初日

 転んだはずなのに、頭は少しも痛くなかった。

 頬に感じるのは、草のそよぎだった。薄っすらと目を空けると、自分は外の草叢に倒れていたようで、辺りは長閑な田舎町──というより、村という雰囲気である。

 忘れた頃に突然頭が痛んで、しばらく立ち上がらずにいると、大丈夫、と尋ねる声が降ってきた。

 少し唸りながら身体を起こすと、黒髪に桃色の瞳をした少女が手を差し伸べている。茶のラップコートに黒縁眼鏡という姿が、お洒落というよりは聡明さを醸し出しておた。きっとラップコートの下はワイシャツの上にベストを着ているのだろう。そう考えていると、少女はもう一度私を呼んだ。

「君、いつまで草に寝転んでいるの?」

 稲光のような閃きが走った。きつい言い方といい、冷たい声といい、何度も聞いたことのある声だ。眼鏡を掛けなおしてよく見れば、口角を片方だけ上げて嫌味っぽく笑う姿は、さきほど私の背を押してくれた人によく似ている──似ているどころか、本人そのものだ。

「未音さん? ここ、どこですか?」

「何言ってるんだい、君が住んでる村に決まってるじゃないか。頭でも打ったかい?」

「は? 村? 舞台は? 演劇は?」

「はぁ?」

 ミオンは私の声に眉を寄せ、ジト目で私のことをスキャンするように見つめる。それから、眼鏡を掛けなおして真剣な表情になった。

「記憶が錯乱してる……? とりあえず、早く集会に行かないと。村長さんに怒られてしまうよ」

「え? だから村長って──」

「面倒だなァ……行けば分かるとも」

 情報量の多さで混乱している私の腕を引っ張って、ミオンはどんどん歩いていく。教会が見えたり、花屋や手芸屋が見えたりと、少し懐かしさを与えるような町並みを眺めながら、私はなぜここにいるのか、そして台本について思い出そうとした。

 こんなシーンはあっただろうか、と考えていても、誰が何を演じていたかしか覚えておらず、この後どうなるのかも、結局はここにいる理由についてもまったく思いつかなかった。

 とにかく、私は探偵の格好に着替えていて、演じるはずだった村らしきところにいて、ミオンは学者になっているらしい。この様子だと、自分が演者であることを自覚できていないようだ。役にハマりすぎているのか、まだ観客がいるのかどちらかだろうと思ったが、辺りを見回しても、セットとはとても思えないような村の様子が広がるだけだ。

「もしかして君、何の用で呼ばれてるかも思い出せないの?」

「は、はぁ……そもそも何でここにいるかも分からないんで……」

「君の誉れ多き頭が死んでしまっては困るよ。君が呼ばれたのはその頭を行使してもらうためなのにねェ?」

「探偵の頭? 何か事件でも?」

 質問への答えは帰ってこなかった。答えが返ってくるだろう瞬間に目的地に辿り着いたのだ。どうやら村の集会所のような建物で、既に多くの人が集まっていた。

 思わず言葉を失う。そこに集まっている人全てが、私の知っている演者達──即ち、演劇部員だったからだ。

「マジで殺人事件が起きてるの?」

「もう私たち以外は残されていないらしいよー」

「嘘だろ……あんな伝説が本当にあったなんて」

 眉を寄せて不快そうな顔をした、白衣の少女。ビスチェのワンピースで、上には薄い上着を羽織った少女。剣を腰に収め、盾を立てている鎧の少女。それらは、どう見ても、アン、ルカ、アイだった。

「スクープだねぇ、なんて言ってる場合じゃないかぁ」

「夢見たスペクタクルな事件に出会えるなんて! 筆が進みますね!」

「はぁ……なんでこんなときに集会なんて……」

「ユズちゃんもそう思う? ちょっと外の空気吸いに行こうよ」

 カメラを首から下げて、テーラードジャケットにスキニーパンツという、いかにも記者らしい格好をしたのは、おそらくナギだろう。フード付きのマントを羽織った黒髪に紫の目をした人は、作家を演じるミコトだ。そして、仲良く出て行く二人は、手芸屋のユズと、料理家のカナデに違い無い。

