第117話 魔道具職人
ティモタが進む先は商店街区域だった。
巨大な倉庫代わりの建物のすぐ裏手に、いつの間にか屋根が平らな長方形の箱に見える建物が立っていたのだ。
日々建物が増えているから、一週間ぶりに街へ繰り出したりすると街が様変わりしている。ずっと領民が増え続けているのだから、当然と言えば当然だ。
それでも、最初に決めた大通りと碁盤目のように計画した路地は守られている。
この辺りはシャルロッテの指示で進めているんだけど、彼女がいい仕事をしてくれているってことだな。
さて、ティモタに案内された建物だが、外観は非常にシンプルな作りで、基礎になる丸太がそのまま見え壁もデザインなしのただそのまま塗っただけのモルタルといった感じである。
広さは一般家屋の四倍くらいだろうか、平家作りで二階部分はない。
とりあえず建てました感が出ていたこの建物だが、中に入ると少しビックリした。
木製のパーティションで六つのスペースに区切られていて、各々に職人らしき人がいたんだ。案内してくれたティモタは右奥を使っているとのこと。
黙々と作業をしていた職人たちだったが、俺が来たと分かったのかガタリとした音が聞こえた。
全員が入り口まで来てくれたわけだが、10歳くらいの少女がティモタの後ろに隠れるようにして、顔を半分だけ見せる。
チラチラとした視線を感じ、苦笑すると申し訳なさそうにティモタが頭を下げた。
「娘さんかな?」
「はい。マルティナと言います。辺境伯様の大ファンでして」
「は、はは。マルティナ。よろしくな」
中腰になって挨拶をすると父と同じ長い緑色の髪を揺らし、顔を引っ込めてしまうマルティナ。
そのままの姿勢で彼女の様子を窺っていると、再び顔を出し今度はとことこと前に出てきた。
やってきたはいいが彼女はまだ緊張しているのか、ティモタと同じ長い耳をペタンと下げ唇が震えている。それでも、俺に向け小さな手をまっすぐ伸ばしてくる。
対する俺は彼女の手を握り、精一杯の優しげな笑顔を向けた。
不気味な気がするけど、気にしたら負けだ。隣に立つエリーに顔を逸らされてしまったことなんかも、気がついてないふりをしてやり過ごすのだ。
これはよい笑顔、笑顔なのだ。慈愛の籠った菩薩のような……。
「よ、よ、しゅ、あ、さま」
「うん。ヨシュアだよ。君のパパにお願いがあってここにきたんだ」
「ま、まる、ね。よ、よしゅあ、さまにた、すけ、てもらっ、たから」
緊張から辿々しくなっているのかと思ったけど、そうではないらしい。
ぶつぶつと途切れ途切れに話すまるは真剣そのもので、俺もちゃんと応じねばと思った。
相手が子供だからなんてことは関係ない。
俺と彼女は初対面のはず。でも、彼女が俺に助けられたということを疑ってはいない。
となれば、俺が公国時代に実施した「何か」で間接的に彼女を危機から救ったってことだ。
ティモタ一家が公国に住んでいたことは間違いないだろうけど、俺のどの政策で救われたと言っているのかまでは分からないな。
「マルティナが今、元気でいてくれる。俺にとってそのことが嬉しいよ」
「よ、しゅあ、さま。やっぱ、り。やさし、い」
必至で俺に想いを伝えようとする彼女が愛おしくなって、つい抱きしめて頭を撫でてしまった。
いくら相手が子供だといえ、いきなり抱きしめたのはまずかったかも。
と内心思っていたが、マルティナはひしと俺にしがみつき気持ちよさそうに目を細める。
「マルティナは二年前、痙攣が酷くなり衛生局の懸命な治療があり回復したのです」
マルティナに向け優し気な目を向けるティモタ。
そうか、衛生局が彼女の命を救ってくれたんだな。こうして救われた人を前にすると、無理矢理予算をねん出して設立してよかったと思えた。
我ながら現金な俺なのである。ははは。
衛生局には優秀な人材を揃えることもできたし、今も辣腕を振るっていることだろう。
