第119話 問題は先送りするとやばい方向に成長して戻ってくるけど先送りしたい。


 奈多の義父の野望を聞いた俺は、彼を天竺インドに派遣することにした。


「…………………何でインドなんですか?」



 脈絡のない派遣命令を聞いたさねえもんが慌てて問いかける。

 答えは簡単


「ただの問題の先送りだ」


「予想以上に最悪の回答が来た!」

 今回の話、義父の要求はただのワガママだ。

 だが、ある程度の地位や実力のある人間のワガママというのは、非常に面倒くさいことになる。

 某大学の理事長みたいに「賄賂よこせ(直球)」という違法行為は本来間違っている。

 だが、それを取り締まる警察とかが機能していなかったり取引が消えたら困る場合、違法行為をみんなが容認しようとするようになる。

 むしろ「それは間違っている」と言った方が『空気が読めない奴』と避難されるのが日本…いや、人類というものである。

 中国はワイロ天国だし、アメリカやドイツでも実態はドロドロの協調性を強要される社会だったみたいだしね。


 元大手製薬会社勤務だった職業訓練校の講師の先生は「大得意さんの部長から賄賂を要求されたのだが、それがいつもの慣習と知らずに断ったら左遷された」と語っていたので、ニュースにならないだけで、至る所で不正の温床はあるのだろう。 

 O野先生はお元気だろうか?

 税務署と労基署は仕事しろ。


 という訳で問題を取り除くために追放刑に処したのだ。

「でも、どうやってダマ…説得したんですか?」

 と、さねえもんが聞く。

 そう。そのまま送りだせば反乱の火種が生まれる。

「そこで、大友家を通じてビッグになりたいという野心を逆手にとったんだよ」

 俺は、大友家のためという大義名分を振りかざす義父にこう言ったのである。


「義父上。大友家が発展するためにさしあたって邪魔になるのはどこだと思われますか?」

 と。

「それは、宇佐神宮で御座います。あそこは大内の走狗。主君が変わろうと豊後とは相まみえぬやからで御座います」

 日本には現代でも全国で約11万の神社がある。

 その中で八幡様が最も多く、4万600社あまりのおやしろがあるという。

 宇佐神宮のHPにそう書いていた。


 宇佐神宮はその4万社余ある八幡さまの総本宮である。


 御祭神である八幡大神さまは応神天皇の神霊で、725年(神亀2年)に御殿を造立された。

 その権威は強く、769年に怪僧・弓削道鏡ゆげのどうきょうは孝謙天皇)の寵愛を受けて皇位を狙い『「道鏡を皇位に就かせたならば国は安泰である」というお告げが宇佐八幡大神よりおろされた』と太宰主神(だざいのかんづかさ)習宣阿曾麻呂すげのあそまろという者にうその奏上をさせたという。

 宇佐神宮を深く崇拝していた天皇は、真相を確認するため、すぐに官僚であった和気清麻呂公を派遣したという程度には影響力があった。

 そして、平安時代に荘園という脱税システムが出来上がると宇佐神宮は九州の領主から領地を寄進させるために神社の中に寺、神宮寺を作る。

 そのため九州の総面積の3分の1を荘園に持ったという。

「いうなれば、宇佐神宮は九州の延暦寺。表立った僧兵の動きはございませぬが、その影響力は豊前攻略に必ずや仇となりましょう」

 と奈多さんは言う。

 半分は大友の為だが、奈多神宮は宇佐の神官が枝分かれした末寺である。

 いわば本店支店の関係であり、奈多氏は本店へ下剋上を仕掛けたいという野望もあるだろう。

 そこが狙い目だ。

「義父上。でしたら、一つ私に良い案があります」

「案でございますか?それはどのような…」

 身を乗り出してくる義父。そこで



「それは、仏教の本場、天竺に行く事です」


「……………………………………は?」


 頭がフリーズしたようだ。そりゃそうだろう。九州の話をしていたのに、世界の果てとも言える天竺に行けとかいわれたら、俺でも『お前 頭大丈夫か?』と思う。

 だが、屁理屈と味噌はどこでも付く。俺は問題を先送りするために頭をフル回転して出まかせの大義を思いついていった。

「寺社奉行。という職名のように源頼朝公のお力で、日本では寺 仏教の力が強くなりました」

 この奈多神宮も神社の看板を挙げながら報恩寺(今も残る奈多神宮の寺)という神宮寺で脱税をしていた。

 ということは、神社で祀る神と同じくらい仏教系の箔も重視されていると言う事だ。だが、狭い日本で仏格を争っても50歩100歩。

 アホな荒業をして『俺はお前より悟ってる。お前より偉いんだ』というマウント合戦はすでに行われている。

 人数の暴力では宇佐神宮には叶わない。

「そこで仏教の本場、天竺の出番ですよ」

 中国に渡海して修行した僧といえば海外留学して最澄や空海みたいな立派な僧と称えられた時代、そのさらに向こうの天竺に渡った日本の僧など存在はしない。

「そんな天竺に行ったと言えば箔が付きます。そのような偉業をなされた日本の宮司など天地開闢以来、誰も聞いた事が御座いませぬ。ここで義父上が天竺に赴かれれば、宇佐神宮の攻略も楽になるでしょう」