「なんだ、ただ俺は村長に用事があるだけだったのに。殺人事件があるなんて、このタイミングで来るべきじゃなかったな」

「ぼ、僕が情報を先に伝えるべきでした、申し訳ありません」

 ナポレオンコート、首にはネックレス、耳には大きな宝石のピアス。指輪を何個も付けて、ジャラジャラ音を立てる純金のブレスレット。彼がルイだということはすぐに分かった。

 隣に侍るタクマの方は、ジャボカラーの襟のシャツに黒いベスト、黒いスラックスを着ている。こちらはまさに執事という佇まいで、少し長い髪を後ろで結わいているいつもの髪型も、このために結んでいるのだとさえ思えた。

「いやぁ、慌ただしいね。しかもあのお騒がせ兄弟も来ているし」

「お騒がせ、とはどういうことですかね? 俺に何か問題でも?」

「ルイ様。今騒ぎを起こすと、犯人だと疑われてしまいます」

 さっそくミオンはルイに喧嘩を売り、ルイは薄笑いを浮かべてその喧嘩を買う。

 話を聞くに、どうやらこの村では殺人事件が起きたらしい。見た様子では近くに別の村があるわけでもなく、よくミステリーで用いられるクローズドな空間の一つだ。そんなところに生き残りが集められたのだから、私が呼ばれたのはこの事件を解決するためなのだろう。

 嗚呼、なんて面倒臭い舞台なのだろう。

 しばらくミオンの隣に立って、集められた十人を見回していると、二つ手を打った音で喧騒がしんと静まり返った。ユズとカナデも集会所の中に帰ってきていたらしく、手を打った相手に視線を向けている。

 シスターのような格好をした背の低い少女が、集団の真ん中にゆっくりと歩いてきた。右手で白のロザリオを握り締め、レースアップブーツの少し覚束ない足取りでふらふらと寄ってきたかと思うと、足を止め、口角を軽く上げて少女は話しはじめた。

「皆様、悲しいお知らせがあります。皆様を呼んだ村長は、殺人犯により、お亡くなりになりました」

 その後も、語調を荒げることなく、淡々と、そして慈愛深く言葉を続けていく。

「私は村長より使命を授かりました。皆様ご存知の通り、人狼伝説が真実となってしまいました。それも、赤い満月が昇ることの無いように呪いがかけられた岩を壊した『裏切り者』によって。

赤い満月の夜、魔力を受けた人間は、魔力を受けることかできる夜だけ狼の姿に変貌するという、人狼になってしまう。

また、不老不死の願いを求め、満月に魂を売った妖狐という化け物も現れてしまう。

しかし、それと同時に、満月により予言を受ける者、心の繋がりを持つ者、人狼に打ち勝つ力を持つ者も現れる。

そう、私達は大量殺人を犯す人狼と妖狐、そして裏切り者を殺し、満月の正のエネルギーを手にした村人達と協力しなくてはなりません」

 ロザリオを握る手も、もう片方の手も、首までの全てが包帯で覆われていて、顔は見えるものの、額にも包帯が巻かれている。バサバサに切られた栗色のショートカットヘアに、黄色の瞳──

「最初は羊飼い、次は花屋と次々に人がお亡くなりになり、最近では幼い子どもが何人か天に召されました。きっと神も悲しんでいるでしょう。

ですから、村長はこう仰いました──これから皆様で話し合いをしていき、多数決で一人を神の手に委ねましょう──たとえ、その人が罪無き村人であっても」

 人々の目がそれぞれ恐怖を示している。それでも、シスターは作り物のような笑顔を潜めることは無い。

「妖狐は私たち村人と人狼が潰し合うのを楽しんでいます。人狼は私達を喰うて最高の宴をしようと目論んでいます。裏切り者は人狼の宴を作り上げようとしています。

我々は神の名の下、それらを処刑しましょう。どれだけ犠牲を出しても、新しく生まれる命と、村の存続のために。皆様、どうか神の下に、自分は人狼でないと誓ってください」

 そこまで言うと、シスターはもう一度にっこりと笑って口を閉じた。私は思わず声を出した──自分でも驚くほど震えた声だ。

「何だよ、その見た目」

 シスターは私の方を、人形のような冷たい目で凝視した。黄色い瞳が大きく見開かれ、私の顔を覗き込む。

 それと同時に、村人たちの目線が私に集まる。村人たちは、まるで私のほうがおかしいかのようにきょとんとしていた。

 ミカは亜麻色の腰まであるロングヘアと、星が煌めくような丸い黄色の目をしていた。私たちを繋ぎ合わせた張本人であり、私を演劇部に、この舞台に誘った人だった。それなのに、今では顔以外を包帯に包み、死んだ目をして、長い髪を乱雑に切ってしまっている。けれども、声は確かにミカそのものだった。

