カミサマのつくりかた

「三十日目。朝三時に××湖に集まりましょう。そこで飛び降りましょう。」

 皆揃ってスマートフォンを持っていて、同じ文面を見ていた。最初こそ無気力な停滞で岸にいた僕たちだったけれど、一人が飛び込むと、一人、もう一人、と、まるで水泳選手のように飛び込んでいった。

 バラバラに生まれた子供たちは、海の中で一つになる。腕には刻み込んだ「救われたい」の刻印が、同一体たる証明だった。



 青い鯨ゲーム、というものがあったらしい。ロシアで広がったゲームで、現実とリンクしたアクションゲームだったそうだ。その結末は、多くの若者の自殺。アンダーグラウンドなインターネットでは大盛り上がりだ。

 現実と二次元の区別がつかない奴は、これだから、こういう奴らがゲームを危険なものにするんだ……エトセトラ、エトセトラ。

 さて、うちの学校でもそれに類するチェーンメールが流行っていた。僕が今眺めているのも、まさにそれだ。

「一日目。このメールを友達に教えてあげましょう。ゲームをする人は多い方が良いでしょうから。できなかった者は、あなたの写真を加工してネットに晒します。」

 脅迫の文言の下、自分の顔が映った写真がある。裸に合成されているらしい、こんなものが流されたら社会的に終わってしまう。ゆえに、生徒たちはこれをしつこく回したものだ。

 二日目になって、回した者たちには新たなメッセージが届いた。件名は、「ミッションクリア、おめでとうございます。」

「二日目。嫌いな先生の顔を撮って送信しましょう。できなかった者は、一日目に添付したファイルを掲示板にアップロードします。」

 こんな文言を見て、やるべきことを見誤る人なんていなかった。自分の社会的な死と、先生に怒られるかもしれないというチンケな可能性を天秤にかけたら、当然後者を選ぶわけだ。

 罪悪感と戦った生徒たちは、三日目には「朝三時に起き、朝三時と朝四時の時刻表示を写真に撮って送りなさい。」なんて当たり障りの無いミッションをこなした。授業中に居眠りをしている奴らの大抵がそうだろう。

 四日目、五日目、六日目、七日目。同じメールを見ている人を見つけましょう、全員を把握しましょう、集合写真を提出しましょう。この馬鹿げたメールに従わなかった者たちの画像が送りつけられただけの日もあった。

 八日目。信徒たちは各々の部屋でガッツポーズをしたはずだ。文言はこうだ──あなたたちが最も嫌う先生に、社会的死が与えられました。女子高生にセクハラをした画像が校内に出回ったのだ。

 歓喜と罪悪感の入り混じった九日目に出された命令は、夜中一時から五時まで起きていること。子供たちは大喜びで簡単な指令をこなしたのだった──此奴は、僕たちの味方だ、と。

 それでも、監視されていることには変わらない。脅される内容は徐々に具体的になっていく。画像の加工から、画像そのもののへと変わっていく。登下校を、授業中を、撮影したものへと変わっていく。十日目、十一日目。繰り返される早起きミッションは、確実に彼らの体を蝕んでいった。

 そうして十五日目。死んだ頭は呆気無くその司令を受け取った。

「十五日目。手首に以下の文字を刻みましょう──『誓います』。一人でもこなせなければ、全員に社会的死が与えられます。」

 添付ファイルは彼らの両親の写真だった。ここまできて、そろそろこれがヤバいと気がついた人もいたが、もう遅い。長々と続く睡眠不足に耐えかねて、言われたままに手首に彫刻刀を突き刺した者だらけだった。僕らのゲームは、もはや僕らだけのゲームだけではなくなっていた。

 集合写真を提出したこと、ゲーム専用のトーク画面を作ったことから、誰がミッションをこなしているかすぐに分かった。嗚呼、あの子は手首を切っていない。敵だ。無理にでも切らせないと。誰にも分からないテレパシーの応酬。

 やがて命令は過激になっていった。窓枠に座りましょう。プールに着衣で飛び込みましょう。できなかった者がいれば、あなたたちの家族の情報をインターネットにばら撒きます。

 ようやく先生がこの自殺ゲームに気がついて、携帯を没収された次の日。その先生は交通事故に遭った。八日目に先生を排斥して歓喜したはずの生徒たちは青ざめる。もう誰も自分たちを救ってくれない。写真を撮られる頻度は上がっている。常に見られているのだ、常に、じっと、滴るような視線が、這い寄るような恐怖が、彼らを苛み続ける。無限の白と黒。壁にも床にも目と目と目と目。踏むのも目。見るのも目。閉じるのも目!

「二十日目。手首に以下の文字を刻みましょう──『救われたい』。それを夜中の一時、二時、三時、四時に送信しましょう。学校に行く前に、ベランダの柵に座りましょう。学校に着いたら全ての授業を寝ないで受けましょう。できなかった者がいれば、家族の捏造写真を公開されることでしょう。」

 二十三日、ついに一人の生徒が屋上から身を投げて死んだ。飛び散った赤い血のように、次々と生徒たちは真っ赤に染まった。三十日目、ゲームが終わる日には、手首に真っ赤な包帯を巻いた生徒たちは、もう数えられるほどまでに減っていた。

「三十日目。朝三時に××湖に集まりましょう。そこで飛び降りましょう。その先で、このゲームの終わりが待っています。」

 きっと僕たちは最初、自殺ゲームなんて信じていなかった。命をみだりに扱うことに何の抵抗も無かった。ようやく自分がこのふざけたゲームから卒業できると知ったとき、命の価値は無になった。ただ写真を見せつけて脅してくるだけの存在を心から信じ、畏れ、頭を垂れた。神様の前では、命など吹けば飛ぶ綿毛と同じだったのだと知った。

 皆揃ってスマートフォンを持っていて、同じ文面を見ていた。最初こそ無気力な停滞で岸にいた僕たちだったけれど、一人が飛び込むと、一人、もう一人、と、まるで水泳選手のように飛び込んでいった。

 バラバラに生まれた子供たちは、海の中で一つになる。腕には刻み込んだ「救われたい」の刻印が、同一体たる証明だった。

 ……湖は静寂に包まれた。誰一人として、浮かび上がってくる生徒はいなかった。皆、ゲームを終えて、満足に逝けたのだと信じたい。嗚呼、でも、溺死は最期の最期まで苦しむと聞いたことがある。いつかこの湖も、悲しい生徒たちが自殺志願者を引き込む心霊スポットにでもなるのだろうか。

「かなしいなぁ」

 僕はぽつりと呟いて、死んでしまった全員分の写真を削除した。鬱陶しい真っ赤な包帯を取って、湖に投げ捨てる。傷一つ無い腕で、太陽に手を伸ばした。

 嗚呼、神様。あなたがもしもいたならば、彼らを止めたでしょうに。それとも神様なんてそれくらいちっぽけな存在だったのでしょうか。だとしたら、本当に、本当に、かなしいですね。

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