第37話 休憩を挟みたい件

「おっと、忘れるところだった。今回の『散歩』にはこいつが必要だったんだ」


 鍛冶屋の軒先でバルトロとガルーガに感電対策を施したローブを手渡す。

 受け取ったバルトロはさっそく折り畳んだローブを開き、んーと目を細める。

 

「こいつは旅装用のローブだな。どこかで野宿でもするのか? いや、まさかヨシュア様を一日外に、はないか」


 そうだな、うん。バルトロよ。君の想像は正しい。

 誠に遺憾ながら、現時点で一日仕事を放り出して野宿なんてした日には、戻ったらとんでもない仕事量になってしまう。


「うん。日帰りのつもりだよ。そいつは稲妻に触れた時にビリビリしないようにするためだ」

「おお。マジか! 稲妻……散歩の行き先は雷獣か! こいつは楽しみになってきたぜ」

「そそ。危険だからできる限りの対策はしておこうと思ってね。その鉄の棒――避雷針も対策の一つだ」

「こいつは見たことがある。公国にもあった雷を落とすための棒だろ」

「その通り。そいつを立てておけば稲妻がそこに落ちるという寸法だ」

「ははは。いいねえ。さすがヨシュア様。いつもいつも飽きさせねえ」


 パチリと指を鳴らし、さも嬉しそうにニヤリと男臭い笑みを浮かべるバルトロ。

 危険な猛獣に会いに行くというのにそんな楽しそうな顔ができるなんて、ちょっと理解できない。

 あれだあれ。テレビでも見たことがある。サバンナで猛獣に会いたいって人、あんな感じだ。

 

「必ず。護る。ヨシュア殿も幼子も」


 一方でガルーガはローブをぎゅうっと握りしめ、意気込みを新たにしていた。

 そこまで構えなくてもいいんだけど……何だか極端な二人だな。

 ちょっと面白くなってきた。

 

「くすくすしおって、キミもなんだかんだで雷獣と戯れたいのじゃな」

「それは違う。できればお会いしたくない。だけど、実験は大事。うん」

「知識欲が恐怖に克つか。良いぞ。さすがはボクの見込んだ伴侶じゃ」

「仲間、な。親友でもいいけど」

「ほおおお。友垣か! ふふふ。この分なら、つがいに昇格するのも遠くないのお」


 色ボケ狐が何か言っているが、無視して進むことにした。

 徒歩だから頑張って歩かないとなあ。

 

 ◇◇◇

 

 はあはあ……。

 ぐ、ぐうう。昨日よりは耐えた。だが、そろそろもう足が限界だ。

 途中で交代しろというのに後ろを歩くガルーガがずっと避雷針を持ったままだし、全くもう。

 

 前を歩くバルトロと俺の横に並んでちょっかいをかけてくる野生児セコイアは全く息が上がっていない。それどころか、まだ運動したりない様子。


「セコイア。ガルーガが重たい避雷針を持っているんだ。もう少し速度を落とそう」

「素直じゃないのお。んー」

 

 のしいっとセコイアが横から俺に寄りかかってくる。

 こ、こらあ。

 足が笑っているというのに、押したらいやーん。

 

「いやーんじゃねえよ!」

「何を一人で遊んでおるのじゃ」

「いや、だからガルーガがずっと避雷針を持っているからしてだな」


 何だよ。その嫌らしいニヤニヤした顔は。

 ワザとらしく肩まで竦めやがってえ。

 俺の意見なんぞ聞いちゃいねえな、全くもう。

 

 そうだよ。そもそもセコイアに言っても仕方ない。

 顔だけを後ろに向け、避雷針を肩で軽々と担ぐヒョウ頭に声をかける。

 

「ガルーガ。ずっと持ち手を交代しないままで疲れたろう。少し休むか?」

「お心遣い痛み入る。だが、無用だ。ヨシュア殿」

「え、あ、うん」

「まだ歩き始めたばかり。ヨシュア殿が心配されるからとバルトロに聞いている。だから、ちゃんと交代のことは決めている。安心して欲しい」

「そ、そっか」


 あれえ。お疲れじゃないの?

