第87話 愛する人
周りの人は花火に釘付けだ。
その人混みを掻い潜り、俺は駅に向かう。
「はっ、はっ……七菜美……」
そしてやっと駅にたどり着いた。
ホームを抜け、時刻表を見る。
次の電車はあと15分後だった……
「くそっ……」
俺は体を反転させ、駅を出る。
もしかしたら電車を待って行った方が早いのかもしれない……
でも、今の俺には15分も、じっとしていることはできなかた。
多くの人が祭りに行っているためか、人通りは少なかった。
その道を俺は全力で走る。
陸上をやっていて良かったと心から思った。
「はー、はー……」
途中、とても肺が苦しくなった。
足が痛く、重くなった……
だけど、今の俺にはそんなことは大した苦ではなかった。
早く七菜美に会って謝りたい……
俺はそのことだけを考えて走り続けた。
もう何分間走ったか、どのくらいのスピードで走ったのか分からない。
でも、視界には七菜美の家から1番近いコンビニが見えた。
なんだか少し安心し、スピードが緩む。
それと同時に、全身にうっすらと浮かんでいる汗の存在に気付いた。
このまま会うのはな……
俺はコンビニに入り、汗拭きシートとあるものを買ってコンビニを出た。
汗を拭き、再び七菜美の家に向かって足を進めた。
***
外の光が眩しくて、ゆっくりと重たい目蓋が開いていく……
時計を見ると、もう11時を回っていた。
「はぁ……」
重たいため息が溢れる。
手早く朝ご飯であり、昼ご飯でもある料理を食べた。
歯を磨き、部屋に戻る。
結局春樹に謝れないまま、時間だけが過ぎて行った……
怖くて、踏み出せなかった……
何してんのよ……
自分が起こした事なのに……
こんな女、見捨てられてもおかしくないよね……
最近はこんな事さえ考えるようになってきた。
「はぁ……」
再びため息が溢れ、ベッドに横になる。
横にあるスマホを手に取り、てきとうにSNSを見ることにした。
『今日は夏祭り!テンション上がる〜!!』
ああ、そっか……
今日が夏祭りの日か……
行く気は出なかった。
でも、行かないと思うとなんだか悲しかった……
「なんだろこの感じ……」
そう呟いて枕に顔を埋める。
それからはずっとスマホを片手にベッドの上でゴロゴロしていた。
気付いたら、日は落ちかけていた。
もうこんな時間か……
私の家では休日の夕食は早く、リビングで家族3人でご飯を食べた。
食べ終わり、歯磨きをし部屋に戻る。
椅子に腰かけた時、遠くの方から花火の音が聞こえた。
音はそこまで大きくないが、確かに聞こえた。
次々に打ち上がる花火の音をじっと聞いている。
私は見えはしないが花火が綺麗だと分かった。
だって、去年春樹と行ったから……
あの日、2人でベンチに座り美しい花火を一緒に見た。
そして、初めて大好きな人とキスをした……
去年のことがはっきりと思い出された。
その時、何かが頬を伝い膝に落ちた。
私はそれが何かすぐには分からなかった。
鏡を見て、それが涙だと気付く……
あれ?……私なんで泣いてるの……
その答えは、じっくり考える前に分かった。
私にとって、春樹との思い出はかけがえのない宝ものだったと言うこと……
春樹がいないと私……
そう思った時、自分の中でやっと決心ができた。
もう逃げない。
明日春樹に直接会って謝るんだ。
その答えがどうであろうと……
そこからしばらくは明日のことを考えていた。
その時、スマホが急に震え出すとともに、電話の音が鳴り響く。
誰だろう……
画面を覗くと、春樹からだった。
少し戸惑ったが、通話ボタンを押す。
「もしもし……」
『七菜美……はー、はー……急に悪い……』
「どうしたの……」
『今から家の外に来て欲しい』
スマホから聞こえてきた春樹の声は、何かを決意した、覚悟を決めた。そんな声だった。
一日早まっただけじゃないか……
私も覚悟を決める時だ!
「少し待ってて」
『ああ』
そう言って、電話は終わった。
この服で行くのはなんだか嫌なので、外でも普通に着られるような部屋着に着替た。
***
『少し待ってて』
「ああ」
そう言って電話は終わった。
ここに来て急に緊張が心臓を激しくする。
不安な感情も大きくなっていく……
だけど、俺はもう決めたんだ。
逃げない!
