【ダンジョンレベル 7 : 天然要塞】

第49話 溢れる暴威


 昼か夜かもわからなくなる外界と断絶された洞窟。

 正確に時を刻む懐中時計だけが、時間感覚の狂う世界の中で唯一の指針となっていた。

「ジュエル、貴石の採掘状況はどうだ? この辺りの鉱床は掘り続ければまだ産出するのか?」

 黙々と鋼鉄の錐で、坑道を幅広く拡張しながら掘っていたジュエルに、俺は貴石の産出具合を尋ねた。採算性が悪いようなら、より貴石の産出しやすい鉱床を探して坑道を細長く掘り進めた方が良い。


「ああ、ボス~。えーとね、もうしばらくはこの辺りを掘り広げる方が効率いいかもね。急いで次の鉱床を探す必要はないと思うよ~」

 掘削作業を中断し、振り返った貴き石の精霊ジュエルが間延びした声で俺の問いに答える。そのすぐ傍では、崩された岩石の欠片を拾い上げて一つ一つ品定めしている少女、ビーチェが地べたにあぐらをかいて座り込んでいた。彼女の周囲には灰色をした毛むくじゃらの小人、地の精ノームが何匹も寄り添って同じように岩石を選り分けていた。


「ビーチェの方はどうだ。質のいい結晶は見つかったか?」

「……ん。これ、綺麗」

 ビーチェが差し出してきた岩石は、一見して何の変哲もない岩の塊に見えるが、よく観察すると岩の割れ目から透き通った結晶の輝きが覗いている。岩石を受け取った俺は無造作にその岩を近くの壁に叩き付けて割った。すると真っ二つになった岩の中から、隠されていた美しい貴石が姿を現す。

「ほう……こいつは、水柱石アクアマリンだな。ここいらは柱石ベリルが産出するのか。なかなか有望な鉱床だ。しばらく腰を据えて採掘を続けるか……」

 俺は貴石を見つけ出したビーチェに、御褒美のべっこう飴を渡してやる。やや褐色を帯びた色合いで六角柱の形状をした飴だ。持ち手となる木の棒がくっついていなければ、黄玉トパーズの結晶と見間違えてしまいそうな外観である。


 ビーチェは無表情でべっこう飴を受け取ると、腰に下げた水筒の水を一口飲んでから、飴を口の中に放り込んだ。持ち手の木の棒を口先から突き出しながら、飴を舌の上で転がしてじっくりと味わっている。表情からはわからないが、ビーチェはべっこう飴が気に入った様子だった。

 貴石の選り分け作業は神経を使う。今のように採掘作業の手伝いで疲れた時には甘いものが欲しくなるのだろう。


「あー!! いいなー! 飴、いいなー! ビーチェばっかりずるいよボスー! ボクもこの、べっこう飴を舐めてもいい? いいよね、あ~ん」

 言うが早いがジュエルは、指先でつまんだ六角柱状の透き通る褐色結晶を口に放り込もうとする。

「っと! 待て、ジュエル!! お前、これ黄玉だろうが!! しかも見るからに一級品の結晶だ!」

 ジュエルの口に放り込まれる寸前で、俺は横合いから黄玉を奪い取った。全く油断も隙も見せられたものではない。べっこう飴の如く、黄玉を飲み込まれてしまっては大損失だ。

「うー!! 横暴だー! ボクのべっこう飴ー!! 返して――もがっ!?」

 とりあえずジュエルの口の中には拳大のべっこう飴の塊を突っ込んで黙らせておく。


「フガモガ……。むあー……、そーそー、ボスに伝えておくことがあったよ」

 ばきばきとジュエルはべっこう飴を噛み砕いて、甘みの余韻を味わうこともなく飲み下してしまう。飴を味わって舐めるビーチェと違って実に勿体ない消費の仕方だったが、黄玉一粒と比べれば安い出費だった。




