第180話 嫌われ晴信の一生(甲斐を除く)

 最初に謝っておきます。

 信玄ファンの方、ごめんなさい。


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※写真が景色を写せる原理※


 真っ暗な部屋の中、小さな壁穴を空けると、そこを通った光は部屋の反対側の壁に外の景色を逆さに写し出すという。

「ヨーロッパ中世の画家たちは、この壁の光の跡をなぞって正確なスケッチを描いたそうですよ」

 この話を初めてさねえもんから聞いた時、『ズルじゃん!!!』と不覚ながら俺は思った。

『そりゃトレスすればあそこまで写実的な絵なんて簡単にかけるよ!』と。


 ………………まあ、実際やったら暗いんで散々な出来の落書きが生まれただけで『画家の皆さん。簡単に書けるなんて言ってごめんなさい』

 と心の中で謝る羽目になったのだが。


 この画家がスケッチに使った補助装置をラテン語で「カメラ・オブスキュラ(Camera Obscura)」という。

 Cameraは「部屋」、Obscuraは「曖昧な、暗い」という意味らしい。


「つまり「暗い部屋」がカメラの語源なのです」

(参考;キャノンサイエンスラボ様)

 ttps://global.canon/ja/technology/s_labo/light/003/01.html 


 この反対に映った光を銀塩フィルムに当てると、

 強い光が当たった部分はハロゲン化銀内部の電子が結晶の一部に集合して、感光核というものを作る。

 これを現像液につけると、感光核の周囲、つまり光のあたった部分が黒くなる。

 その後に未感光のハロゲン化銀を溶かす薬品に入れると、黒い銀粒子だけが残り(定着という)白黒反転した画像が出来上がる訳である。

 この白黒反転(ネガポジ)したフィルムに光を当てて別の感光紙に画像を張り付ければ、焼き増しが可能となるらしい。


 なので、定着させる前に再度強い光に当てると、フィルムの全てに感光核が出来上がりフィルム上は真っ黒。現像すると真っ白な写真が出来上がる。

 昭和時代の現場監督がこれをやってしまうと撮り直しがきかない部分はどうしようもなくなるので、その場で画像が確認できるデジタルカメラが普及して本当に良かったと思う。

 まあ、それも『100均のあやしいカードリーダーでパソコンに転送するとデーターが全部消えた』という胃に穴が開くような事故が起こる事もあったが、忌まわしい記憶ゆえに良く覚えていない。

 まあ、とりあえず原始的な写真装置の作成には成功したわけである。

 ガラスや、ナノファイバー、ニトロなどを作っていた技術ツリーから作れた意外な副産物であった。


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 そんなオーパーツを見て『これはただ者ではない』と晴信は悟った。悟らざるを得なかった。

 種子島(火縄銃)を見たときも驚いたが、あれは弓で替えがきく。

(おまけに数を揃えねば役に立たぬので、数多く調達はさせているが、火薬含めてまとまった数は手に入らない)

 だが、この絵は違う。人力で書かせてもここまで細密に書けるわけもなく、模倣できる技術も思いつかない。

「勘介」

「は!」

「この手紙の主が言うとおり、このまま家族を送ったらどうなると思う?」

「甲斐・信濃の人心は離れるでしょうな」

 当然とばかりに答える。

「やはり、大金を払ってでも買い戻すしかないか」

 大名、いや集団の長の仕事は部下の生活を守り、家族たちを養えると思わせる事である。

 家族は人質でもあり、家臣を従わせるための大事な要素。

 大名が大名として君臨できる理由である。

 部下を見捨てたとしても家族はしっかり面倒をみるからこそ武士は戦で命を懸けるし、それは町人としても同じである。

 ここで小銭に目がくらんで民を売り渡すようでは、小領主にもなれないだろう。

「とはいえ、あの若造の思惑に従ってやる義理もないな」

 そう言って笑う晴信に勘介は

「その通りでございますな」

 と、笑う。


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「武田より返答が来ました」

「ああ、有難う。あれ?手紙だけ」

「まあ、あの男の事ですから、こちらが理解できるような誠実な答えは返って来ないでしょうな」

 と、謙信さんが嫌な未来予想をする。この二人、互いに『あいつ死ねばいいのに』と思っている仲だから相手の考えが良く分かるダメツーカー関係にあるようだ。覚悟をして手紙を読むと

「…………………これはひどい」

 そこには、謙信さんが何の罪もない民を不当に捕らえている事を非難し、速やかに返すよう要求。それが叶わないなら、一戦も辞さないし、長尾に天罰が下るだろうという内容が書かれていた。