 ぜえはあしていて後ろを確認する余裕もなかったが、改めてガルーガの様子をみてみると、まるで疲れた様子は感じ取れない。

 喋っていても息があがっていないしな……。

 こいつは困った。ガルーガが疲れているから仕方ないなあ作戦が通用しねえ。

 

 その時、天の声が前方から聞こえてきたのだ。

 

「ヨシュア様。そろそろ一息入れねえか?」

「バルトロ! だな、うん。そうだな」


 さすがだ、バルトロ。

 うんうん。休んでおかないとな、うん。

 決して俺の息があがっているとかじゃあない。備えあれば憂いなし。ふふ。


「俺の記憶が正しければ、もうちっと進んだらパイナップルの群生地だ」

「万全を期すために全員、水分補給をしておこう。場合によっては激しい運動をすることになるからな……」


 パンパンと両手を叩き、真っ先に手頃な岩の上に座り込む。

 そんな俺に対し、じとーっとした視線を向けるセコイア。

 

「な、何かな。ほら、座り給えよ。セコイアくん」

「……言うのも馬鹿らしくなってきたわ」


 セコイアはちょこんと俺の膝の上に腰かける。

 

「まあまあ、嬢ちゃん。いいじゃねえか」

「そうじゃの。元より分かっていたことじゃ」


 バルトロとセコイアがやれやれと顔を見合わせ、勝手なことを言って納得していた。

 仕方ないじゃないか。疲れるものは疲れるのだ。

 インドア派を舐めるなよ。自慢じゃないが、一時間歩けば確実に動けなくなる。

 どうだ。

 ……。虚しくなってきた。水を飲もう。

 

 ◇◇◇

 

 もう少し無理して歩けばよかったなあ。

 俺たちは茂みの向こうにパイナップルの群生地があるところまで無事辿り着いた。

 しかし、そこには期待した雷獣はいない。

 なので、茂みのところで腰を下ろし様子を窺っているというわけだ。

 うん、冷静になって考えてみると当たり前のことだよな。昨日だって、パイナップルの群生地でスツーカの木を切り倒していたけど雷獣の気配はなかった。

 雷獣だっていつもいつもこの場所にいるわけがない。ここに巣があるのなら話は別だけど。

 

 こんな時はじーっと待つ以外、俺たちにできることはない……のかな?

 野生生物のことなら野生な人に聞くのが一番だ。

 

「なんじゃ? そのにやついた顔は?」

「いや、これが普通なんだけど。一つ聞きたい」


 聞き耳を立てるかのように狐耳をぴくぴくと揺らしていたセコイアに向け指を一本立てる。

 なのにセコイアは抗議するように頬を膨らませ子供っぽく唇を尖らせた。


「まあいいじゃろ」

「雷獣の気配って探れるのかな?」

「今やっておったのじゃが、キミが」

「おお、そいつはすまん。もう一つだけ」

「雷獣の住処の方が確実に遭遇できるとでも言いたいのかの?」

「そう、それ!」

「探ることはできるじゃろう。だが、ボクたちは雷獣を討伐するのではなく、友好的に接したいのじゃろ?」

「うん」

「ならば止めておくがよい。雷獣が自らの巣の危険を感じたとしたらどうなる?」

「そういうことか。俺が思いつくようなことは既に考慮済み。その上でここで待ち伏せするのがよいってことなんだな」

「そういうことじゃ」


 さすが野生児。

 野生動物のことならお任せだな。うん。


 その時、カサリとした音が耳に届いた気がした。


「全員、ボクの近くに」

 

 急に声色を変えたセコイアが「静かに」と注意を促すように右手を前に出し、俺たちを呼びかける。

 

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