深呼吸をし、荒ぶる心臓と心を沈める。
その時、目の前の扉がガチャリと開いた。
そして、そこには七菜美がいた。
久しぶりに七菜美の顔をはっきり見た気がする。
互いに目が合い、無言の空間が生まれた。
なんとか声を絞り出そうとした時、七菜美の口が先に動いた。
「……ごめんなさい!」
え?……
いきなりごめんなさいと言われ俺は振られてしまったのかと思った。
でも次の瞬間、その不安は消えて行った。
「私……勘違いして……春樹の言葉を嘘って言い張って怒って……」
そう言って七菜美は顔を下に向ける。
悪いのは俺の方だ……
七菜美の方に近づいていく。
「七菜美。顔を上げてくれよ……」
そう言うと、七菜美はゆっくりと顔を上げた。
目からは、うっすらと涙が浮かんでいた。
苦しい思いさせてごめんな……
俺は七菜美を抱きしめた。
「春樹?」
「俺の方こそごめんな……七菜美を不安にさせた上にあんなにひどいこと言って……」
「ううん。いいの……」
七菜美の匂いがした。
俺の好きな匂いだ……いや、七菜美が好きだからこの匂いも好きになったかもな……
「七菜美……」
「ん?」
「俺さ、七菜美が隣にいてくれないとさ、辛いんだ……毎日が楽しくないんだよ……だから……この先もずっとこんな俺の隣にいてくれないか?……」
「うん……私も……私も辛かったよ……これからもよろしくね」
七菜美からその言葉を聞き、安心したのか、自然と涙か溢れる。
俺、最近泣いてばっかだな……
「何泣いてんのよ〜」
涙を流しながら七菜美がそう言った。
「なんだか安心してな……そう言う七菜美の方こそ」
「私も同じだよ……ずっと怖かったんだ……もし別れようって言われたらどうしようって……」
「俺と同じだな……」
こんなに七菜美を不安にさせて……
七菜美のことは絶対に放さない……その思いが出たのか、抱きしめる力が少し強くなる……
「春樹?」
「もう絶対に放さないから」
「私だって!」
そう言って七菜美の方も抱きしめる力が強くなった。
お互い自然と笑顔が溢れた。
俺はこの笑顔をずっと守っていく……
この時そう決意した。
「七菜美、去年の祭りの約束覚えてるか?」
「うん……一緒に花火見るってのでしょ……ごめんね……もうお祭り終わっちゃった……」
「誰もでっかい花火とは言ってないだろ?」
俺は一旦七菜美から腕をほどき、さっきコンビニで買った例のものを出す。
「もしいいなら、今から俺と花火見ないか?」
「うん!」
そうして俺と七菜美は手を繋ぎ、近くの公園に向かって行った。
数分歩くと、公園についた。
バケツなどの準備をし、袋から花火を取り出す。
マッチから、火を移す。
バチバチと、小さいながらも綺麗に輝いた。
「綺麗だね」
「そうだな」
それから俺たちは、言葉を多く交わすことはなく、花火を味わった……
ほとんどの花火を使い、片付けに入っていた。
七菜美にはベンチに座ってもらい、俺はせっせと片付ける。
片付けが終わり、七菜美の横に座る。
七菜美は空に輝く月をじっと見ていた。
月明かりに照らされる七菜美は美しかった。
愛する人が隣にいる。
それだけで心が落ち着いた。
七菜美がそばにいる喜び、幸せを感じた。
こう言う気持ちは、言葉にしないとな……
俺は七菜美の方に顔を向ける。
「七菜美」
「ん?」
「愛してる」
そう言って唇を重ねた。
俺にとっては七菜美をずっと守り続ける。幸せにする。
そう言った誓いを込めたキスだった。
ゆっくりと顔を離す。
なぜだか七菜美はずっとこっちを見ている。
どうしたんだと聞こうとした時、七菜美の顔が急に近づいた。
「お返し!」
そう言って今度は七菜美の方から唇を重ねた。
さっきよりも長いキスを……
そのキスからは、
これからもよろしくね。愛してるよ……
そう言ったメッセージを感じた。
唇を離した七菜美はどこか満足そうに、笑みを浮かべていた。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん」
ベンチから立ち上がる。
指を絡め、俺たちは家に向かった。
七菜美を家まで送り届け、自分の家に向かう。
家に着いたが、俺は通りすぎる。
あいつにも、謝らないとな……
秋大の家に着き、スマホを開く。
そして、秋大に電話をかける。
『もしもし?』
「悪いな突然……ちょっと家の前に出て来てくれないか?」
『ちょっと待ってな』
電話が切れた途端、家の中から階段を駆け下りる音が聞こえた。
音が止むと、目の前の扉が開く。
「よっ。どうした?」
「その……この前はごめん……心配してくれてるのにあんなひどいこと言って……」
「いいよいいよ……俺こそごめんな。春樹の気持ちを分かったふうに、あんなこと言っちまって……」
「秋大が謝ることないって」
「その顔を見る限り、坂石さんとは仲直り出来たみたいだな」
「ああ……」
「それは良かった。また明日から学校楽しもうぜ!あ、楓も気にしてたから良かったら言ってやってくれ」
「おう」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
秋大は家に戻っていった。
俺も早く寝よう……
家を二つ通り過ぎ、自分の家に入っていく。
「ただいま」
「おかえり」
帰りが遅くなって怒られると思ったが、母さんは全く怒った様子ではなかった。
「春樹、ちょっと」
母さんにそう言われリビングに行く。
「仲直り出来たの?」
「ああ……ああ?え?な、なんで?」
「そりゃ分かるわよ。なら良かったわ〜大切に守るのよ」
「ああ」
「じゃあ、早く風呂に入って寝なさい」
そう言われ、寝巻きを取りに自分の部屋に戻っていく。
全く母さんにはなんでもバレちまうな……
早く七菜美に会いたいな。
布団を被りそんなことを思った。
久しぶりに、ぐっすりと眠れた。
〜あとがき〜
読んでいただきありがとうございます!
長文となってしまい申し訳ないです……
区切りどこがなかったので自分至上でも最長に……
終わりは近いです!
最後までよろしくお願いします!
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