第152話 尾張総選挙(陶片追放)

「選挙制度がここまでひどくなるとは…読めなかった、この義鎮の目をもってしても!」

「いい加減、北斗の●ごっこはやめて現実見てくださいよ!!!」

「いやだー!!!現実なんて見たくない!史実だけみとくぅ!!!」

 俺たちひ弱な現代人が、農民まで残らずヒャッハーな戦国時代で生きているのは、科学と言うチート知識と、最終的には信長、秀吉、家康たちが天下人になる貧乏くじをひくという安心感があるからである。

 

 それが、崩れたら下手すると戦乱があと百年は続くかもしれないのである。


 そんな世界など住みたくない。もうやだ、おうち帰る。(帰れません)


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 およそ、人間の決めた制度とは失敗と修正の歴史である。


 タレント政治家というものが騒がれた時期がある。

 テレビに登場した知名度の高い人間たちや、顔の良い俳優が政治家に軒並み当選するという現象だ。

 中には民意を反映した有能な政治家となった人間もいるので、一概に悪いとは言えないが、選挙というのはテレビや写真付き新聞が広まるようになると、マスコミが誉め称える有名人ほど当選しやすくなる傾向になったのは確かだ。


 ならば、マスコミの存在しない時代の場合は、民意とはどう形成されるのだろうか。

 ではここで、織田信長さんの青年期を見てみよう。


 1552年に父が死亡。有名な位牌に灰をぶんなげる事件を起こす。

 このため1553年、信長の宿老である平手政秀が自害している。


 物語では、このあたりから信長は頭角を現し、うつけの擬態をやめていく事が知られていくが、現実だと破天荒で部下から諌止された馬鹿息子のイメージ真っ最中である。

 一応、今年1554年1~2月に、村木城の戦いで今川勢を破ってはいるが、この戦いは両軍とも損害が大きくて1560年の桶狭間の戦い程のインパクトは無い。

「1557年だったら、弟さんが二回目の謀反を起こしたんで殺害してるんですけどねぇ…」

 とさねえもんが頭を抱えながら言う。

 今から3年後、織田信長は名実ともに織田家当主となる。

 これから今川義元を戦場でうちとったり、岐阜を取って京都へ進むと華々しい活躍をするのである。


 未来から来た俺たちはそんな天下人となる彼を知っている。


 だが、この世界の住人は今の時点で尾張の大名でもない庶流領主がそこまで出世するとは思っていない。


「………ここで、武力じゃなくて選挙で当主が選ばれたら……どうなるのかな?さねえもん」


「ハハハ、いやですねえ。戦国時代に選挙制度なんて持ち込まれるわけないじゃないですか?」

 さわやかな声で答えて、さらに続けて

「信長さんは普通に戦略と政治両方で敵を追い詰めて、尾張の大名になるにきまってるじゃないですか。もしも選挙なんか起こったら、上層部の覚えが悪い当主は人気のある人物に挿げ替えられて殺されるか、よくて追放。もし、それが原因で歴史がどう変わるのかって質問なら、私は元凶に『知るかボケ』って言っちゃいますよ。元凶さん」

 顔は笑ってるけど、目は笑ってなかった。だから

「そうだよな。何度も部下に裏切られた信長さんの事だから、何らかの解決策を見つけて選挙だって勝つよな」

「はっはっは。目は開いてるのに寝ぼけてるんですか?その裏切られる経験を積むのはなんですよー」

 つまり、RPGで言えばLV18程度の男。父が死んで2年で、人脈も少なければ実戦経験もまだまだの若造となる。

「はっはっは。それは困ったなー」

「本当に困りましたね―。これから日本はどうなるか、全く予想がつかなくなりましたよー」

「……………」

「……………」


「全忍者に連絡!なんとしても尾張で織田三郎(信長)殿が当主になれるよう工作せよ!金に糸目はつけるな!じゃまする奴は一時的にもしくは永遠に退場してもらえ!!」


「ありとあらゆる不正を使ってかまいません!!!選挙で勝たせましょう!!!情報工作、ワイロ、投票用紙のすり替え、使える手は何でも使ってください!!!」

 悲鳴のような声が響き渡る。

 1550年にこちらに来て以来、未だかつてない程の背水の陣で俺たちは戦う事になった。


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 …それから数日後。


「とりあえず、打てる手はだいたい打ったな」

「将軍家と朝廷にも工作しましたが、びっくりするほど影響が無かったですね」

「日本が統一されてれば豊後の住民の半分を尾張に移住させた形にして組織票を行使するというインチキ技を使うんだけどなぁ…」

「そのウル技、都市伝説らしいですよ」

 政務の傍ら、思いつく限りの残虐ファイトで不正選挙を尾張から遠く離れた豊後の地で行使した俺たちは、疲労でひっくり返りながら言った。


 実際に投票するのは領主とか城主クラスの人間だけである。

 しかも、選ばれるのは小領主の織田家だけでなく、守護の斯波家の家臣たちも候補となっている。

 そんな一族の運命がかかっている状態のため織田家などよりも親類に注視している人間も多く、一時的な金よりも血縁や地縁を重視する人間が多かった。

 なんで、そんな所だけ公平清廉なんだよおまえら。と言いたかった。


 イヤな現実から目を逸らすために、今回は先ずほかの地区の様子を考える事にした。

 