 私の一言にも、ミカは揺らがない。貼り付けた笑みを浮かべ、包帯をした手で私の手を優しく触れた。

「貴女が、記憶が錯乱していると言っていた探偵ですね。頭痛は治りましたか? 神は貴女を見守ってくださいます」

 ミカの一言に納得がいったのか、ミオン以外の村人は疑心が失せたようだった。

 その中で、ミオンと目が合ってしまう。きっと後で私を犯人に仕立て上げる理由にでも使われてしまうのではないかと思ったが、ミオンは次にミカをじっと見つめていた。

 ミカはふらりと踵を返すと、再び村人達の真ん中に立った。

「私がリーダーのようになってしまって申し訳ありません。ですが、村長のお言葉をお伝えできたので、私としては満足です。さぁ、皆様、会場へ向かいましょう」

 次々と村人たちは奥の部屋へと歩いていく。その途中、何人かの村人はミカに話しかけている。どうやらミカは皆に慕われているらしいということが見てとれる。

 唖然として立ち尽くす私の手を、またミオンが引いた。

「ミカちゃんは若いシスターだけど、信仰深くて人気なのさ。ちょっと夜に会いたくない見た目をしてるけどね」

 ミオンはニヤリと笑ってミカの後ろを歩く。記憶を失っているという設定にされてしまった以上、それに乗るのが相応しいのかもしれない。

 黙ってミオンについていくと、そこは少し開けた部屋になっていて、丸い大きなテーブルと、人数分の椅子が置いてあった。その真ん中には、黒い拳銃が置かれていた。そこで、ある程度のルールが説明された。


***


何の魔力も持っていない人を《村人》と呼ぶ。

予言を受ける人を、それぞれ、

《人狼》かどうかを当てる《占い師》──《妖狐》を占い、呪い殺すこともできるようだ──

死んでしまった人が《人狼》かどうかを当てる《霊能者》と呼ぶ。

《人狼》に打ち勝つ力を持ち、《人狼》の襲撃から自分以外の一人を守ることができる人を《狩人》と呼ぶ。

心が通じ合う、と言われていた二人のことを《共有者》と呼ぶ。

裏切り者と呼ばれている人も、しょせんはただの人間なので、《狂人》と呼ぶことにした。

 

以上の役職があり、人狼伝説によれば、

《人狼》は二人、

《共有者》は一組、

役職を持っていない人は三人だけで、残りは一人一つずつ役職を与えられるのだそうだ。


私たちは昼・投票・処刑・夜のフェイズを繰り返し、《人狼》を殺しきるのが目的だ。

だが、《人狼》はどうやら残りの人数が自分達と同じ数になるといっぺんに残りの《村人》を喰らい尽くし、

《妖狐》というものはどちらかが生存競争に勝ったのを見届けると、自身が生きていた場合は他の生存者を焼き尽くしてしまうらしい。


昼の時間に話し合いをして、怪しい人を多数決で一人選び、その誰か一人を殺す。夜がくれば、能力者が何かアクションをして、また朝がくる。


***


「君なら得意そうだねぇ、探偵さん」

「確かに似たゲームはやったことありますけど……」

 ミオンが楽しそうに笑っているのを眺めていると、ナギが集合をかけた。この世界でもナギは纏め役になるらしい。

 村民は皆椅子に座り、それぞれの顔を鋭い目つきで見つめ合っていたが、ナギとミカだけは余裕そうに微笑んでいた。

「では、皆様、神の下に自らの潔白を誓い、改めて自己紹介をしましょうか。私の名はミカ、この村で神にお仕えするシスターです。私は《人狼》ではございません」

 ミカは包帯を巻いた手でロザリオを握り、もう片方の手を聖書らしき本の上に置く。相変わらずミカは不気味に口角を上げている。事情を覚えていない演者からすれば人当たりの良い人だが、私からすれば冷ややかに笑っているだけのように見えた。