 悪いのはスパイを捕まえたこちらであるかのような書き様に俺とさねえもんは閉口した。

「まるでロ●アとか●国みたいな返答だな」

 武田が選んだのは、こちらが用意したもののどれでもない『非人道的な長尾に抗議する』という白々しい返答だった。

 善良な人間には『自分の悪事を棚に上げて他人を非難する』という行為自体、恥じるものだと思うのだが、戦の情報戦を日常で行っている相手の場合、自他人が全て悪いと責任を押し付けて神経を逆なでさせるのだな、と、2日で首都を攻略すると豪語しながら大戦略初心者レベルの作戦行動を行った某シア国の外交的発言を思い出した次第である。


「そりゃ、周囲に敵しか生まれないわ」

 こんな奴友達どころか知り合いにすらなりたくない。

「同盟結んでいながら平気で裏切ったり、言いがかりで攻め込んだりしたせいで、跡を継いだ勝頼君がハードモードというか終わってるモードからのスタートでしたからねぇ…」

 戦国時代後期で全盛期で世代交代しても勢力保てたのって毛利くらいじゃないだろうか?

 あそこは小早川隆景という父と同時代に活躍しながらも秀吉の天下統一まで生き残った優秀な跡継ぎ補佐がいたのが大きいだろうが…

「徳川家康が天下をとれたのも、本人の実力もさることながら、1570年代の地方勢力が固まった時代から1610年近くまで死ななかったのが幸運だったってのも大きいでしょうね」

 あそこで、秀忠だけになっていたら徳川幕府は生まれなかっただろう。

 長生きというのはそれだけで強力なチートであり、家を残すのに大事な要素なのだ。


 話が脱線した。


「さて、どうします?」

「そうだな。じゃあ、こちらも礼儀として同レベルのお手紙を返すとするか」

「じゃあ早馬を用意しますね。手紙を渡したらすぐ逃げられるレベルの南蛮から来たような立派な奴を」

 さすがさねえもん。よくわかってらっしゃる。


 俺は以前 漫画で読んだりさねえもんから聞いた武田信玄の半生を思い出して筆を滑らせた。


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 翌日、甲斐に一通 世界でも稀にみる奇妙なタイトルの外交書状が送られた。


『世の中をなめきった武田の糞餓鬼へ』


「…………………」

「…………………」

 ここまでストレートな罵倒の外交文書は、晴信の長い人生でも見た事がなかった。

「………このまま読まずに捨ておくか」

「………殿、三ツ者の命がかかっておるかもしれませぬのでそれはちょっと…」

 ゴミとして晴信が投げ捨てるのを勘介が止める。


 前に外交文書を書留で郵送すると言う非常識な国があったが、それ以上の無礼な手紙に晴信の心はブチ切れ寸前だった。

 それでも一応読んでやろうと首文の挨拶を見ると


『ミミズののたくったような下手な字の悪文をおくりつける嫌がらせをありがとう。恥を知らない猿の言葉を理解するのに時間がかかりましたが『まあ、猿に人間の義理とか約束を守る心とか恥などは存在しないよな』と思い割り切る事にしました』


 ぐしゃ。


 怒りを込めて手紙を握りつぶす。

 たしかに自分もあいてをおちょくるような事は書いたけど、ここまで酷くはなかったぞ。と

「と…」

 殿。と言おうとして勘介は黙った。そして主君のあまりの怒り様をみて『上杉の援護者よ。一体何を書いたのだ』と冷や汗をかいた。

 血管が痙攣するのを感じながら晴信は続きを読む。

『我らが信仰する科学様のお告げによると、悪鬼のような晴信(呼び捨て)にとって約束とは、将来、上杉と塚原で戦った際に、駿河の今川義元の仲介で和議を結び、起請文を交わしておきながら、その翌日には即、破棄する位にその場の方便でしかないのでしょうが、一応今はまだ恥を知る人間かもしれないと期待し、協定を結びたいと手紙を書いてあげました。』


 ぐしゃりぐしゃり。

 詠んだ部分を握りつぶしていく晴信。


『晴信は今まで何の縁故もないのに、隣国・隣郡へ野心をもって無道の侵略を行いました。そしてこれからも行うでしょう。そのため各地に忍びを送り情報を集めていると思います。だから各地の蜂起を煽り、天文11年(1542年)6月に高遠頼継(諏訪氏庶流)を煽って諏訪領へ侵攻し、和睦を申し入れた義弟の、諏訪頼重を甲府へ連行して自害に追い込んだり、高遠を挑発して分割した土地を奪い取るなどという非道ができたのでしょう。

