第90話 太古の栄華

 ――太古。それは、古代魔導文明より以前、人がまだ呪術を理論的に解釈していなかった時代である。


 俺は土人の助言を受けて、地底に眠る太古に滅びた文明の跡地を掘り起こしていた。

 ビーチェも俺のすぐ傍で発掘作業の真似事をしており、先程から熱心に掘り出した奇妙な物体を明かりにかざし観察している。

「ボスー、そっち何か見つかったー?」

「一応、人工物は出てきたが……」

 錆びた鉄骨や風化した樹脂の塊など出土するのは朽ちたガラクタばかりだった。

 元はどのような形状であったのか判別のつかないほど腐食しており、役に立ちそうな物はこれと言って見つからなかった。


「そっちこそどうだ、ジュエル。価値のありそうなものは見つかったか?」

「ダメダメだね~……。ぼろぼろのゴミしか出てこないよ」

 ジュエルの掘った穴からは割れたガラスや陶器の破片、歪んだ樹脂の円板に耐食性の高い合金の鞄など。

「おい、その金属鞄は状態がいいじゃないか。密閉性も高そうだし、中身は無事なんじゃないか?」

「期待しない方がいいと思うけど……」

「宝物、期待大。ジュエル、早く開けて」

 ビーチェに催促されたジュエルは金属鞄の鍵を殴りつけて破壊し、長き時を経た太古の遺産を大気に晒す。


 鞄を開けて、三人で中を覗き込む。

「これは……人形かな?」

「ああ……顔の造形は抽象化されているが、体は妙に細部まで精巧に作られている」

 鞄の中には手の平に乗る程度の大きさをした人形が数十体も詰め込まれていた。

 人形には薄手の布や伸縮性のある繊維で作られた小さな服が着せてあったり、あるいは人形の一部として衣服を形作り着色したものなどがあった。

 流線形の滑らかな姿形は起伏と括れが強調され、乳首やへその穴など細部まで人の写し身として再現してある。

 どれもこれも手の込んだ品ばかりで、太古の職人が相当に熟達した造形師であったことをうかがわせる。


「でも、女の人の全身像ばっかだね。それもなんだかエロスな感じー。これなんて、紐を体に巻いているだけだよ」

 羽衣一枚で露出の多い格好をしている自身のことは棚に上げ、人形の衣装に文句をつけるジュエル。

 俺は改めて幾つかの人形を見直した。

 それらは確かに性的な魅力を際立たせる衣装を纏って、欲情を煽る姿勢に形作られているようだった。

「太古の服飾というやつだな。一見して統一性はないが、基本的に扇情的な外観をしているのが太古の文化的衣装の特徴とされている」

 はっきり言って、現代においてこれらの人形と同じ格好をして出歩いていたら、十中八九は痴女として非難されるような服装だ。

 太古の女性はここまで慎みに欠けていたのだろうか。


「……まったくもってけしからん。しかし、まあ異なる時代の文化なら、今とは大きく価値観も異なるのだろうな……」

 狭量な価値観で太古の貴重な遺産を破棄してしまうのも勿体無い。俺は人形を丁寧に金属鞄の中に戻すと、送還術で工房へと送った。

(うん、後でじっくりと観察することにしよう……)