「はぁい、私は新聞記者やってます、ナギでーす。いつもお世話になってまーす、《人狼》じゃないでーす」

 ナギは黒いウェーブのかかった髪をふわふわと揺らし、元気良く宣言した。緑の瞳が細められる姿からは、彼女らしい穏やかさが滲み出ていた。

「私はミコトと申します、仕事は作家ですね。皆さんと生きて帰ってこの話を小説にできることを楽しみにしてます! 私は《人狼》ではないです」

 丸い眼鏡に指を当て、アメジストのような紫の瞳を輝かすミコトは、見てすぐに純粋で無邪気な作家なのだと感じ取れた。隣のナギもそんなミコトの様子を見て、私も読みたいなぁ、と呑気に返事をする。

「この村の騎士……門番をやってる、アイっていいます! 小さい子どもの命までも奪い取る人狼にはなりたくねぇし、絶対許せない。《人狼》に勝てる自信は無いけど、ある程度の揉め事なら俺が解決できるから、頼ってくれよな!」

 男勝りな喋り方に、後ろでお下げに結ばれたボサボサの髪、爛々と輝く赤い瞳。やはりこの世界でもアイは、頼れるけれどどこか抜けている、とてもおおらかな人だ。揺るがない正義感の持ち主であるから、きっと《人狼》のことも恨んでいるのだろう。

「私は医者をしています、アンといいます。怪我をしたらいつでも言ってね。私は《人狼》じゃないよ」

 茶色に染めた髪を横結びにした、オリーブ色の瞳が可愛らしい少女は、見た目は少し幼く見えるが、中身はたいそう大人びている。狡猾と呼ばれていたが、その片鱗は見当たらない。

「私はルカだよー、いつもステージ見に来てくれてありがとうございますー! また早いうちに踊れるようになると思う! 踊り子やってますー、《人狼》じゃないですー」

 絶望的なクローズドの空間でもなお、語調と展望は明るい。ルカはいつもそのポジティブさで、ネガティブな私を元気付けていた。きっと私が巻き込まれてしまったこの事態でも、ルカは私を希望のある道に導いてくれるに違いない。

 私の番が来て、ユリさん、とルカが私のことを呼んだ。青紫色の目は私の自己紹介を待ち遠しそうにじっと見つめている。こんなシーンはあっただろうか、と先を憂う。

 答えないのも不自然なので、さらっと終わらせた。

「ユリです、探偵やってます。《人狼》ではありません」

 隣のミオンは面白そうに笑った後、意地悪っぽい笑みを見せた。

「僕は学者のミオンという。今回の問題は《人狼》というより、裏切り者の方かもね?」

「人殺しを置いておくって言うのかよ?」

 アイがすかさず怪訝そうに尋ねるも、ミオンは語尾を上げ、はぁ、と言った後、挑戦的に口角を上げた。

「まさか。僕だって死にたいわけじゃないし。ただ、この中で一緒に《人狼》を倒そう! とか言ってる全ての元凶、《狂人》や、満月に魂を売った《妖狐》のことを考えると、憎いってね? 《人狼》だって人を殺したいと思って化けたわけじゃあるまいし」

「なら、ミオンさんは《人狼》の肩を持つのか?」

「……君ってさァ、本ッ当に馬鹿じゃないの? 話の論点がズレてるね。僕は《人狼》ではありません」

 アイとミオンは険しい顔で睨み合う。普段、ミオンはここまで酷く人をまくしたてたりはしないし、アイも他人に自分の正義感を押し付けることはしない。

 見るも無残な殺伐とした空気の中、ミオンの隣に立っていたタクマはおろおろと辺りを見回した後、あのぉ、と声を上げた。

「えっと……あの……僕は、タクマといいます。こちらのルイ様の執事を務めております。ぼ、僕は《人狼》じゃありません……」

 少し震えた小さな声でぼそぼそと喋ったタクマに、ルイは楽しそうに──というより、馬鹿にするように大笑いした。張り詰めていた空気が和らぎ、向かい合っていたカナデとユズも笑い出す。