 他国の民の事を考えるとさっさとおくたばりになった方が世の為だと思います』


 ぐっしゃ、ぐっしゃ、ぐっしゃ。

 お前がくたばれ、と思いながら晴信は読み続ける。


『そのため、これから先、川中島を挟んで無為な争いを我々と繰り返し、信濃では用済みとなった寺社・神領を世俗の者どもに分け与え、仏法を破滅させ神社、仏寺の氏子たちは、滅亡、あるいは流浪乞食にまでなって苦しませるでしょう。

 また今年(天文23年=1554年)にせっかく嫡男の義信は今川義元の娘を嫁に迎えたのに、今川義元が死ぬと『駿河を攻める』などと言いだすにちがいありません。そして嫡男は晴信が実父である武田信虎を追放し、流浪乞食をさせるような親不孝な所業を繰り返そうとするが返り討ちにあって殺され、守役の飯富虎昌も一緒に死ぬし、塩の輸出を止められて恥知らずにも上杉に頼る羽目になるし、諏訪から勝頼を呼び出してロクに準備もせずにしたまま自分だけ死ぬだろう。と科学様は晴信の末路を継げております』


ぷっちーん。


「なんじゃ!この嫌がらせのくせに、ワシですら『本当にありそうじゃな』と思わせるような最悪な未来予想は!!!!!!!」


 怒りで我を忘れても、冷静な分析は忘れない晴信を見ながら、勘介は『ワシ(勘介)の名は出ておらぬが、一体どうなるのだ?』と思いながら続きを読む。


『そのせいで勝頼くんは正式な跡継ぎとなれないまま家臣に侮られて家中の心は分裂し、晴信の悪逆のせいで周囲を敵に囲まれた勝頼くんは無理に当主たらんと頑張って、はじめは勝つものの一度の敗戦で高転びに転がり滅亡。後世のもの笑いとなるでしょう。

『神仏は全てお見通し。恥を知れ。恥を知れ』と科学様もおっしゃっております。

 そうならないためにも、人間らしい決断と思考を学んでほしいのですが、困った事に武田晴信と言えば約束破り。約束破りと言えば武田晴信と毛利元就と言われる晴信の事。和睦や同盟などは出来ないでしょう。ですが、今回の件では人の命がかかっているので人道的な配慮を望みます。恐々謹言(おそれながらもうしあげる) 大友五郎』


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「ぶ”っ”●”し”て”や”る”!!!!」


 永禄七年六月廿四日の上杉謙信の手紙や、直江状、孔明の手紙を参考にした誹謗中傷文を読んでオーガの如く怒った晴信は叫び、書状を引き破ろうとした。

 だが、

「あ、あれ?」

 いくら引っ張っても紙は破れない。


 その時、山本勘介は書状の裏に

『なお、本書状は非常に破れにくい紙(フィルム内蔵)で出来ております』

 と書かれているのを見つけたが、怒りの矛先が向かないよう黙っていた。


「むきいいいいいいいいいいい!!!!!」


 怒りにまかせて書状も破れず、晴信の怒りは頂点に達した。


「これを持ってきた死者…いや使者のバカはどこだ!!!」

 人は図星を突かれると逆上する。

 怒りのあまり『使者を叩き切って首を送り返してやる』と思ったのだが

「使者殿なら『ついでに富士山見てきます』と言いながら凄い速さで走っていきましたよ」

 と門番がすごい剣幕で怒鳴りこんできた晴信に言った。


「絶対に捕まえろ!その首をはねろ!返書に添えて送り返せ!!!」

「殿!お、落ち着いて下さい!!!」

「これが落ち着けるか!ここまで虚仮にされて黙っていたのでは当主として立つ瀬が無いわ!!!殺せ!殺せ!」


 某匿名掲示板ほど悪口は発達していない戦国時代。

 後先考えずここまで相手への誹謗中傷を書けるのはそうそういなかった。

 やり場のない怒りを晴らすように晴信は駄々っ子のように叫んだ。


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 今回の書状は

 らいそく様の『上杉謙信が武田信玄の悪行の数々を書いた書状がヤバい』

 ttps://raisoku.com/6013#toc9

 のページなどを参考に椎名百貨店の予知能力をもった校長が作った校歌のノリで書きました。

 高校野球の試合で悪逆なプレーで勝利したあと校歌斉唱で

「お前たちの悪行は、予知能力でお見通し、人生なめたクソ餓鬼ども、恥を知れ~恥を知れ~♪」

 というオチが好きだったです。 


 まあ、こうした未来を知っても反省するより、もっと上手くやろうと考えるのが武田信玄だと思うので、100%忖度なしで書きました。

 甲府の方と信玄ファンの方、ごめんなさい。

 井伊谷の住人にとってはざまあと言いたい案件ではあります。

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