第19話 送還の理

 どれほどの時間を歩き続けただろうか。

 洞窟は入口から最奥まで、最短距離で結べば大した距離ではなかったはず。

 ――だと言うのに、辿り着かない。


 真っ暗な穴の中で幾つも枝分かれした道から、正しい道を見つけ出してたった一つの出口へと至るには、単純な距離感など何の参考にもならないのだということを思い知らされた。


「腹減ったな……歩き疲れたし、出口はまだか……」

「ボ、ボス……もう駄目かもしれないねボクら……。このまま一生、洞窟内を彷徨い続けるのかも……」

「馬鹿を言うな、ジュエル。俺達は確実に出口へ近づいているはずだ。その証拠に見ろ、子鬼の足跡だ。この辺には俺たち以外にも洞窟の住人が行き来しているんだ。道のわかっている奴を捕まえることができれば――」

「ああ! ノームだ、ノームがいるよボス!」

「でかした! おい、そこのノーム! 出口、出口はわかるか……!?」



 精霊のジュエル共々、洞窟の奥で迷ってしまった俺は、『天の慧眼』の術式で複雑な洞窟内の構造をどうにか解き明かし、途中で出会ったノームの協力も得て、なんとか半日ほどの時間をかけて洞窟からの脱出を果たした。


 虱潰しに歩き回っていればいつか出られると考えてはいたが、脱出に半日もかかってしまったのは俺の誤算だった。

 途中で腹が減り、これ以上の長期戦になるようなら物力召喚で食糧を呼び寄せようかと考え始めた頃、ようやく洞窟を歩き回っていた一匹のノームを見つけたのだ。ノームに道案内を頼んでからは、ものの数分で洞窟を出られた。


 洞窟の玄関口で地べたに座るジュエルを前に、俺は神妙な面持ちで口を開いた。

「ジュエル、問題が幾つか見えてきた。わかるか?」

「いいえ、ボス! わかりません!」

「良い返事だ。なら教えてやる。まず……お前の無計画な穴掘りが大問題だ!!」

「ひゃいぃ! ごめんなさい!」

 俺の叱咤に首を縮こまらせて謝るジュエル。


「大体な、無駄に坑道の分岐が多い! 鉱床に行き当たってからなら採掘効率を上げる意味でも、複数の坑道は必要となる。しかし、まだそこまでの段階に来ていないのに通路が複雑なのは、掘削で出た土砂を片づけるのにも障害となり、逆に効率を落とす原因となる。わかったか!?」

「はい、ボス!」

「それから、洞窟が複雑化したことで、奥へ入った時に自分の現在位置がわかりにくいこと。似たような通路が続いていると、洞窟に慣れた者でも少し気を抜くと現在地がわからなくなる」

「ボクは、ボスが迎えに来てくれるまで、自分の位置とか考えもしませんでした~」


(……こいつはどこまで阿呆なんだ。元々の知能が低いのか、二〇〇〇年の歳月でボケたのか、どっちだ?)

 限りなくどうでもいい疑問が頭を過ぎったが、俺は余計な考えを振り払い話を続けた。


「それで、だ。これを解決する為に、洞窟内には位置の目安をつける為の世界座標を刻みつけることにした。同時に、洞窟内の地図を作って眷属とも共有する。これで洞窟の奥深くまで潜っても、位置情報の把握はある程度できるようになるだろう」

「おお~。さすがボス! ぱちぱちぱち~」

 拍手を鳴らす音を口に出しながら、手を軽く叩くジュエル。どう見ても俺をおちょくっているように見えるのだが、こいつは終始こんな感じだ。気にしたらこちらの負けかもしれない。


 俺は腹立たしさを覚えながらも講釈を継続する。

「それから、洞窟内で迷うと長期間に渡って脱出ができなくなる危険もある。そんな時、食糧などは物力召喚で呼び寄せるのだが、工房の陣に置いてある食糧が尽きた場合、途端に死活問題が生じる。なぜなら、この洞窟内には食料となるものがないからだ。最悪は、狼や子鬼の肉を食うことになるが、労働力と士気の低下は避けたい。それでは、どうすればいいのか?」


 ジュエルは首を傾げて自信なさげに意見を出す。

「う~ん。洞窟の中に畑を作るとか?」

「面白い提案だが難しい。土壌の水分や栄養が少なく、日の光も届かない暗がりでは作られる食物も少ない。地熱エネルギーでも得られるなら話は別だが、現在の深度では到底望めまい」

