第52話 大友家の人さらい
入田にとって、約1年ぶりに戻ってきた豊後は様変わりしていた。
真っ先に気がつくのが、竹田の山々のような石の数々。
阿蘇山の溶岩が固まってできた岩山が50km動いてきたかのような巨大な岩がゴロゴロ転がっている。
「…………高崎山でも噴火したのか?」
コンクリート製のビルをみたことがない戦国時代人にとって、石群は繁栄より災害を想像させる不気味な光景だった。
「あれは五郎様(宗麟)の指示で作られた住居ですよ」
と臼杵が説明する。
入田は府内の町の変化に目を見張る。
通りには『路面とろっこ』とかかれた看板の先に砂利が敷かれ、鉄の棒がまっすぐに延びている。その上を百鬼夜行のような巨大な塊が動いていた気もするが「多分幻覚だろう」と入田は現実からまっすぐ目をそらした。
屋敷の軒には何故か糸が張られているし、川にはたくさんの水車が設置されているし、町中には竹竿が縦横無尽に走っているし、華やかだった府内の町はまるで怪しい宗教に乗っ取られたかのような変貌を遂げていた。
「ああ、あれは50人が歩かずに移動できるからくりでしてな、糸は『いとでんわ』と呼ばれるもので屋敷にいながら遠くと話ができる便利な道具です。竹の中には水が通っておりまして家に居ながらにして水が飲めます」
と臼杵が告げる。
そんな虫の良い話があるものか。
大友の若い新党首は悪魔か妖怪に国を売ったのかもしれない。
だとすれば娘を連れて他国に逃げた方が良いのではないだろうか?
近くだと肥後や日向は大友の息がかかっているし、大内とも仲が悪くない。こういう時大大名というのは厄介だ。入田は危険を感じながらめまぐるしく頭を働かせ
「…………四国か畿内にまで逃げるか」
ぶっそうな事を考えていると植物を燃やした煙を体にかけられる。
しまった。ここで殺されるのか?
日本にわざわざ連れ戻したのだから殺される事はないだろう。そう思ったが油断した。生け贄を捧げることで他人を呪う秘術が密教にはあると聞いたことがある。(1578年に宗麟の奥さんである奈多夫人(本作では奥さんの妹にあたる)が蛙に焼釘を目に指して呪いをかけようとしたとフロイス日本史に記録がある)
だとすれば、煙でいぶし殺そうというつもりだろうか?
そんな事を思っていると、体の下に黒い点々ができている。不思議に思ってみてみると
「ノミ?」
長旅で大繁殖していたのか体中に繁殖していたノミやシラミが落ちている。
「この煙は恐ろしいほど虫を殺す効果があるようです」
と、同じように足下に虫を転がして臼杵が言う。
え?こんなに虫が体にいたの?と現代人ならどん引きしそうな量の虫が死ぬと今度は湯浴みをするという。
蒸し風呂ではなく桶たっぷりに湯を張った未来風の風呂に入ると米ぬかではなく石鹸と呼ぶ道具で体を洗う。
「水をここまで贅沢に使うのか…」
先ほどの竹から送られた水を沸かしている浴槽を見て、入田はその贅沢さに危機感を覚えた。
だが、汗と潮でベトベトだった体が「さっさと入れ」と訴えている。
まるで食料を足で踏むような罰あたり的感覚をぬぐえないまま、入田は湯船に足をいれた。
危険だ。
快適すぎて危険すぎる。
未知のもてなしに入田はどのように接するべきか考えあぐねていると手ぬぐいとは違う布を渡される。
タオルと呼ばれた気持ち悪いほど水気を吸い取る布で体を拭くと長旅の疲れもあり、入田は眠くなってきた。冬だと言うのにここまで暖かいのは初めてである。
風呂桶の隣によこになると、そのままいびきを立てていた。
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気が付くとフワフワしたものの中で寝ていたらしい。それが布団と呼ばれる物とは後に知る。
「お目ざめになりましたか?」
見れば戸次に嫁いだ娘がいる。血色は問題ないし、以前よりも肥えたようにみえる。食糧事情の悪い戦国の世で、食べ物に不自由しないのは良い事だ。
戸次は娘を大事にしてくれているようだ。と安堵のため息を漏らす。
政争から解放されたせいか、何度も海で死にかけたためか、昔とは考えられないほど穏やかに入田親娘は近況を報告し、豊後の変わりようについて話し合った。
何でも最近は貿易が盛んに行われ、豊後では見たことも無い品々が毎日のように届き活気にあふれているそうだ。
