第67話 事後

 清々しい朝だ。

 あの後どうしたのかって? そらもちろん、エリーはすぐに自室に戻り、崖でエキサイティング過ぎる体験をした俺は心身ともに限界を迎え倒れ込むように眠ってしまった。だがしかし、一日寝ると回復したというわけだ。

 自他共に認める貧弱さを自負する俺であるが、まだまだ肉体的に若いだけあって寝ると体力はちゃんと回復するのだ。

 ははは。

 ただし、体力ゲージがとっても低いことは改めて言うまでもない。

 

 今日の定例会議は新たな人材を呼んでいるから、楽しみだ。

 さくさくと役割を決めていこうではないか。どんどんお仕事を割り振っていかないと、遅々として作業が進まないからな。

 ちなみに朝のドリンクは牛乳である。これから朝は毎日、牛乳である。牛乳……。

 昨日も呟いたかもしれないけど、牛乳に罪はない。

 パブロフの犬状態になっている俺の条件反射は中々拭えないってことだけだ。

 グアバの酸っぱさが懐かしい、かもしれない。

 グアバは只今発酵中である。ガラムの腹に入る日も近い。

 

 ◇◇◇

 

「まずは簡単に俺から自己紹介しよう。カンパーランド辺境国のヨシュアだ。日々、多忙な中、こうして集まってくれたことを嬉しく思う」


 朝食後、集まってくれた人たちに向けペコリと頭を下げる。

 すると、全員が一斉に立ち上がり深々と頭を下げ返されてしまった。

 自分の立場を鑑みるとこの反応も予想できたわけだけど、ここまで畏まられるとこっちが逆に引いてしまう。

 だが、ここで引き下がっていてはいけないのだ。俺は辺境伯。まだ国としての体を成していないとはいえ、一国の主だからな……。

 言うまでもなく、一刻も早く引退し悠々自適の生活を送る目標は変わっていない。

 

 俺が座ると他のみんなも着席する。

 まずは自分達の方からだな。

 ルンベルクに目を向けると、ハウスキーパーの四人がすっと立ち上がる。

 

「ヨシュア様の執事をさせていただいておりますルンベルクです。こちらの三人は庭師のバルトロ、メイドのアルルとエリーです。お見知りおきを」


 ルンベルクが礼を行うことに合わせて他の三人も頭を下げた。

 続いて、シャルロッテが自らの名を名乗り、お次は今日から加わったメンバー二人である。

 

「ポールです。このような場にお呼びいただき光栄です」


 大工の棟梁であるポールは、今後の都市計画に欠かせない存在だ。

 彼は仕事がらなのかよく日に焼けた褐色の肌に引き締まった体をした男で、年のころは30歳過ぎくらい。

 

 次に立ち上がったのは、口元以外を仮面で覆った長身痩躯の男だった。

 なるほど、バルトロの言った通り風変わりな格好をしている。

 仮面の素材は鉄かな。黒いシルクハットを被り、手品師のような黒っぽい衣装を身にまとっていた。

 髪色は銀色が混じった白で、僅かに見える口元には深い皺が刻まれている。

 

「リッチモンドと申します。私のような者をここに招いてくださり、恐縮です」


 そう言って流麗で洗練された礼を行う仮面の男。

 声から察するにルンベルクと同世代かも、と思う。

 チラリとルンベルクの様子を確かめてみると、感慨深い様子だった。

 

「ルンベルク。リッチモンドさんはルンベルクの知る人だったのかな?」

「はい。間違いなく。昨日、すぐに卿に会いに行きました」

「そうか、旧友に会えてよかったな」

 

 一応の確認だ。

 ルンベルクの様子から見て取るに、まず間違いなく知り合いだと分かった。


「自己紹介が済んだところで、早速本題に入りたい」


 リッチモンドの着席を確認してから、そう前置きしてからざっくりと現在の状況を説明する。

 ネラックの街は人口の加速度的な増大が予想されること。領民のための住環境をまず整備したいこと。それに伴うインフラ環境構築の準備を進めていること。

 魔石と燃焼石という二大資源がない事……などなど。

 新規の二人以外には聞いたことのある話で退屈かもしれないけど、方向性に関わるところだから何度でも意識合わせをしておくことは肝要だ。

 俺たちはチームだからな。全員が同じ方向を向いていないと、思わぬところで齟齬が出て余計に手間がかかる事態になりかねない。

 

「シャル。街の人口比率は把握できたか?」

「はい。農業従事者はおよそ六割。商店・商業関係者が二割。その他、技術者が二割であります」


 人口比率という言葉だけで俺の意図を汲んでくれる辺りはさすがシャルロッテ。

 一緒に仕事をしたことがあるから、阿吽の呼吸ってところだな。


「現在の領民はだいたいどれくらいになっている?」

「千名に届こうかというところです。ヨシュア様を慕い、これほどの領民が」


 問いかけに対し、ルンベルクが応じる。

 絹のハンカチを目元に当てるおまけつきで。

 もう千名近くにまでなっているのか……。

 

「三千名くらいまでなら、現在の住居計画で足りるはずだ。ポール。大工と腕っぷしのある若いのはどれくらい確保できそうだ?」

「百名は確保できそうです。現在、日々の糧を得るためラグを作ったり、などもしています」

「分かった。ポール。君には住宅地区を任せたい。木材が不足するようなら、レンガの家に切り替えるなど、素材にはこだわらなくていい」

「わ、私に任せていただけるのですか!?」

「モデルハウスは見事な腕前だった。それに、大工を率いる姿も見事だった。だから、ポール。君に頼みたいんだ」

「あ、ありがとうございます!」


 慌てて立ち上がったポールだったが、動揺からか椅子に体をぶつけてしまったようだった。

 そのため、彼の座っていた椅子が後ろ倒しに倒れてしまう。


「ルンベルク。君には素材収集を頼みたい。五十名ほど率い、ポールと連携して足りない素材の確保に向かってくれ」

「承知いたしました」

「もう一つ。ポールのように人を纏める力のある者がいれば紹介して欲しい。ルンベルクには他に頼みたいことが多数あるから」

「しかと、承りました」


 農業従事者は動かせない。農耕は一番の肝だからな。

 だが、農業を円滑に進めるためには並行してインフラも進めねばならない。

 住居を優先していたけど、素材集めも含め百五十名もいれば十分だろ。

 

「シャルは引き続き、農業・手工業を統括してくれ。既にエリーから引き継ぎが完了したと聞いている」

「はい。お任せください。ルンベルク様と同じく、リーダー格になれる人材の抽出を行います」

「頼む。これといった人がいたら、毎朝に会議に連れてきてもらいたい。ルンベルクも同じだ」

「はい!」

「承知したしました!」


 シャルロッテとルンベルクが頷きを返す。


「バルトロ。狩猟や採集の人手は足りているか?」

「これから更に領民が増えるんだよな。だったら、百名くらいまで増やしたいかなあ」

「確かに。そうだな。三班に分けたいな。一班はバルトロが率い、狩猟をメインに据えてくれ。もう一班は食材の採集だ。最後の一班は岩塩とかそっち方面だな」

「あいよ」

「狩猟チームは今まで通り全員が戦闘またはハンターの経験がある者を。採集は護衛と作業者で分けるといいかな。採集の護衛はガルーガに任せてもらってよいかな?」

「問題ない。最後の一班はどうする?」

「んー。二班にしようか。最後の一班は警備の部隊と調整かな」


 そこで言葉を切った俺は、リッチモンドへ目を向ける。

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