 まず、四国。

 ここではいくつもの領主がしのぎを削っているものの、一条家という京都公家のブランドはまだまだ効果があるようで、彼の下、有力領主が少しのトラブルはあったもののまあ穏便に選ばれる気がする。

 鬼和子と呼ばれる長宗我部元親が表に出るのは1560年5月。

 父・国親が土佐郡朝倉城主の本山氏を攻めた長浜の戦いにおいて、数え年23歳という遅い初陣をする。


 次に近畿。

「ここでは選挙自体が行われていないと思いますよ」

 とさねえもんは予想する。

 建前としては天皇と将軍が治めているのだからトップをわざわざ決める必要がないという。

 実際は将軍家の権威などボロボロで、仮に将軍肝いりの候補が落選した場合、内乱の火種になる。

 だいたいソ連も中華民国も、選挙を初めてやったら議席が2位で、軍事力で選挙結果を無効にしたという前科がある。

 権力者=支持者が多いと言う訳ではないのだそうな。

 

 なお、備後というか神戸付近は小豪族の争いが混沌化しており選挙をしてみるなど夢のまた夢状態であった。

 逆に選挙で代表を決められるのは、ある程度軍事力と支配力を持ったまとめ役なり社会制度が整ってないと難しいのだなぁと実感した次第である。

「中央は人も軍事勢力も多い無法地帯ですからねぇ。有力者が多すぎてまとまるわけがないですよ」

 とは、実際に都にいた無月さんの言である。


「関東は、善政で知られる北条が圧倒的優位で支持されるだろうな」

 と、俺は予想する。

 今川家も太原雪斎という知恵袋健在により今川義元の評価は高く、先日結ばれた武田・北条との同盟もあり選挙事態行う必要がなかった。

(松平家の意見は初めから聞かれないだろう)

「甲斐は前年、武田家が砥石崩れで敗北した村上氏を倒し、勢いに乗った武田晴信(信玄)が圧倒的に勝利するでしょうね」

 と、さねえもんと無月さんがの意見が一致する。

 なお、投票は甲斐だけで行われ、領地をだまし取って処刑した義理兄の治めていた諏訪地方や、侵略地である信濃地方は選挙権を与えないだろう。とも。

「こうした、自分に有利な選挙区を設定するのをゲリマンダーっていうんですよねー」

 アメリカ合衆国マサチューセッツ州のエルブリッジ・ゲリー知事が行った1812年の選挙区割りが、架空の火竜「サラマンダー」に似ていることから、露骨に選挙の境界を引き、その形がサラマンダーに似ていたから『選挙において特定の政党や候補者に有利なように選挙区を区割りすることや、選挙区割りが地理的レイアウトとして異様な場合』をゲリマンダーと言うそうな。(WIKI『ゲリマンダー』より引用)

 まあ、甲斐の虎ならそれ位平然とやりそうだ。


 面白いのは越後の長尾、のちの上杉謙信の領地だった。

 ここの領主は仲が悪く、長尾景虎が皆をまとめても反乱を起こすので、出家すると言って退任したこともある土地である。

 決して一枚板ではなく、他の野心家が政治力を使って自分が上に立とうとするのは目に見えていたのだが

「たぶん長尾景虎殿と、その側近が選ばれますね」

「はい。おそらく満場一致で決定でしょうね」

 と、言われた。

 どうやら、この年、武田晴信の陰謀で家臣の一人が謀反を起こしたらしい。

 ただの謀反なら良いが、3国同盟を結んだ武田が後ろ盾となると並の領主なら勝ち目がない。

 なので、満場一致で長尾が選ばれ、早速反乱鎮圧に向かわせよう。というわけだ。

 戦争時に選挙をやれば当選確実。平和時だと落選確実という便利な道具みたいな扱いを受けている感じがする。

 逆に言えば外部要素によって選挙結果って簡単に変わるのだから候補者も大変だなと思う。

 そう、尾張の方の候補者は大変だろうな…。

「金と情報工作と、権威が効くと良いんですけどねぇ」

 選挙管理委員が効いたら激怒しそうな願いを込めて、俺たちは正しい歴史の継続のため東の方に合唱するのであった。


『信行さん(信長の弟。実際は信勝というらしい)どうか落選するなり、急死しますように』


 と。

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