「タクマ君は相変わらず可愛いねぇ」

「わ、その、すみません」

「タクマ君らしくていいんじゃないかな?」

「あぁ、そうですか……」

 カナデとユズに愛でられて、タクマは少し照れながら黄色の目を伏せ、明るい茶の髪を弄っていた。

「そうそう、私はカナデっていうよ。料理家をやってます。人狼じゃありません」

「ユズといいます。手芸屋やってます。人狼じゃありません」

 二人の自己紹介を聞くと、ルイは人の良い薄笑いを浮かべ、二人にならう。

「俺はルイといいます。皆さんもご存知、村長とも仲良くさせてもらってる、サカキバラ財閥の御曹司です。弟共々、よろしくお願いしますね。あ、もちろん俺は余所者なんで、《人狼》じゃないですよ」

 ルイは物腰柔らかに話すと、タクマに比べると少しつり目の赤い瞳を細めて薄く笑った。

 これで一周だ。ナギはまるで周りに花を撒きちらすのような笑顔で、私たちに指示を出す。

「えっとぉ、ミカちゃんが一日は《人狼》の襲撃を守れるように呪いをしておいたから、今日は大丈夫だって! とりあえず今日はかいさーん! また明日のお昼に会いましょう!」

 ナギの言葉にホッとしたのか、村民たちは互いを見合った後、集会所を後にした。

 ルイとタクマはカナデとユズと話しながら出て行き、アンとアイも仲良さげに二人で席を立った。そのあとも、ナギとミコトが出て行く。

 残されたのは、シスターを名乗るミカと、隣にずっと座っていたミオン、そして私だけだった。

 ミカは私たちだけが残っているのを見ると、据わった目でにこりと笑う。そして、少し明るい声で──幼い少女に戻って──快活に話し始めた。

「大丈夫でしたか? ユリさんはいつもそうやって無理をしますよね。自分に酔ってるんです」

「……え、まぁ……って」

「ボクには分かりますよ? 多少の不調もいつも通りだって流してしまうでしょう? でも、そういう時に限って本当に具合が悪かったりしちゃったり? ……あは、簡単簡単」

 包帯まみれの氷の冷たさを持つ細い手が頬に当てられ、話し始めたときに感じた寒気を助長した。嫌悪感で背筋が粟立つ。

 ミカは人形のような感情の無い目で私を見つめて、曖昧な笑顔を見せる。普段のミカは、このような語調で私に話しかけ、元気で幼気な姿を見せていた。瞳は煌めき、いつも笑顔で、まるで子犬のような可愛らしさをもっていた。好きなタイプだからとかいうよく分からない理由で私に懐いていて、ロマンチックで情熱的な世界観を私によく話していた。

 それに比べて、今では愛想と偽りで固めた笑顔の仮面を付けていて、話し始めなければ少女人形のような姿をしているし、さきほどまでの話し方は、打ち込まれた言葉をそのまま話しているかのような虚ろさがあった。これではまるで死体だ。ミカの話すことで真実だと思えるのは、神への崇高な愛ぐらいだろう。

 ミオンは驚いたように口を開け、ミカに、ユリさんとこんなに仲が良かったっけ、と尋ねている。ミカは肉付きがほとんど無い手を口に当てて笑い、肩を揺らした。

「御存知ありませんか?」

「知らなかったよ、てっきり関係も無い人かと」

「ユリさんは記憶を失っていらっしゃいますから。しかし、いくら私が恐ろしい容姿をしているからって、死体扱いをされるのは良いものではありませんね。神は不浄なものを好みませんから」

 ミオンの前では、芝居掛かった敬虔なるシスターの姿が戻っている。否、もしかしたらさきほどの顔の方がこの世界では偽物なのかもしれない。

 私が何も言えずに二人のやり取りを見ていると、ミカは愛想笑いを浮かべて立ちあがった。

「それでは、私は神へのお祈りがまだ終わっていませんので。また明日お会いしましょう。お二人にはきっと、この村を良い方向に導いていただけるのでしょう」

 片手には聖書、片手にはロザリオを握り締めてふらふらと歩いて行く姿は、たとえ村があの姿を生存者として受け入れたとしても、私には生きているものだとは思えない。カツン、カツンとヒールが床を鳴らす音も少し弱々しく聞こえた。

