第89話 深き地に生きる者

 突如として崩れ落ちた岩壁。その穴から姿を現したのは、ずんぐりむっくりとした体格で背が低い髭面の男だった。

 日の当たらない洞窟にあって深く茶色い肌をしている。

「お前は……土人ドワーフか?」

 問いかける俺に対し、土人は手に持ったツルハシを構えて恐れを湛えた表情で怒鳴った。

「お、おめえこそ何者だ? 知恵を持った怪物なんぞ、ここいらでは見たことがない!」

「怪物だと? それは、俺のことを言っているのか!!」


 失礼な物言いに怒りを覚えた俺は、大きく一歩踏み出して土人に詰め寄る。

「ひぃいっ!! く、来るなぁ! そ、それ以上、近づくなら、この硬鋼のツルハシでぇ、どたまかち割るぞ!」

 構わず距離を詰める俺に、土人はツルハシを高く掲げ、俺の頭目掛けて力一杯振り下ろした。

 俺が避けるまでもなく、ツルハシは俺の頭に生えた黒い結晶に弾かれて火花を散らした。

 跳ね返ったツルハシを俺は逃さず捕まえて、そのまま硬鋼の先端を握り潰す。堅牢なはずの硬鋼が、許容を超えた圧力を受けてひしゃげ砕け散った。


「ぎゃぁああっ!? 鋼が! 鋼を握り潰した! ば、化け物!」

 腰を抜かして地面にへたり込む土人を見て、俺はふと現在の自分の姿を省みた。

 思い返せば禁呪の影響で今の俺は半身が結晶体の姿だ。尋常ではないこの姿、むしろ警戒されて当然の姿だった。

 土人はがくがくと体を震わせながらも、地面を這って必死に逃げ出そうとしている。

 しかし、俺の発する威圧感に気圧されたのか体の動きは鈍く、まともに歩くこともできないようだった。


「クレス、髭のおじさん、いじめちゃかわいそう」

「そうだよボスー。ただでさえおっかない姿なのに、そんなに威圧したら誰でも怖がるよー」

 そんなつもりはなかったのだが、結果的に土人を必要以上に怖がらせてしまったのは事実のようだ。ここはこちらから、誤解を解く努力をすべきかもしれない。

「おい、土人。悪かった、驚かすつもりはなかったんだ。まさか、こんな地下に人がいるとは思わなかったからな」

「うひぃー!? 来るな、寄るな! なんだよー! 俺っちが何したって言うんだぁ!」

 混乱して暴れる土人の頭を鷲づかみにして、俺は顔を近づけて誤解を解くべく説得を開始した。


「まずは落ち着け、俺はお前に危害を加えるつもりはない。例えお前が攻撃を仕掛けてきても、それは不可抗力であったと理解しよう」

「ひぃいっ……! すんません、すんません! ツルハシなんか振るってすんません!」

 顔面から黒い結晶を生やした俺に詰め寄られ、土人はますます混乱の度合いを深めた。

「うるさいぞ……黙れ。俺の言うことが聞こえていないのか? 言葉は通じているのだろう? 俺はお前に危害を加えるつもりはない。だから落ち着けと言っているんだ!」

「ぎゃああぁっ!! 痛い、痛い、痛い!! は、放してくれぇ! 頭が、割れるぅ! あががが……が……」

「ボス……脅してどうするの……」

 頭を軽く掴んで刺激してやると、土人はそれで落ち着きを取り戻したのか静かになった。これで駄目なら一、二発くらい頬を引っ叩いて落ち着かせようと考えていたのだが、そこまですることもなかったようだ。