 俺の切り返しにジュエルはますます頭を捻ってしまう。そのまま捻じ切れて首が外れそうな角度だ。


「単純な解決策がある。工房の陣に、定期的に食糧を供給してもらえばいい。その為の物資送還業者が存在する」

 多少の手続きと代金の支払いはあるが、食料が尽きて毎回工房まで戻る労力を考えれば安いものだ。早速、魔導送還業者の黒猫商会に依頼して、工房の召喚陣に物資を届けてもらうことにしよう。


「そっかー、便利なサービスだね。引きこもり生活にうってつけだぁ」

「そうそう、俺も地下工房で研究に勤しんでいた学士時代にはよくお世話に……」

 意識が過去の思い出に飛びかけたところで俺は踏み止まり、一つ咳払いをして話を切る。

「ボス? 何で照れているのー?」

「照れてなどいない」

「ボスに引きこもりだった過去があっても、ボクは笑ったりしないよー。うん、だってボスには引きこもり生活がとってもお似合いだもの!」

 俺は無言でジュエルの頭にかかと落としをくらわせ、そのままぐりぐりと踏みつけながらジュエルの顔を覗き込む。

「お前は俺を馬鹿にしてんのか? ん? どうなんだ?」

「……そんな滅相もございません~」

 俺は決してただの引きこもりだったわけではない。研究熱心でほんの一年ほど人と会わない期間があっただけだ。気が付いたら一種の失語症になっていたのも、研究に没頭した勲章なのだから。




 洞窟内に世界座標を刻みながら、俺は今日何十回目かの溜め息を吐いた。

「洞窟が広くなればなるほど俺自身の移動が面倒になってくるな……」

「送還術でぽぽーんと飛んでいけば~?」

「それができたら苦労はしない」


 指定した世界座標に自分を送還できたら楽なのだが、こればかりは魔導の原理上できない。

 召喚物や送還物に一定以上の複雑性を持った魔導回路が混じると干渉してしまい、物力召喚の術式は発動しなくなってしまうのだ。

 その一定以下の水準というのが世界座標を刻む程度なので、俺が身に着けている魔導回路を刻んだ結晶の類は全て邪魔になる。

 それに多くの術士は自らの身体に魔導回路を刻んでいることもあり、実質的に物力召喚で人が移動するのは難しい。騎士の場合でも闘気が術式の発動を阻害する。


 騎士や術士でない一般人も、『物力召喚による誘拐』を防止するため、結界石や結界符を肌身離さず持っていたり、結界印を体に刻んでいる。召喚で自由に人が移動できたら便利なのだが、それ以上に危険が大きすぎる為、人の移動はいまだに前時代的な手法に頼っている。

「ま、凄惨な誘拐・略奪の事件が多発した過去がある以上、古代呪法による『送還の門』でもなければ人の移動は無理だな」

「便利なものを便利に使えないなんて、不便だねー。ボスは送還の門を創れないの?」

「簡単に言ってくれるな……」


 古代呪法による『送還の門』とは、そこに入るだけで決められた世界座標へと移動できる『送還の陣』の一種だ。特徴的なのは術式の発動時に移動が行われるのではなく、常時送還先と繋がりのあることだ。現在の魔導技術ではごく一部の一級術士だけが再現可能な古代呪法である。

 なにより一番の特徴は、送還の陣では他の魔導回路による干渉が起こるところ、送還の門はその影響を受けないことだ。魔導回路を身に刻んだ術士や闘気を纏う騎士でも移動が可能なのである。


「送還の門を創れる技術があったら、今頃こんな洞窟を掘っていないで一財産を築いているさ」

「そうだねー。それなら座標さえわかれば宝石の丘にだって行けちゃうもんねー」

「そういえばジュエル、お前は宝石の丘の座標を知っているんだよな?」

「うん、知っているよ。正確には、宝石の丘から少し離れた座標だけどね。そこから先はボクの道案内がなければ辿り着けないと思うよ~」

「そうか……」


 俺はどうにか宝石の丘へ送還術で到達する方法を考えようとしたが、すぐに諦めた。

 普通の送還術では魔導回路の類を一切持っていくことができない。どんな危険があるかも知れない場所に、術式の使えない生身の人間を送り込んでも、生きて目的地に到達できる保障がないのだ。

 

 リスクが高すぎる。

 やはり安易な近道はないのか。


「とりあえず今は地道に洞窟の地図作成と、世界座標の刻印をこまめにやっていくしかないか……」

 天の慧眼の術式で洞窟内を見渡しながら、俺は複雑多岐に広がる迷路を前に今日一番の大きな溜め息を吐いた。

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