 なんで見惚れてんのさ、と言ってミオンが私の肩を叩いた。少し不機嫌になって振り向くと、ミオンはまた子どもっぽい微笑を浮かべている。

「そんなにあの子が気になるのかい? 確かに少し不思議な人だけどさ」

「気には……なりますね。でも、好意は持てないどころか、寒気を感じます」

「あはは、確かにそんな顔してたね。まるで死人を見たような間抜けな顔だったよ」

 死人、という言葉に私が反応したのが面白いのか、ミオンは目を細めて肩を竦める。どういうことですか、と私が聞くと、ミオンは足を組んで身振り手振りで話し始めた。

 自分のペースでミオンが話し出す時、桃色の目はぎらぎらと光り、声は少し高くなり早口になる。

「いや、ね? 君が言うことも一理あるなと思うんだよ。

僕らはあの包帯の下を見たことが無い。もっと言えば、理由なんてまったく知らない。大火事に遭って大火傷をしたとか、皮膚炎を発症してるとか、いろいろ憶測は飛び交ってるけどさァ、それならなぜ顔だけは包帯をしてないかって話だよねェ。

それに、尋ねた人もいるけど誰も教えてくれないんだってさ? もしかしたら、あの下は死体かもしれないね?

……なんてね。どうだい、僕の意見は?」

「……そうですね、面白いんじゃないですかね」

 ミオンのペースに乗せられ、私は返す言葉を失って、辛うじて言葉を出した。

 彼女の誇大妄想には圧倒されるが、同時に呆れるし、肯定も否定もできないのが面倒臭い。けれども、ミオンはそんなことも気にしないで言葉を続ける。


「人の素振りとかを研究するのは大好きなんだ。ミカちゃんは何かを隠している様子であることは確かだし、下手したらユリさんが記憶を失った理由も知っているんじゃないかなと思うよ」

「俺からしたら、記憶を失ったのは貴女たちなんですけどね」

「……へぇ。それについても詳しく聞いてみたいなァ」

 続きを話そうとした時、鐘が七度鳴った。外はすっかり日が落ちて暗くなっていて、多くの家の中でもわずかな家の光が灯っている。ミオンは、あれ、もうこんな時間だったっけ、と呟いた。

 ミオンが笑っているのをよそに、私は二つの違和感を覚えていた。どう考えても、現実世界と時間の進み方が違う。私が目を覚ましたのが昼間だったとしても、話していたのは多くて三時間程度、体感では二時間ほどだ。ミオンは時間の感覚を当たり前と捉えているようだが、私からすればかなり早く進んでいることとなる。

 ミオンに伝えようとしたが、郷に入れば郷に従え、異世界の雰囲気にも慣れていくべきなのかもしれない。なんとなくだが、ここからの脱出方法も思い付いた。

「それでは、また明日会おうか。君と生きて会えることを願ってるよ」

「はい、お休みなさい」

 もう一つの違和感は──異世界とは関係無いのだが──苦手だったミオンと長い間話していることだった。不思議と話し続けても嫌悪感は一定以上は溜まらず、考えていることを当てられても──一瞬嫌悪はするが──それ以上を追う気にはなれなかった。役柄のせいでもあると思うが、今までのミオンと少し違う印象を抱いているようだ。

 そこまで考えて、考えるのが面倒になった。記憶は無いはずなのに、勝手に向かう足に任せて集会所を出て、家路に着いた。



 夜が訪れると、外には狼の遠吠えが響き渡っていた。おそらく、他の村人達も自分の家で震えながら、夜明けを待ちわびているのだろう。黒いカーテンにホログラムをパラパラと撒いたような作り物の空には、呆れるほど大きな黄色い満月が昇っている。

 自分の家らしき場所は、入ってみれば小さくて貧相だが、住めば都、しばらく過ごしてみると、元々この世界に住んでいたからだろうか、違和感は次第に消えていき、まるで一人暮らしをしているかのような気分になる。棚には本が多く並び、入りきらなくて床に置いてある。探偵事務所のようなものはこの家の隣にあって、そこも結局は小さく、机と資料こそあれど、ビルの一階層部分を切り取ったかのような小屋だった。

 昼のうちは大して恐怖も感じなかったが、夜になると直ぐ近くに迫る死の恐怖というものからは逃れられなかった。なんとか不安を押し殺そうと、寝心地のいいベッドに入ったとき、鈴の鳴るような音が聞こえた。リン、リン、と高く小さな音だった。

 その瞬間、私はベッドから出ていた。私を呼んでいるのだと、なぜか直感的に理解をした。私が立ち上がって部屋を出ようとすると、それを肯定するように鈴の音は一層大きくなる。