娘から出されたお茶も牛蒡から取れたお茶らしく、少し変わった味がする。
「そういえば五郎様はどこにおられる?」
帰還の挨拶くらいはしておこうと尋ねると
「五郎様はお出かけの準備中です」
と言った後に、笑いながら
「なんでも人さらいに行くとか」と子供のいたずらを見るような目で娘は言った。
「ああ、人材登用か、あの方は言い方がわるいのう」
五郎様は若いな、と入田は思った。
この譜代家臣が足を引っ張りあう豊後で余所ものなどを抜擢したら、他の家臣がどうひがむのか?答えは火を見るよりも明らかである。
実力があっても政争に勝たなければ何もできないのが人間の社会だ。家格が低くて才能を埋もれさせた人間は多くいたし、自分の地位を守るために有能だからこそ蹴落とした人間もいた。
政治の世界は蠱毒皿のようなものである。強く、ずるく、凶悪な者だけが生き残る。生半可な新人を入れても余計な争いの素となるだけである。
そこに考えが及ばないとは…
三国志の劉備でもきどっているのだろうか?戻ってきたら忠告くらいはしてやろう。などと考えながら入田は
「ちなみに、誰をさらいに行くといっておった?」
と娘に尋ねた。人材を訪ねるなら、おそらく博多か堺だろう。没落した武士たちが逃げ込んでいる山中の線もあるかもしれない。と予想する。
だがその予測は外れた。
「えーと、ですねぇ」
あまり聞きなれない名前を思い出そうとして娘はしばし考えた後、
「太宰題弐様(大内義隆)と言ってました」
入田は飲んでた茶を盛大に吹き出した。
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「何でゴムがないのぉぉぉおぉおおおおお!!!!」
入田と入れ違いで船に乗り込んだ五郎こと大友義鎮は叫んでいた。
戦国時代には存在しない大船はうるさい家臣のいない隠れ家のような場所だったので、2週間ぶりに頭の痛い雑事から逃げていたのである。
で、そのまま『ひとさらいに行ってきます。探さないでください』と書置きを残して、予定通り山口に逃亡したと言う訳である。
一応お目付け役にベッキーを乗せて。
お堅い彼にしては珍しいが、戸次も義父とは気まずくて顔を合わせにくいようで、渡りに船とばかりに同行を申し出た。
というわけで、海と言う監視のない
そして様々な植物の種を確認して、ゴムの木が存在しない事に絶望したわけだ。
ゴムの歴史は以外と新しい。
中南米に生息したこの植物から生み出される樹液の固まりはボールとして遊び道具に使われていたらしい。
そして1700年代まで見向きもされなかったらしい。
そんな植物が東南アジアに来ているはずもない。だって利用価値がないのだから。
「ここから東に数千km進んだメキシコとかカリブ海に生息してる植物で、漆みたいな性質の植物があるんだよぉ!それさえあればタイヤとか電線とか戦国時代をいくらでも魔改造できるのに、なんで東南アジアに入ってないの!神様バカじゃねぇの!死ぬの?」
「……五郎様はいったいなにを叫んでおられるのですか?」
「ああ、気にしないでください。仏様の毒電波…もとい天啓を受けておられるのでしょう」
と戸次鑑連と斎藤鎮実は話していた。
この時代の日本にはゴムがない。石油も無ければ、様々な資源が足りない。
そして現代社会的な快適生活を送るためには日本には存在しない物質を貿易で輸入して作り上げなければいけないのである。
たとえば石油。日本の油田は新潟にあるそうだが長尾@上杉家の領地と貿易するのはまだ難しい。
それはいつ敵になるかわからない間柄だからだ。
貿易とは互いに必要な、持たないものを交換して互いに発展していく手段である。だから自分の国は発展したいけど他人の国は発展させたくない場合は貿易は止まる。
宗麟が毛利への火薬輸出停止をポルトガル船に依頼したように、必要物資を止めれば相手の国は強くなれないのである。
日本の技術は戦国時代発達したが、物質的な発展は戦争のせいで阻害されたといえるだろう。
「と、いう事はこの珍妙な植物が大友家の発展に関係があるのですか?」
「YES。ベッキー。だが、大友家ではなく日本の発展に使うんだよ」
その第一歩を踏み出すため
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