綿毛病だって彼らにかかれば既に克服しているに違いない。
トップは変人だけど……腕は確かだからな。
あれでも一応伯爵なのだから、世の中分からないものだ。
「つい、撫でてしまってすまなかったな」
「いえ! ヨシュア様に直接触れていただけるなど光栄の極みです」
マルティナから体を離し、謝罪するとティモタがすごい勢いで言葉を返してきた。
エリーまでうんうんと頷いているし。
「エリー?」
「……け、決して羨ましいなどと思ってなどいません。いませんので」
「お、おう……」
むううと眉をひそめて否定するエリーが必死過ぎて笑いそうになってしまう。
「よ、よしゅ、あ、さま」
「パパと少しお話していいかな。後でまた食事でも一緒に」
「う、ん!」
マルティナが満面の笑みを浮かべて、とてとてとティモタの元に戻っていく。
彼女は病の後遺症で喋ることが難しくなったのか、いや、そこは俺が詮索すべきじゃあないな。
「狭苦しいところではありますが、私の工房までお越しください」
「うん。是非見せてもらいたい」
歩きながらティモタがこの建物について説明してくれた。
ここは職人たちの寄り合い所みたいになっていて、それぞれ専門に扱う分野が違うのだそうだ。
ここ以外にもいくつかこのような建物があるらしく、日常生活に欠かせない道具を中心に制作に励んでいるとのこと。
シャルロッテがポールに相談し職人たちに一刻も早く動いてもらうために提案したという。
確かにそれぞれの工房を作っていては時間がかかる。いずれ彼らはそれぞれの工房を持つことになるのだろうけど、せっかくの職人たちだ。動いてもらった方が断然良い。
特に農具と土木関連、建築関連の道具と建材や魔道具の修理といったことが滞れば、生活と市政計画に支障をきたす。
順調なインフラ整備の影には彼らの活躍があってこそってわけだ。
小さな椅子へ座るよう案内され、座る俺の横にエリーが立つ。
対面には作業用の椅子に腰かけたティモタと彼の膝の上に乗るマルティナ。
「私は辺境伯様が抱えておられるトーレ殿ほどの繊細な腕を持ちませんが、日用品に使われる魔道具でしたらこれまで多数作ってきました」
恐縮したようにそう前置きするティモタに対し、誠実な人なんだなという印象を抱く。
自分の腕に奢らず、謙遜する姿勢に日本人的なものを感じ、懐かしい気持ちになった。
「作って欲しいのは魔力密度を測定する魔道具なんだ」
「魔力密度……ですか。それならよく存じ上げております。衛生局の方がマルティナの魔力密度を何度も計測しておりましたので」
「おお。どんなものか知っているのなら話が早い」
「仕組みは分かるのですが、数値をどのように区切ればよいのか私では」
「なるほど。それなら、セコイアに協力してもらわなきゃだな」
「力不足で申し訳ありません。ですが、ヨシュア様が病を克服するとおっしゃられた時、少しでもお力になれたらという気持ちだけは誰にも負けていないつもりです」
「ありがとう。数値の調整だけなら大した問題じゃあないさ。謙遜し過ぎるのもよくないぞ」
「恐れ入ります……」
ティモタは自分の娘のことがあるから、気負っているのだろう。
だけど、俺は彼が腕の悪い職人だとは思わないんだ。
現に魔力密度計測の数値調整以外は作ることができると言っているじゃないか。
「最低10本、できれば30本ほど魔力密度測定器を作ってもらいたい。細かい数値の調整は後からでもできるものなのかな?」
「はい。そこは問題ありません」
「分かった。セコイアは病の克服に協力してもらっているから、スケジュールを見てここに連れてくる」
「承知しました。セコイア様にもよろしくお伝えください」
「他にも仕事を抱えている中、ありがとう」
ティモタとがっちりと握手を交わし、その場を後にする。
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