 鈴の音は家の外から聞こえた。外は少し肌寒く、何か薄いものを羽織りたくなる気温だった。まるで不幸な少女が外に出たのを喜ぶかのように、狼は一吠えした。

 足を止めてしまうほどの恐怖が私を包み込んでも、鈴の音は絶えずに鳴っていた。私を導こうとしているのだ。途中からは走って鈴の音を追いかけた。

 そして辿り着いたのは、ミオンの家だった。私はまず、がっかりした。ミオンが鈴を鳴らしているのだとすれば、実験とか、からかいに違い無いからだ。扉を開けた瞬間、ははは、やっぱり来ると思ったよ、と得意げに笑われてしまっては、今までの私の不安が全て無駄になる。自分から危険を冒すような真似をする人はいない。

 大きく溜め息を吐いてから──少しも気乗りしないけれど──ドアを叩いた。二度ノックするも、返事は無い。どうやら遊ばれているようだ。

 もう一度ノックをすると、やっとドアノブが回る。

「……どちら様?」

 ドアノブが止まった。弱々しいミオンの声は、まるで触れたらすぐに壊れてしまいそうなガラスの彫刻のようだ。

「探偵をやっています、ユリと申します」

 昼間に行った自己紹介のような口調で言うと、ミオンはしばし黙った後、扉を少しだけ開いた。隙間からは、ミオンの桃色の瞳がぎらぎらと光って見える。

 けれども、ミオンの顔には彼女らしい憎たらしげな笑顔は浮かんでいない。それどころか、唇をきゅっと一文字に締め、背の高い私を見上げるような顔をしていた。

「鈴の音を、聞いたの?」

「え? はい、そうです。貴女が鳴らしてるんじゃなかったんですか?」

「違う……聞いたけど、外に出られなかったんだよ。さぁ、入って」

「は? 俺が人狼という可能性は考えないんですか? 不用心過ぎません?」

「早く入って」

 私より少しだけ背の低いミオンは、懸命に私の腕を引くと、扉をすぐに閉めて鍵をかけた。

 部屋には、私の家よりさらに多くの本棚が並び、壁際には様々なファイルが置かれた机がある。物があちこちに落ちていて決して綺麗とは言えない。

 ミオンはほとんど物だらけの床に布団を敷き、そこに私を座らせた。それから、栞がたくさん挟まれた本を持って来て、二人の間に置いた。そして、改まって私を見据える。

「どうやら僕らは、《共有者》に選ばれたらしい」

 驚きでも落胆でもなくまず、はぁ、と情けない声が出た。もちろん、よりによって此奴となのか、とか、そんなファンタジー有り得るかよ、とか、言いたいことはたくさんあったが、正直呆れてしまった。

「僕たちは互いが《人狼》や《狂人》、《妖狐》でないことを知ることができる。きっと僕達が《共有者》だって宣言すれば、共に行動することも可能だろうね」

「それで? 《共有者》なんだから何だって言うんですか?」

「君は探偵でしょう? 少しくらい頭を使ってみなよ」

 ミオンはよく毒を吐くが、いつもよりは語調が優しく、顔が険しくなることも無かった。楽しそうに笑うと、回答を心待ちにしたようにじっと私のことを見つめていた。

「……確実に潔白な人間が話し合いをリードできる」

「そうだよ。明日からは夜じゃなくて夕方にでも集まって、僕達で策を練ろう。できるだけ犠牲を出さずに殺し合いを終わらせるためにも、ね」

 私がまた溜め息を吐くと、また面倒臭がって、と苦笑しながら、ミオンは持っていた本を開いた。昔の本なのか、紙は少し黄ばんでいて、かすかに黴びた臭いが漂ってくる。栞が挟まったページを開くと、そこには人狼伝説についての記述がされていた。

「役職数はおそらく、伝説通りならシスターに説明された通りだ。そして、《人狼》を除く、裏切り者は《狂人》と《妖狐》の二人。《狂人》が意図的に《人狼》を復活させたんだ」

「裏切り者、ねぇ。狂ってる輩の気持ちは分からない」

「本当、大方はミカちゃんが話してくれた通りだよ。まるであの子はゲームマスターのようだ」

 ミオンは本を閉じると、わざとらしく口角を上げた。ミオンが言いたいことはだいたい表情から分かる。ミオンは嫌味が大好きだから、聞き慣れていると本音がすぐに理解できてしまう。