 ジュエルの報告は侵入者に関する話だった。

 近頃は自称冒険者達が山の中に野営地を勝手に作っており、山林を荒らしまわっているのだそうだ。

「森を縄張りにしている子鬼のゴブベイ君が、どうにかしてほしいって言っているよ」

「誰だ、そのゴブベイってのは? 子鬼の名前なのか?」

「やだなぁボス、眷属にした子のことわからないの? ゴブベイ君とボクは友達だよー。ボクが名前をつけてあげたの」

 精霊のジュエルと子鬼の眷属が友達になっていたとは初耳だ。しかも、俺の知らないところで名前までつけて呼び合う仲とは。


「おかげでボクも他の子鬼に苛められなくなったからね~。持つべきものは友達だよ」

「そういえば最近、お前が子鬼に襲われるところは見ていないな」

「他にもねー、灰色狼のギンロー君と、森の巨人のトロロン君とも、お友達」

「その名前も……いや言うまい。お前が勝手に名前付けて呼ぶのは構わないが、俺には押し付けるなよ……」

「えー、せっかく名前付けたのにー。ちぇーっ、いいもん、ビーチェには覚えてもらうんだから」

 なんとも奇妙な関係性だが、ジュエルは知能が高く精霊現象を司る能力もあることから、格としては獣達よりも上になるのだろう。ジュエルは時間をかけることで、俺やビーチェとはまた違った方法で獣達を手懐けたということか。


「それでね、これはギンロー君の提案なんだけど、洞窟の奥は灰色狼が暮らすには不向きだから、自分達が冒険者狩りに山へ出ようって」

「おい、その案は本当に灰色狼の脳味噌で考えたことなのか……?」

「そこはフィーリィング! やだなぁもう、突っ込まないで、ボス! とにかく、洞窟の奥で灰色狼が生活するのは大変だし、適材適所にしたらどうだろうってこと。ただでさえ、大型の召喚獣が増えて洞窟内の食糧事情が悪化しているんだから」

「そうなのか? 確かに、洞窟兎や侵入者だけを餌にしているのでは不足かもしれんが、これまでも一部は山へ狩りに出ていただろう。飢え死にしている獣は見かけないぞ」

「ボス……もうちょっと末端に目を向けてあげてね? 出稼ぎに行っているのは子鬼と灰色狼の一部で、持って帰ってきた獲物の半分は洞窟内の大型獣に奪われているの。酷い時は腹の足しに子鬼や灰色狼が食べられちゃっているんだから」


 諭すようなジュエルの説明に耳を傾けていた俺は、しばし考えをまとめて結論を口にした。

「問題ないだろ? 食物連鎖の均衡が釣り合っているから、粘菌に洞窟兎、それに子鬼も灰色狼も数を適正に保っている。あいつら繁殖力は旺盛だからな」

「鬼ぃーっ!! ボスは鬼だよぉ!」

「末端の細かい事情など俺の知った事か! 名前なんて付けるから余計な同情心が湧くんだ!」

「強制労働の末、動けなくなった弱者から食べられていくんだよぉ!? 惨すぎるー!!」

「それが自然な弱肉強食の掟だ! 無駄もなくて効率的だろうが!」

 水晶の涙を零しながら縋りついて訴えるジュエルを、俺は足蹴にして突き放す。


「……だが、冒険者達を山中で迎え撃つというのは悪くない。俺もそれを考えて幾つか手を打っておいたからな。そろそろ山の生態系にも変化が出始めている頃合だ。獣の一団を山林に放つのは今が好機かもしれん」

「それじゃあ!?」

「ああ、誓約の主たる俺が命じよう。子鬼と灰色狼の群れを半分、山に放て。山へ侵入してきた冒険者を積極的に狩るんだ」

「了解! ボス!」

「ただし、山の外へは出ないように。永眠火山の敷地境界には集中して俺が仕掛けた罠がある。人も獣も区別はつかないから、気を付けるように」

 命令は即座に、眷属に埋め込んだ結晶へと伝えられ、群れ全体に行き渡った。

 その日、底なしの洞窟から数えきれないほどの子鬼と灰色狼の群れが山中へ解き放たれた。

 ついで、少しずつ数を増やし始めていた大型獣も幾匹か外へと飛び出していった。

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