

 試薬を頼むと言ったものの、ノーアイデアなんだよな。ペンギンなら何か浮かぶかもと思ってのことだ。

 額へ張り付けたらリトマス試験紙みたいに色が変わるとか、そんなお手軽なものがあれば非常に助かる。

 だけど、いかなペンギンでも難しいと思う。できればラッキー程度に考えておこう。

 実は俺でも思いつく胞子の発見方法はある。

 それは、顕微鏡での検査だ。しかし、顕微鏡の構造がまるで分からんので考慮対象から外した……。

 虫眼鏡なら分かるんだけどさ。中央が膨らんだレンズだよな? この世界にも既にあるものだから、ルーペ虫眼鏡ならば問題はない。

 領民の誰かから探してくるなんてことをしなくても、鍛冶屋の中に既にある。

 それも、俺の手元に。

 虫眼鏡を掴み、手のひらを覗き込んでみる。

 指紋がよーく見えるぜ。胞子? そんなもの見えるわけがない。ははは。

 

「ふああ」


 乾いた笑いがあくびに変わってしまった。

 

「添い寝してやりたいところじゃが、すまんのお。こやつらを見なければならぬからな」

「そいつはどうも。ペンギンさんと少し寝るよ」


 きっと彼は寝ていないだろうから。

 無理にでも睡眠を取らせないと。

 むぎゅうう。

 いつの間にか背後に回ったセコイアが俺の背中に張り付いていた。

 

「ま、待て。首を掴んだらダメだ」

「宗次郎ばかり構いおってええ!」

「あ、あかん。セコイア、ダメ、マジ……」


 い、息が……かゆ、うま……。

 ベッドに寝転がる前に俺の意識は遠くなっていった。

 なんか、このパターンが前にも会ったような……。

 

 ◇◇◇

 

『ヨシュアくん。そろそろだ』

「んー。むにゃむにゃ。あと二分ー」

『会社に行かなくていい。君には他の役目があるだろ』

「おお。会社が休みかー。最近土日も休んでなかったからな」

『何を言っているのかね? 君には元より土日祝日もなければ、盆も正月もない』

「いやだああああ!」


 あ、あれ。

 ペンギンが俺の枕元で「よお」とばかりにフリッパーを上にあげる。


「ペンギンさん、俺に何か言ってなかった?」

『いや、何も言ってないさ。私は君を待っていただけだよ』

「そうだったんだ。そんなに眠っていたのかあ」

『そうだね。そろそろセコイアくんと交代の時間だ』

「よっし、一丁やりますか」


 起き上がって「んー」と伸びをした。

 やるぞお。

 このターンでミーシャを全快まで持っていくのだ。

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