「要は、貴女はミカを裏切り者だと疑ってるんですね」

「大正解だよ。まぁ、ゲーム上の裏切り者というよりは、もっと根本的な裏切り者の方を指すんだけどね。僕は最初、君が裏切り者だと思ってたんだけど、身の潔白が証明されちゃった以上はなァ」

「俺はただの被害者ですが? で、ミカに聞けば何か分かる、と?」

「そうだよ。ってことで、明日は裁判前にミカちゃんに会いに行こうよ」

 私が苛立ちを見せても、ミオンはおとなげなくかわしてしまう。だが、クールな探偵という役が与えられた以上、私はクールでなければならないのだ。おそらく、作者である風香は、決まった性格の役者が揃うことを望んだだろうし、そうでないと物語は進まないのだろう。

 ミオンは満足そうに頷くと、人狼伝説の書かれた本を閉じてメモを取り出した。何かが緻密に書かれているのは確かだが、ミオンの文字は雑すぎて読めそうにない──字を丁寧に書くことを面倒臭がる私が指摘できることではないのだが。

「明日からの進行はどうしたらいいのかな」

「貴女なら分かってるでしょう」

「もちろん。《占い師》にはすぐに出てもらうよ、そして《人狼》が見つかり次第処刑をする。

もしも《人狼》が見つからなかった場合は、自称占い師以外の人から選ばなきゃなくなるから、少しでも選択肢を減らすために《霊能者》と《共有者》が出る」

「《占い師》が二人以上出て、《人狼》が二人以上出たら?」

「片方を殺して、《霊能者》に頼るしか無いんじゃないかな」

「《霊能者》が二人以上出たら?」

「おそらく、そのうち結果は分かれるはず。そこまではどちらの目線でも勝てるように何とかするしか無いんじゃないかい?」

 質問攻めをしても揺るがないところはさすがミオンだと言うほか無い。元来ミオンは頭の回転が速い方だ。学力で言えば二番手だが、閃きと推理力は探偵の私より優れているだろう。あとは性格が良ければ完璧だ。

 いいんじゃないですか、と答えると、ミオンは、面倒臭がらないでよ、と口調だけ鋭くして笑った。こういうときに大目に見てくれるのが、自分の先輩なのだと実感させられる。

「そうそう、僕は結構酷いことを言うけど、君に信用を買ってもらうつもりでいるからさ。僕は疑われても構わないけど、ときには僕の意見を全否定して信用を取りに行ってね」

「は? 何でですか?」

「皆のために、そういう役柄が必要だからだよ」

 ミオンは得意げにそう言った。彼女はたとえ演じなくとも信用を買われない人だろう。宣言しようが宣言しまいが、対処するのが面倒なことに変わりは無い。

 魂を共有する人間を選べないというのが残念だ。私の魂すらも自分の好奇心で弄んでしまいそうだからだ。

 ゲームで遊ぶかのような会話は、疲労と安堵をくれる。眠気が襲ってきたので、ミオンの話にうとうとしながら答えていたのだが、ミオンは桃色の瞳を細めて口角をきゅっと上げる。

「あはは、眠いなら帰った方がいいよ。君は寝なきゃ死ぬタイプの人間だろうからね。僕はもう少し調べてみるよ」

「はぁ。貴女も俺と同じ『人間』じゃないですか」

「僕は『飯よりも睡眠よりも好奇心を優先するタイプの人間』なんだよ。じゃあ、また明日会おうね」

 ミオンは私が家を出るまで後ろにいた。突然に刺されて、このゲームは全部ドッキリなんだ、と言われる可能性も無くはないな、と何度か振り向くと、ミオンは肩を竦めて両手を開いてみせた。私の考えはお見通しだったらしい。

 素直に従い、家を出てから振り向くと、ミオンは扉の隙間から少しだけ顔を出して手を振っていた。明日からは殺されるかもしれないというのに、随分と呑気な様子だ。

 不幸な少女は暗い夜道を自分の家へ向かって歩いていく。もう狼の遠吠えは聞こえず、微風が吹く音が耳元で聞こえるだけだった。落ちてきそうなほどに重たく見える満月は、少しずつ地平線に消え始めている。

 行きの恐怖はすっかり無くなって、私は家に帰るなりすぐに布団に入り込んだ。たとえここが異世界でも、布団の愛おしさは変わらない。

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