 と適当な事を言ってみる。


 武士というのは大義名分を大事にする。


 史実で奈多さんが寺社奉行になれたのは『大友家跡継ぎの祖父』というポストが確定してから。それまでは書状も少なく、あまり活動した記録も見えない。

 足の引っ張り合いの人間社会でのし上がるのは簡単ではないのだろう。

 ところが宗麟と奈多夫人の間に子供が産まれると、急に名前が顕れる。

 人事とは能力に見合ったものであり、公平に任命されるべきという名目でけん制し合う権力闘争だが、人間というものは不思議なもので露骨なコネ出世に対しては文句は少なくなる。

 子供が産まれれば不正人事が生まれるのは当然。むしろ、それを糾弾するのは『空気が読めないイタイ奴』という雰囲気が生まれるのである。何故か。

 まあ権力濫用する気満々の親戚でも「寄生先を裏切らないだろう」という安心感の方が勝つのかもしれない。

 能力の有る奴って謀反起こすし。


 なので奈多さんが、今回のように自分の娘を駒のように使ってでも子供を産ませようとしているのもそれが原因であり、史実ではそれが成功したというわけだ。


 ……それで生まれた息子は家を滅ぼしたけどな。


 そこで、今回子供が産まれなかったとしても親戚として権力を悪用できるだけの大義名分を用意してやる事にしたのである。

「この義鎮。義父上の御覚悟誠に感服しました。大友家が発展するためなら何でもされるというのであれば、天竺に半年かけて行くくらい、義父上なら簡単な事でございましょうな」

 …え?いくらなんでも、それはあんまりじゃね?

 という顔でこちらを見る義父。

 それに気がつかないふりをして、散々褒めまくると引くに引けなくなったのだろう。

「出来らぁ!!!」

と言わんばかりに、半ばヤケクソ気味に海外渡航を了承したのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それがインド行きですか…」

「ああ、マウントとりってのは今も昔も変わらないだろうからな」

 他人よりも上に立ちたいと言う人間心理について、現代日本の腕時計を例に挙げてみよう。


 興味がない人間からみたら、腕時計は時間が分かれば500円の品でも1万円のものでも良い。

 だが、ここに『ブランド』なる物語を付加すると話が変わってくる。

 いかに伝統があり確かな技術で作り続けられた名品か、という物語と見栄えの良さが加わると500円でも買える時間を見るための道具が100万円とか2000万円に化けるのである。

 そして、金持ちが『この時計はいくらかかった』とか、『安かったが、実はこれは価値のある品物で』と、その品物がいかに素晴らしいかをまず鑑定させ、その『匂わせ』を察する事が出来たか鑑定眼を競わせる。そして、その品をほめさせた後に高価な品を自慢し順位とか上下関係を競うわけだ。


 本っ当に馬鹿らしい事ではあるのだが、そのバカらしい事をまじめに重視している宗教世界では『私は仏教の本場、天竺で修行したましたけど、あなたはどこで修行を?え?日本?君も天竺の空気に触れた方が良いよ』と、口にするだけでサブイボが出てくるようなクソくだらない自慢を出せば、たいていの戦いにはマウントがとれるだろう。

 そうすれば、例え俺に子供が産まれなくても奈多さんは寺社奉行にはなれるだろう。反対する奴はインド送りにするだけだし。

 いわば最強のカードを取得するために、俺は義父を天竺に向かわせたのである。

 これも大友家が発展するため。邪魔な宇佐神宮をおさえこむための身を切る改革(主に奈多さんが)である。

 ああ、こんな義父をもって私は幸せである。


「…と言いくるめて放逐したんですか…鬼ですね」


 うん。ほかに良い方法が思いつかなかったんだ。


 こうして、今年最大の懸念。服部氏や一万田の反乱は、穏やかにその発生をみぎり潰す事に成功した。

 そして、この成功が、半年後とんでもない事態を巻き起こすとはこのときはまだ知る由もなかったのである。

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