 あくまでも考古学的見地から出土品に興味を持ったのだ。

 だからジュエルが物言いたげな顔でこちらを見たり、ビーチェが冷たい視線を寄越してきても、俺には何一つ恥じ入る理由などなかった。


 しばらく三人別々に発掘作業を続けていると、殆ど戦力外と思っていたビーチェが大物を発見したようで、やや興奮気味に声を上げた。

「変なもの、見つけた! クレス、ここ、ここ!」

 ビーチェが手を振る場所に近づいてみると、地面から錆びた鉄骨が数本飛び出していた。

 しかし良く見ればそれはただの鉄骨ではなく、まるで生き物の脚のような形状をしている。

「ふむ、これはひょっとして……」

 その鉄骨の正体に思い当たるものがあった俺は、ジュエルと協力して丁寧に地面から掘り起こした。


 発掘されたのは八本脚の大きな鋼鉄の蜘蛛、というのが妥当な表現だろうか。人間の大人が四肢を曲げ、這い付くばった程度の大きさがある。

「ひゅー! 大物発掘だね、ボス!」

「ああ、やっぱりな。こいつは機甲種だ」

「きこーしゅ?」

 古代よりも更に昔、魔導がまだ発達する以前、太古の文明は機械技術で繁栄していたとされる。

 その時代に労働力として働いていたのが、動物を模して作られた自律機械、機甲種である。

 構造的にとにかく頑丈で、運搬力に優れていたというのが機甲種を分解した技術士達の一致した見解だった。


「これ、動く?」

 真っ赤に錆びついた蜘蛛の脚を擦りながら、ビーチェが期待に満ちた眼差しを向けてくる。

「いいや。駄目だな、これは。芯まで錆びている」

 俺が無造作に脚を掴むと、蜘蛛の脚は簡単に折れてしまった。

 折れた脚を見て、ビーチェが悲しげな表情のまま硬直してしまう。

「珍しくはあるが、魔導技術とは異なる理論で動くものだ。構造が複雑すぎて俺には扱いきれん」

 こんな錆の塊でも、考古学士ならば涎を垂らして喜びそうな宝の山なのかもしれない。だが、即物的な俺にとっては何の役にも立たない無価値な代物だった。



 数日間に渡り調査を続けてみたが、ここにある太古の遺産はほとんど朽ち果ててしまっていることがわかった。

 あちこち掘り返され、虚しさの漂う太古文明の跡地。俺はそんな光景を前にして、感慨深く溜め息を吐いた。

「そろそろ、潮時か」

 この洞窟で俺がすべきことはもうない。

 資金も貯まったし、遺跡発掘の未練もない。


「ここまでだ。地上に戻るぞ、ビーチェ、ジュエル」

 地上、と聞いてビーチェが目を丸くした。何故かおどおどと落ち着きなく、身繕いなど始めている。

(……長く地下に潜りすぎたな……)

 彼女としては地下で一生を過ごすくらいのつもりになっていたのかもしれない。

 俺からすれば冗談でも嫌な話なのだが、故郷の村も焼けてしまったビーチェはむしろ地上に未練がなかったのだろう。


 早速、俺は来た道を戻ろうと歩き出したが、ビーチェが洞窟の奥を向いたまま立ち尽くし、いつまで経っても歩き出そうとしない。

 不審に思って振り返ると、ビーチェはジュエルのことを待っているだけだった。

 見ればジュエルはまだ太古の遺跡で穴掘りを続けていた。それも俺の声が届かないほど熱心に掘っている。

「どうしたんだ? 今更、そんな懸命に穴を掘って」

 普段から突拍子もない行動を取るジュエルだが、こうも明確に俺の命令を無視して動くことはこれまでになかった。

(……と、思ったがそうでもないか。こいつの奇行は今に始まったことじゃないからな……)


「おーい、ジュエル。もう、穴掘りは終わりだ。地上に戻るぞ」

「見つけた……ボク、見つけたんだ! 間違いない、ある! すぐ近くにある! もうちょっと、後少しで……」

 ジュエルは俺の言うことなど耳に入らない様子で、一心不乱に穴を掘り続けていた。鋼鉄の錐が高速で回転し、周囲に土石を飛び散らせる。

「くひ、くひひ! なかなか見つからなくて困ったけど、大規模な地殻変動でもあったのかな? もっと早くに見つかるはずだったのに! こんな太古の地層にあるなんて、本来ならありえないのに……! でも、でもボクは見つけた!」

「何を……言っているんだ? おい、ジュエル!」


 ジュエルの言動に不可解な印象を抱いた俺は、その翡翠色をした撫で肩に手をかけ、強引に穴掘りを中断させようとした。

 だが、ジュエルは俺の制止を振り切って穴掘りを続ける。

 悪いものに憑かれたかのように、ただただ穴を掘る。

「やめないか、ジュエル! お前は何をしているんだ!!」

「ボス、邪魔しないで、もうちょっとだから――」

 ジュエルが更に一突き、地面に鋼鉄の錐を刺した。途端に足元の岩盤に亀裂が走り、地面が崩落した。


「こ――」

 不快な浮遊感が腰から背へと昇り、一瞬喉が詰まる。

 落下していく自身と崩れていく周りの風景を見ながら、俺の口をついて出たのはただ一言だった。

「この馬鹿やろぉーっ……!!」


 視界の端に、崩落した岩盤の縁から覗くビーチェの姿が映る。

 崩落から逃れた少女の姿を見て、俺は少しだけ安堵していた。



 崩落した地面の下は深い縦穴だった。

 どこまでも落ちていく、深い深い穴だった。

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