 頭から手を放してやると、土人はがっくりと膝から崩れ落ちて項垂れた。

 俺は静かになった土人の顔を上に向かせて、その虚ろな視線にしっかりと俺の姿を写し込ませた。

「よく見ろ、俺はこんな姿をしているが、純人だ。術士なんだよ」

「あ、あー……純人? 術士……?」

 土人は徐々に焦点を俺の顔へと定め、黒い結晶の奥に人間の顔が存在していることに気が付く。

「あー、あ? おめえ、人なのか? 本当に?」

「クレスは怪物じゃない」

 俺のすぐ傍にビーチェが寄り添い、土人の瞳を見つめて強く抗議した。

 その金色の瞳を真正面から見て、土人は金縛りにあったように動けなくなった。


「あがっ……あががっ!? ま、まさかっ、魔人の、親娘おやこっ!?」

「こら、ビーチェ。魔眼を使ったら駄目だろうが」

「違う。私、娘じゃない」

「……本当に仕方ないなー、この二人はー……」

 ビーチェが拗ねたように土人から視線を外すと、魔眼の脅威から逃れた土人は再び地面へ崩れ落ちた。




 結局、あれから気絶してしまった土人が目を覚ますまで待つことになった。

 どうしてこんな地下深くに居たのか、色々と事情も聞きたいところである。


 土人は目覚めてすぐ、俺とビーチェを見て再び混乱の極みに至ったものの、粘り強い俺の説得によってようやく平常心を取り戻すことができた。

「はぁー驚いたなぁ。本当に純人なんだなぁ? しかし、どうやってここまで来た?」

「鉱山採掘の結果としてな。地の精ノームに先導されて、穴を掘っている内にこんな地下深くまで到達してしまった」

 一旦納得してしまえばそれまでの恐怖は消えたらしく、土人は俺達を興味深げに眺め回し、素性を根掘り葉掘り聞いてきた。


「なぁんと……。穴掘ってここまで? 途中で、宝玉の大蛇グローツラングにも会っただろぉ?」

「あれの忌み名を知っているのか? ……あの大蛇なら、俺の眷属として支配した。逃げられる状況ではなかったし、封印の術式に歪みも生じていたからな」

「おお……また驚いた驚いた。あの蛇の精霊を屈服させたか。只者でないなぁ純人の勇者よ」

 土人は手放しで俺のことを褒め称え、愉快そうに笑った。

「むふん、まあボクのボスなら当然だね。同じ宝石系の精霊でも、ボクは契約精霊、グローツラングは眷属奴隷! これってボクの方が断然格上だよねー!」

 褒められたのは俺なのだが、何故かジュエルが自慢げに胸を反らしていた。ついでにビーチェも誇らしげな顔をしていた。


 そんな表情を土人は微笑ましく眺めて、何度も大きく頷いた。

「宝石の精霊……そうかぁ、地の精と貴き石の精霊に導かれて来たか。ならば納得だ」

貴き石の精霊ジュエルスピリッツのことも知っているのか。精霊のことに詳しいんだな」

「なに、それほどでもない。その昔、俺のご先祖が出会ったことがあると伝わっていてなぁ」

「どきっ……」

 土人の話を聞いて、ジュエルは落ち着きなく視線を泳がせる。


「そりゃあもう食い意地の張った精霊だったそうで、集落の金銀宝石、果ては鋼や精錬前の鉱石まで食われたそうな。わっはっはっは! その名も宝石喰らいと、何世代にも渡って恐れられた精霊様がいたのよぉ」

「ほぉ……そいつは興味深い話だな。俺も似たような経験があるぞ。なあジュエル、お前、心当たりがあるんじゃないか?」

「さ、さぁ~? ボク、そんな昔のこと覚えてないなー」

 実際、ジュエルがその宝石喰らいかどうかは、本人が認めない限りは定かでない。だが、二千年以上も存在し続けているこいつのことだ。何処かで似たようなことをしていても不思議はなかった。


「いやぁしかし、滅多にない……奇跡としか思えん出会いだこれは。どれ、ついて来い、おめえさんらを客人として我等が集落に招こう」

 気のいい土人は腰をゆっくりと上げて、自分が出てきた壁の穴へと俺達を誘った。




 坑道を通り抜けた先には、土人達の住む地底の街が広がっていた。

 岩をくりぬいて造られた家々が並び、光苔の灯りが地底の街を淡く照らし出していた。

 地上からの客人が来たということで、土人達は誰も彼もが興味津々といった様子で俺達の周りに集まってきた。

 土人は皆、背が低い割に横幅が広い体格をしていて、いずれもぼさぼさに伸びた髪や髭で表情は窺いにくい。

「うぉらぁ! 散れ、散れ! 客人は見世物じゃねえぞぉ! 話が聞きたい奴はちっと時間を置いてから、俺っちの家にきやがれ!」


 俺達をここまで案内してくれた土人が、周囲を取り囲んでいた土人達を追い払う。

「いやあ、すまんなー。集落に客が来るなんて、生まれてから一度もないことだもんで。皆、驚きと好奇心でじっとしていられないんだわ」

 遠巻きにこちらを眺める土人達をよそに、俺達一行は案内の土人が住む家へと招待された。

 そこで、食事でもしながら地上と地下の情報を交換しようということになったのだ。


「さあ、遠慮せず食え。鉄針土竜の肉だ」

 見るからに筋張った肉を齧りながら、土人は俺達にも骨付き肉を差し出してきた。

 一応は受け取ったものの、俺はまだ食事を摂れる体に戻っていない。栄養としては吸収されないかもしれないが、せっかくなので結晶の牙で肉を引き裂き、形だけ胃袋に落とした。

