第77話 不思議な横穴

 今日も今日とて俺達は坑道を掘り続ける。

 もはや貴石が採掘されても屑石が出続けても、一喜一憂することもなくなっていた。

 これは作業だ。

 時間当たり、土砂の重量当たり、貴石が平均してどれくらい産出しているか、効率と結果だけが全てだった。

 この調子ならば、宝石の丘へ向かう資金が貯まるのもあと少し。

(……だが、資金集めだけに終わるのではもったいないな)

 俺は採掘された貴石を手の上で転がしながら、全く別の可能性について思案していた。


 ジュエルや子鬼達が穴掘りに手馴れてきたことや、作業が単純化してきていることからも、俺が指示を与えなくても適確に採掘作業を進めることができている。

 この間に俺は新たな魔導回路の開発に時間を割いていた。

 鉱山開発で魔導因子を含んだ貴石が大量に採掘されたことで、これを対象とした俺の研究は今までになく捗るようになったのだ。


 目標は、魔導因子を大量に貯蔵可能な人工結晶を創り出す事だ。

 その研究のために、貴重な資金源となる貴石を幾つか潰しながら実験を繰り返していた。

(宝石の丘へ辿り着けば、もっと大量の貴石が手に入る。そうすれば今以上に研究は進むはず。現状は基礎研究に留まるとして、いつかきっと魔導因子の貯蔵を可能にして見せる……)


 ――その時こそ、俺は騎士を超える存在となる。


 人工結晶に魔導因子の貯蔵ができるようになれば、脳からの魔導因子発生に時間をかけず強力な術式を行使できるようになる。人工結晶ならばいくらでも生産できるのだから、天然の宝石と違って数に限りがなく、儀式呪法級の術式さえ連発することも可能となるだろう。


 術士は魔導因子を発生させて回路に流すための意識集中に時間がかかる。騎士との戦いにおいては、その僅かな時間さえ致命的な隙になっていた。ゆえに術士は騎士に守られ、騎士を補佐する立場に甘んじてきたのだ。

(……騎士と術士の関係、くそくらえな常識なんぞ覆してやる。術士が決して騎士に劣るものではないということを、俺が証明してみせる……。そして俺こそが、術士としての最高峰へと上り詰める……)

 実験台の上で砕け散った貴石の破片を眺めながら、俺は暗い野望の炎を胸の内で静かに燃やしていた。




 研究の気分転換に洞窟の採掘場へと足を運ぶと、穴掘りをしていたジュエルが本筋の坑道とは外れた場所で、大きな鋼鉄の錐を手にして岩壁を突いていた。

「あ、ボス。こっちの方に坑道を伸ばしたいんだけど、掘っていい? 掘っちゃうね」

「何かあるのか? と、俺に許可取る前に掘り始めているじゃないか……」

 ジュエルの突飛な行動は今に始まったことでもないが、あからさまで不自然な行動に俺は疑いを持った。せっかく安定して貴石の採掘ができているのに、どうして脇道にそれる必要があるのか。目を離すとすぐこれである。


「で、何なんだ? こっちに鉱脈でもあるのか?」

「そういうのじゃないけどね~。何かありそうな予感がしてきたから、こっちを掘りたいの」

「はっきりとしない、よくわからん理由だな」

 俺の苦言にも耳を貸さず、ジュエルは既に脇道を掘り始めている。普段よりも落ち着いた様子なのがどうにも引っかかる。こいつにとって、この脇道を掘ることは決定事項となったようだ。


(……俺がやめろ、と言えばやめるのかもしれないが……)

 精霊の直感は時として、予測できない事象の兆候を感じ取るとも言われる。

 例えばこのまま掘り進めると俺達にとって不都合なことがあるのかもしれない。あるいは、逆に『その先にある何か』にジュエルが引き寄せられているだけかもしれない。

 どちらであるかはわからない。

 ジュエル本人はどうだろう。実は自覚しているのではないだろうか。


「……ジュエルお前、俺に隠していることでもあるんじゃないのか?」

「別に~」

 気のない返事を返してくるジュエル。そこに疑う要素は含まれていないように感じた。

 俺の考えすぎ、杞憂であったのだろうか。

 黙々と坑道を掘るジュエルは、俺のことなど眼中にない様子で穴掘りに集中している。

 普段は鬱陶しいくらいに絡んでくるジュエルが妙に大人しく、それが何故か俺の心に不快な感情を生んだ。


 ジュエルから視線を外し、ふと横を見た俺は、すぐそこに小さな横穴を見つけた。

「なあジュエル、お前、こんなところに横穴掘ったか?」

「えぇ~? 何言っているのボス? ボクが穴掘りしている様子は見てたでしょ? そんな所に余計な穴掘っている暇なんてないってば」

 その通りだとわかってはいたが、改めてジュエルに指摘されると腹立たしく感じる。そもそも今だって余計な脇道を掘っているではないか。

 俺は無言でジュエルの後ろ首を引っ掴むと、小さな横穴の手前まで引きずってくる。

「え? ちょっとボス、仕事の邪魔しないでよ」

 ジュエルが文句を言っているが無視した。


 誰も掘った覚えのない小さな横穴。

 俺は慎重に奥を窺い、試しにジュエルを放り込んでみた。

「ああぁっ!? なになにっ!? ひゃぁあっ!! 何か、何かいるよ! あいたっ! いたたっ!! 痛い!」

 放り込んだそばから横穴を飛び出してくるジュエル。

 後に続いて、横穴からのっそりと刺々しい姿形の獣が顔を覗かせる。


 退化した目、発達した髭と鼻先、そして鋭く頑丈そうな爪。

 何より特徴的なのは全身から生やした銀色の体毛だろう。人間の指ほどの太さもある鋼鉄の針が無数に生えているのだ。

 土中に住む獣、『鉄針土竜てっしんもぐら』である。


「これはまた珍しい獣に出会ったな。野性の鉄針土竜か。文献で見たことはあるが、本当にこんな深い地層で生きているのか……」

「ボス、なんてことするの~!!」

 俺が珍獣相手に感心した声を上げていると、横手から怒りに満ちた抗議の声が飛んでくる。

 ぶーぶーと不平を漏らすジュエルに俺は視線を一瞬だけ戻して告げた。

「いや、お前なら平気だろうと思って」

 俺の口からは自分でも驚くほど冷徹な声が出た。


「ひどい扱いだ~!! ぐれてやる、ぐれてやる! 人生のレールを脱線して、自由の道を突っ走ってやる~!」

 そう言いながらジュエルは再び脇道の掘削に戻っていった。


 一人になった俺は、目の前で鼻をひくひくさせている鉄針土竜に語りかけた。

「少し、意地の悪い八つ当たりだったかもな」

 最近の自分は焦っていた。

 疑心暗鬼の心も深まっている。

 薄汚い権力闘争から離れた地下深くにいるというのに、俺という人間はどこまでいっても疑念と闘争心を捨てきれないらしい。

 社会から取り残されているという実感が、無自覚にあったのかもしれない。


 鉄針土竜はひとしきり辺りの臭いを嗅ぎ終えると、体の向きはそのまま横穴の奥へと後退していった。

 残された俺は独り、拠点へと戻る。



 横道へそれることも偶にはいい。どうせいつかは、元の道を歩む宿命なのだから。


 俺の心にある野望の炎は、決して消えることなどないのだから。

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