第40話 せまってくる件

「さて、セコイアには繰り返しになるけど、こいつは次善の策だ。一番は雷獣に発電してもらうことなんだけど、一時的にならともかく恒常的には難しいだろう」

「そうじゃの。『今のところ』はじゃがな」

「うん。そこで、次善の策だ。カガクの力で電気を作り出す」

「おおおお。そいつは面白そうじゃのおお!」


 ガラムが思いっきり喰いついてきたー。

 身を乗り出して、目がらんらんと輝いている。こいつはガラムの職人スイッチが入ったとみて間違いない。

 

「ガラムとトーレには発電設備を作ってもらいたい。俺は電気を利用してできることを考える」

「任せよ。腕がなるわい」


 ガラムは握りこぶしをパンパンと手のひらで叩き、ガハハと豪快に笑う。

 一方、セコイアは眉間に皺をよせ顎先に指先を当て何やら考え込んでいた。

 

「ヨシュア。『できることを考える』じゃったか」

「うん。多少行き当たりばったりになるけどね」

「その言葉で合点がいったわ。電気とは多種多様な事柄に利用できるのじゃな。キミの頭の中には利用方法が渦巻いておる。じゃが、実現性をはかっておるというところか」

「すげえな。その通りだ。知の探究者の洞察力に恐れ入るよ」

「その知の探究者をして、尚、知で唸らせるキミだがのお」

「は、はは……」


 褒めたつもりが、逆に褒め殺しをされると照れてしまうじゃないか。

 テーブルに乗り出したセコイアが手を伸ばし乾いた笑い声をあげている俺の肩をぐいぐい引っ張ってくる。

 

「のうのう。実現性は度外視でよい。キミの頭の中にある『電気』の利用方法について語るのじゃ」

「お、おう。そうだな」

 

 といって何を語ればいいか。

 すぐに試したいことはいくつかある。一つは電気分解。

 電気分解を利用することで、これまで手に入らなかった物質を得ることができる。

 もう一つは理屈が似ているけど、メッキであったり……そうだな。具体的な品物を述べた方が分かりやすいか。

 

「はよ」

「近いって!」


 考え込んでいるうちに、テーブルの上に乗っかったセコイアの顔がドアップになっていた。

 むぎゅうーと彼女を押し出し、ふうと小さく息を吐く。

 

「光を灯したり、汚水を浄化したり、メッキや石鹸が作れたり、他にはええと、物を動かしたり、とか」

「ほおお! マナのようなものなのかの。汎用性が高いのお」

「マナについて認識が違ってたらすまないけど、マナはあらゆる事象を想像力次第で操れるものだったか」

「ちと違うが、術式さえ構築できれば大概の事はできるのお」

「電気はそうじゃあない。物理法則……カガクの法則に従わなきゃならない。仕組みを作るのが大変だし、何でもできるわけじゃあないな」

「ふうむ。なかなかままならぬものじゃのお」

「だけど、マナと違い、『術者』は必要ない。制約は大きいが、自動的に動かせるし、使い手を選ばないのが大きな利点だな」

「そいつは……革新的じゃぞ! なるほどのお。魔石の代替とはよく言ったものじゃ。魔道具の代わりに電気で動く道具をつくるわけじゃな」

「そこまでいければ、だけどね。俺は別のアプローチも考えている」

「ほおおお。そいつは何じゃ?」

「ガラムが待っている。それについては後でな」

「ううむ。仕方ない。ガラム。すまんかったの。つい興奮してしもうて」


 元の位置に戻り、ガラムに向けペコリと頭を下げるセコイア。

 正直なところ、この世界の今ある技術で電化製品を作り出すことは非常に難しい。

 基礎科学の積み重ねがないし、俺が主導するにも俺には化学の知識がほぼないんだ。

 プラスチックの作り方も分からなければ、溶媒、合成の知識もない。

 専門家がいれば数段飛びで科学技術を発展させ、十年以内に蒸気機関車やビニール樹脂くらいなら作ってしまうかも。

 知識のない俺だけど、乗用車を作るとかそんな夢のあることに挑戦してみたい気持ちはある。

 だけど、今じゃあない。そいつは全てを終えて、余生を過ごす時にするべきだ。

 繰り返しになるが、即何とかしなければならない状況のため即効性が求められる。

 

 目標は公国時代と同レベルのことができるようになること。

 だから、別のアプローチも試したい。それは、地球にある科学ではなく、この世界の科学だ。

 っと。ガラムを待たせていたな。

 

「もういいかのお。ヨシュアの」

「お、すまん。ついな」


 ガラムに向け右手をあげ、頭を下げる。


「儂が興味があるのは仕組みじゃ」

「うん。ガラムとトーレに作ってもらわなきゃだから、概要だけ伝える。具体的な設計は二人に任せるがいいかな?」

「うむ。任せておけ。ことわりさえ分かれば問題ない」

「とても助かる。具体的にどう設計したらいいかは、俺には難しいから」

「ガハハ。そこは職人に任せておくがよい。お主は『夢』を語ればよいのだ。形にするのは我ら」

「ありがとう。電気を作り出すには、磁石とコイルが必要だ――」


 厳しい目で顎髭をいじる手も止め、俺の話に聞き入るガラム。


「磁石は雷獣の協力により手に入れた。コイルとはこの前作ってもらった銅線をぐるぐると巻いて絶縁体樹脂を塗りつけて完成だ」

「スツーカの樹脂かの?」

「うん。銅線は電気をよく通す。逆にスツーカの樹脂は電気を通さない。こうすることで、電気が外に霧散せず、銅線の中を通るって寸法になる」

「ふむ。発生した電気を流すのが樹脂を塗った銅線じゃな」

「その理解で合っているよ。それで、電気を発生させる方法だが、磁石をコイルの間でグルグル回転させるだけだ。コイルを左右に配置して、真ん中に磁石だな」

「仕組みは単純明快じゃな。もう一基水車を用意し、磁石を回転させればよい。なるほどのお。数基の水車を準備して欲しいと言っておったが、まずはこいつに使うのじゃな」

「頼めるか?」

「任せておけとさっきも言ったであろう? 楽しみじゃ。その電気とやらがどう活用されるのかがのお!」

 

 ガラムはドンと分厚い胸板を叩き、したり顔でうむうむと頷く。


「でも、道具作りを優先させて欲しい。家の準備は急務だからな」

「分かっておる。橋も作らないけぬからのお」


 トーレが模型まで作ってくれたものな。

 橋と上下水道の工事はこの街で一番の大工事となるだろう。

 大量の人手も必要になる。だけど、農業、工業、住宅、全てに密接に関わってくるところだから、必ずやらなければならないのだ。

 住宅と農業がひと段落ついたら、一大公共事業として実施したい。

 

「大工事は二ヶ月以内には必ずやる。工事期間は三ヶ月以内だ。それ以上遅れた場合は、翌年春に持ち越しかな」

「なあに、そこまでかからんよ。ガハハ!」

「ガラム一人で何とかなるもんじゃないからな。焦らず淡々と進めていこうじゃないか」

「そうだの。頼りにしておるぞ。我らが辺境伯」

「その言い方はやめてくれ。こそばゆい」

「ガハハハハ」


 腹を抱えて笑わなくても……。

 苦笑する俺の顔を見て、ツボに入ったのか、せき込むほどに笑うガラムなのであった。

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