 たぶん、後で結晶と共に吐き出してしまうだろうが、ここは相手の好意を受け入れることが礼儀というものだ。俺も最低限それくらいの礼節はわきまえている。


「ほれ、娘っこも遠慮すんな」

 土人に差し出された骨付き肉を持ったままビーチェは硬直している。彼女がこの肉を噛み切るのは苦労するだろう。

 困惑した表情で俺に助けを求めてくるビーチェに、俺は一言だけ告げた。

「せっかくだから頂きなさい」

 俺は感情のこもらない声で、礼儀正しい大人の対応をビーチェにも求めた。

 渋い顔をして、ビーチェはがりがりと骨付き肉を齧る。やはり肉が噛み切れないようで、いつまでも口の中の肉を頬張ったままになった。


「地下深くでは食糧に困るだろう。鉄針土竜以外にも食べるものはあるのか?」

「ここで食料といえば他には大穴熊オオアナグマや火膨れ百足むかでとかだなぁ。少し足を伸ばせば、地底湖の深淵鰻しんえんうなぎなんかも食える。どんな所でも順応しちまえば生きていけるもんさ」

「なるほど、この近くにも地底湖があったのか……」

 生きていくのに必須な飲み水が手に入るのも大きいが、水の流れによって辺りの温度が下がるのも重要なことだ。地熱の溜まりやすい環境で暮らしていくには、この地下水脈が生命線と言えよう。


「大昔はな、この集落も地上との行き来ができていたんだそうな。だが、いつからか宝玉の大蛇グローツラングが頭の上に住み着くようになって、迂闊に地上へ足を延ばせなくなった。ここまで来るのに迷宮を通ってきたな? あれは大蛇を封じ込めるために俺らの先祖が作ったって話だ」

「グローツラングは古代の術士達が召喚したのではないのか? それをまた土人が封印したのは何故だ?」

「さてなぁ……真実はどうか知らんが、呼び出したものの制御できなかった為に、やむなく封印したとは伝えられている。古代の術士と俺らの先祖が協力して事に当たったらしい」

 制御できない。それはまさか、勝手に穴を掘ってどこかへ行ってしまった今のグローツラングの状態を指しているのだろうか。

(いいや……俺はあの蛇を御している。召喚で呼びつけることもできるはずだし、動くなと命令すれば動きを止めるはずだ)

 俺はただノーム達の意向に沿って、グローツラングを自由に泳がせているだけだ。問題はないはずである。


「まあ、大変なのはむしろ封印後だったそうな。大蛇を封じた後は他に迂回路を作って、再び地上へと続く道を繋げようとしていたらしい。が、度重なる落盤事故やらで道が塞がり、運悪く火山の噴火も重なると地上に大量の溶岩と灰が積もって……とうとう俺らは地下深くに閉じ込められちまったわけだ」

「永眠火山も、過去に噴火が……」

 土人の伝承は口頭で伝えられてきた。どこまでが真実であるかは誰にもわからない。ただ厳然たる事実として、グローツラングという存在と地下に閉じ込められた土人がいる。

「ずっと地底に押し込められては、鬱憤が溜まったんじゃないか?」

「今じゃあここでの暮らしが当たり前だ。それを不満に思うことはないなぁ。それに今更、地上に出て何かしようという物好きはいないだろう」

 目の前の土人は髭を撫でながら、自分で言うように不満は特段ない様子で静かに骨付き肉を齧った。


「しかし、とっくに諦めた地上への道が通じたことは喜ばしいことだ。俺達は閉じ込められてここにいるんじゃねえ、好きでここに住んでいるんだって、自負が持てるわなぁ」

 土人は肉を綺麗に齧り取った骨を置いて、改めて俺に向き直り姿勢を正した。

「ありがとうよ、純人の兄さん」

 地下での生活に順応した土人達が、地上へ出てくることはないのだろう。それでも、常に可能性が開かれているというのは、彼らにとってこれまでとは大きく意味合いが異なってくるに違いない。




 土人達の歓迎を受けた俺達は、少しの間だけ集落に滞在することになった。

 結晶に包まれた俺の体のこともあるし、どの道すぐには地上へ戻れないからだ。

 ついでに、近くの地質を調査してみることに決めていた。

「この辺りでの採掘はやりたければやっても構わんが、危険に見合った物が手に入るとは思わんことだなぁ。まあ、価値はどの程度か知らんが、古代あるいは太古の遺物も発掘されることがある。興味があれば探してみるのも一興だろぉ」

「わぁお! 面白そうだね、ボス! どうせ、暇だし少し掘ってみようよ!」

「ん? そうだな、また古い遺跡が見つかるかもしれないし……」


 土人の助言を受けながら、俺は地底の掘削作業をジュエルと共に始めた。

 ただどういう風の吹き回しか、ジュエルが掘削作業に乗り気なことだけは不可解でならなかった。

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