第86話 花火と思い出
駿介と話してから色々考えた。
でも、あと一歩、あと一歩が前に出なくていまだに七菜美と話せないでいる。
スマホを片手に、通話のボタンを押すか押さないかでかれこれ30分は経っている。
自分に呆れ、スマホを持ったままベッドに飛び込む。
ああもう……
枕に顔を埋め込む
部屋の外から、彩美の声が聞こえた。
「お兄ちゃん〜ご飯だよ〜」
「今行く」
ベッドから起き上がり、駆け足でリビングに向かった。
「春樹、今日の夏祭りも七菜美ちゃんと行くの?」
「いや……なんか用事があるって言ってたな……」
俺はいまだに家族には喧嘩していることは言っていない。
なんだかかっこ悪いし、恥ずかしかった……
「あらそう……残念ね……」
「そうだな……」
「お兄ちゃんなんか隠してない?」
「え?別に何も隠してないけど……」
「そう……」
彩美は昔から察しが良い。
母さんがこちらを見ているが、俺が食事に集中しているフリをしていると母さんは箸を再び進めたのでどこかホッとした。
歯磨きを済ませ、再び部屋に戻る。
なんで俺はこんなに臆病なんだよ……
軽く自分に怒りを感じた。
そういえば今日が夏祭りの日だったんだな……
最近は他のことを全く考えれず、夏祭りの存在も忘れていた。
またベッドに飛び込むと、急に眠気が襲い、まぶたが次第に重くなっていった。
目が覚め、時計を見るともう4時になっていた。
ゆっくりと上半身を起こす。
夏祭りか……
一緒に行く人はいない。
だけど、行かなくてはならない気がした。
なんでかは分からない。でも、俺の本能が行けと言っているような気がした。
それから少しだるくなった体を動かし、身支度を軽く済ませる。
財布など適当に持って、家を飛び出た。
「ちょっ!どこ行くの〜?」
「夏祭り!」
閉まりかける扉から聞こえた母さんの声に叫んで答え、俺は足早に祭りの会場に向かって行った。
会場には屋台がたくさんあり、すでに賑わっていた。
そこにはカップルもたくさんおり、胸がチクリと痛んだ……
別に何かをしようとしてきたわけではないので、そばにあったベンチに座る。
行き交うカップルを見るたびに、七菜美の笑顔が俺の頭を過ぎる……
なんだよこの感じ……
謎の苛立ちに襲われる……
それからはボーッ空を眺め、ベンチに座っていた。
しばらくして我に帰り、ベンチから立ち上がる。
来たんだしなんか買うか……
そう思い、てきとうに焼きそばなどを買った。
お祭り気分を味わえると思ったが、俺の心にはポッカリ穴が空いた感じがして、祭りの雰囲気さえ楽しむことはできなかった……
その後もてきとうにほっつき歩いていると、花火の時間が近づいてきた。
俺はなんのために来たんだろうな……でも、最後に花火くらい見て帰るか……
俺の足は、自然と去年と同じ場所に向かっていた。
気付けば、前座ったベンチが目の前にあった。
楽しかった思い出が思い出されそうでなんだか辛かった……
だけど、ここで花火を見たら何かがわかる気がした。
複雑な感情になるが、俺はそのベンチに座り、花火が上がるのをじっと待っていた。
しばらくすると、一発の小さな花火が上がった。
毎年、この夏祭りでは小さい花火からどんどん大きい花火になって盛り上がっていく。
二発目の花火が打ち上がる。
キラキラと散っていく光が去年の今と重なった。
なんだか胸が痛んだ。
三発、四発と上がるにつれ、脳裏に七菜美との思い出が次々に再生されていく。
初めて話した時の事
お互い名前で呼び合った事
告白をして付き合えたときの事
初めて手を繋いだときの事
この場所で初めてキスをした事
他にも七菜美と笑い合った、何気ない日々が思い出される。
七菜美の笑顔がはっきりと思い浮かぶ。
そうした時、俺の目から涙が溢れた……
最初は急に出た涙に驚いたが、その理由はすぐに分かった。
ああ……俺は七菜美がいないとダメなんだな……
七菜美と話さなかった時、毎日が楽しくなかった。
辛かった、苦しかった。
俺は七菜美が隣にいてくれないとダメなんだな……
いつの間にか七菜美がそばにいることが当たり前になっていた。
好きと言う気持ちは、言葉で言わなくても伝わると思っていた……
でも俺たちの思いはいつの間にかすれ違っていたのかもしれない。
好きって気持ちは、ちゃんと言葉にして伝えないとダメだよな……
七菜美がこれからも俺のそばにいてくれるかは分からない……
でも、この気持ちをちゃんと伝えないとこの先、一生後悔することになる。
この前駿介の言っていた言葉を思い出す。
俺は涙を拭い、ベンチから立ち上がり走り出す。
行き先は決まっている。
横目に映る花火は次第に大きくなり、俺の背中を押してくれている。
そんな気がした。
〜あとがき〜
読んでいただきありがとうございます!
ついに決心がついたようですね!
次回もお楽しみに!
よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます