第45話 こいつはなかなかな一品な件
――翌朝。
朝日と共にロリ狐ことセコイアが屋敷を訪ねてきて、ルンベルクが部屋に彼女を入れるものだから朝っぱらから会うことになってしまった。
「だが断る」
眠気眼を擦りつつにんまりしたセコイアを一瞥し、ふああとあくびを一つ。
そのまま、再びベッドにゴロンと寝転がり、布団をかぶる。
すると、予想通りというか何というかセコイアが布団の上から俺に乗っかってきた。
布団の中に入ってこなかっただけマシだと思うことにして、寝る。
ぐっすりと寝るのだ。
まだ朝食には早いからな。うん。
「朝から美少女が部屋に訪ねてきたというに、何じゃその態度は」
「すやー」
「寝ておる者が『すやー』なんぞ言わんわ」
「すやー」
「そうかそうか。ボクにそのような態度をとるのじゃな。仕方あるまい」
セコイアがむんずと布団を掴み、一息に布団を放り投げる。
「きゃー」
「全く……せっかくキミが喜ぶと思い、できたばかりのこいつを持ってきたというのに」
「できた?」
「うむ。こいつじゃ」
布団をはぎ取られても尚眠ろうとしていた俺に対し、セコイアがゴソゴソと懐から取り出したガラス製品を取り出し、小さな手の平に乗せた。
こいつは、裸電球じゃないか!
もう完成していたとは。
「すげえ。一気に目が覚めたよ」
「どうじゃ。ちゃんと中は空気を抜いておるのじゃぞ」
「真空の問題を一瞬にして解決してしまったんだよな。魔法ってズルい」
「キミから説明を受けた時は目から鱗じゃったぞ」
ガラムたち三人に建設を頼んでいるのは発電設備だ。
そこで、発電しているかどうか確かめるのに、分かりやすく心を動かされそうな品物として考えたのは、電球だった。
だけど、電球は単純に見えて実のところ、なかなか制作が困難だと思っていたんだ。
電球のガラス部分と軸に関しては、熟練の技を持つガラムたちにとっては容易い。
しかし問題は、ガラスの中である。
電気をフィラメントに通すと、光と共に発熱してしまう。
熱を発した結果どうなるのかというと、答えは単純で発火する。つまり、燃えて光るどころじゃなくなってしまうのだ。
じゃあどうするのかというと、燃える素を無くしてしまえばいい。物が燃えるのは酸素があるからで、電球の中から酸素を取り除けばどんだけ熱があがろうが燃えることがなくなる。
要は電球の中を真空にすればよいってわけだ。
言うは簡単だけど、電球を密封した後どうやって空気を抜くのか考えなければならなかった。だけど、そこを窒息の魔法とやらであっさりと解決したのがセコイアである。
「えげつない魔法を使うセコイアの方が驚きだったよ……」
遠い目をしてはあとため息をつく。
「何を言うか。窒息の魔法は獲物を傷つけずに狩ることができるのじゃぞ。無傷で毛皮が手に入るなかなか便利な魔法なのじゃ」
「それをえげつないって……まあ、生きてきた道が違うんだ。それはもういいか」
「うむ。ボクが気になっておるところは別にある。空気を抜けば燃えない。そこは理解した。じゃが、熱は発生するのじゃろう?」
「うん。そこはうまくいってから種明かしするよ。うまくいったらね」
「ふむ。楽しみにしておくとするかの」
セコイアの疑問はフィラメントに向いている。
いくら燃えないといっても、フィラメントが熱に耐えきれることができなければ、溶けてしまうからな。
俺のいた時代の日本では電球のフィラメントといえば、タングステンが使われていた。
だが、ここにタングステンはない。俺の知らぬ特製を持つ魔法金属の利用も考えた。もし、これがうまくいかなければ魔法金属も試したいと思う。
この素材がタングステンほどの耐熱性があるかは分からないけど、うまくいけばいいな……。
ん?
セコイアがあぐらをかく俺の膝の上に乗っかって、肩をぐいぐいと揺すってくる。
寝起きにこのグラグラは辛いんだが……。
「ど、どうした……」
「はよ。行くぞ」
「鍛冶屋に?」
「うむ。トーレとガラムも朝日が出る頃には出ると言っておったからの」
「いや、そんな急いでも」
「何を言うておる。案を練ったのはキミじゃろうて。キミがおらんでどうする?」
「もう発電施設が完成したのか?」
「もちろんじゃ。じゃから、はよと言っておる」
「お、おう」
もうすぐ完成しそうと思ってはいたけど、既に完成していたとは……。
鍛冶屋の時もそうだが、彼らの仕事は早すぎる!
このスピードで精密に繊細に仕上げてくるんだから、ある種の恐ろしさを感じるよ。
「黄昏ておる場合じゃないのじゃ。ほれ」
「だああ。俺を持ち上げるんじゃねえ!」
「軽いのお。ちゃんと食べておるか?」
「ほっとけえ。幼女に片手で持ち上げられるシーンなんて見たくもないし、されたくもない。降ろしてくれ。すぐに準備するから」
「仕方ないのお。このまま運んで行ってやろうと思ったのじゃが」
「本気でやめてくれ!」
なんちゅうことを言いよるんだ。
ようやくベッドに放り出された俺は、ふーふーとセコイアを威嚇しつつ、クローゼットを開く。
とっとと着替えないと、また持ち上げられるかもしれないからな……急ぐべし。
◇◇◇
お尻を押されながら屋敷の廊下を進んでいる時、幸いにもルンベルクに出会うことができた。
歩みを止められぬまま、彼に「街のことを四人で頼む」とだけ何とか言い残し、屋敷を出て馬に乗る。
「全く、焦り過ぎだって。喉も乾いているし飲み物くらい飲みたかったよ」
「着いたらいくらでも水があるじゃろう」
「それ、川だろ!」
「うむ。たんまりと飲むがよい」
「……この際、川の水でもいいや」
「生水はキミの貧弱な体に余り良くない。煮沸するがよいぞ」
「……」
そこまで心配してくれるなら、水分くらいとらせてくれよ。
脱水になったらどうするんだ。自慢じゃあないが、俺は貧弱だぞ。
なんてふざけあっているうちに、鍛冶屋が見えてきた。
「うは。みんな外に出て並んでいるじゃないか」
「あやつらも待ちきれんかったのじゃのお」
鍛冶屋の軒先にガラムとトーレだけでなく、彼らの弟子まで勢ぞろいしているじゃないか。
ちょっと気合が入り過ぎじゃないですかね。これで、大失敗だったらどうしよう……。
いや、たとえ失敗だったとしても、彼らのことだ。更なる熱意をもって俺に迫って来るに違いない。
「失敗を恐れず、突き進め、次は何をするんだ?」とね。
彼らの前向きさには公国時代も随分と救われたものだ。彼らと出会えて本当によかったと思っている。
ちょっと、熱心過ぎるのが玉に瑕だけど……。
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