第49話 命は金よりも重い。詐欺師は回答をしない。

 海賊行為は悪いことだと村上武吉は認識していたようだ。

 人殺しは悪いことだと分かっていても戦争に行く農民と同じメンタルみたいだな。

「うむ。そこでじゃ」

 そう言うと各種の着物を用意させた。

「お主たちが海賊行為をしなくとも生活ができるように、当面の生活は大友家が面倒を見たいと思う」

 漁師たちの場合、食料の収穫は農業よりも厳しい。

 魚は穫れるか穫れないかは運によるし、すぐ腐る。

 天日干しにしたり佃煮にして保存は可能だが主食を買うために金が要る。

 つまり貯蓄が難しいギャンブル的な生活を余儀なくされているのである。


 だったらギャンブルをしなくても生きていけるようにすれば海賊行為は止むのではないだろうか?

 これは筆者の推測では無くソマリア海賊に漁業を教え、魚を買い取る事で犯罪から堅気の職にジョブチェンジさせることに成功した「すし●昧」の社長の成功事例から見ても確かなことであろう。

 まあ今回は交渉ではなく海賊以上の暴力で脅して言う事を聞かせた形だが、俺は海賊以上の暴力組織である戦国大名なので仕方が無い。

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 村上海賊たちには雇用契約という形で神文を発行した。


 告

 村上家(以下 甲とする)は大友家(以下 乙とする)の海上輸送において、その運行と安全を保障する業務を行う代わりに、一度の航海につき米俵3俵または相当額の物品を提供する。

 甲は台風などの災害時以外は神に誓って誠実にこれを履行し、乙は出来る限りの協力を行う事とする(以下略)

 この契約は双方に異論が無い限り一年ごとに更新されるものとする。


 天文19年  月  日   大友家代表取締役 大友五郎宗麟


「なんか印紙でも貼りたくなる神文だな」

 職業柄、契約書しか造った事が無いから仕方ない。


 さて、これで豊後から大阪までの定期航路ができ、商品が大阪から二日程度で定期的に届く事になった。

 新幹線でその日のうちに行って帰れる現代だと遅く感じるかもしれないが、海賊や山賊が跋扈する当時としては夢物語りのような話だろう。

「フロイスの話だと風を待って14日待機とか当たり前の時代ですからね」

 なお二日かかるのは能島付近で水を補給したり荷物を少し売買したりするためだ。

 この時代の夜間航海は危険だし、昼間の航海にすると2日はかかるという訳だ。


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 能島の村上氏のあっせんで来島などの人間にも協力を依頼した。

 その報酬は安定した食料。

 海というと漁業で食べ物の心配は無いように感じる人もいるだろうが、それだと漁師は廃業しない。

 農業が天気や疫病に左右されるギャンブルだとすれば、魚群探知機のないこの時代の漁業は魚の気分で漁獲量が左右されるなのである。

 なので手始めにクーラーを応用して冷凍庫を作り、干物以外の保存方法を伝授する。これが上手くいけばで3日で腐る魚を半年は保存できるようになるだろう。

 また缶詰の知識や佃煮、乾燥わかめなどの技術も提案した。

 冷凍庫は船に試作品が有ったので試しに一匹凍らせてみたら天狗扱いされた。

 一応原理も説明したけどいまいち理解できないらしい。

 ただ、冷凍保存の知識自体は氷室などから理解できたようでたいそう感謝された。

「漁師さんたち。感激のあまり抱きついてきましたからね」

 おう黒歴史を蘇らせんなや、さねえもん。

 屈強なおっさんたちから熱い抱擁を受けてもまったく嬉しくないんだよこっちは。


「こんな凄いものを頂いてどう御礼をすれば良いでしょうか」と来島の頭領が聞いてきたので、先ほどの契約書に『大友家を裏切らなければ社員厚生費の一環として無償貸与する』旨を冷凍庫のリース契約も書きくわえておいた。

 

「このような技術も大友様が信じておられる仏様のお力によるものなのですか?」

 不思議そうに来島が聞く。

「うむ。これらの技術は我らの神、か…かか…科学様より、この世を救うために与えられた技術じゃ」

 何度いっても慣れないな。この名前。

「その科学様とは一体どんなお方なのですか」

「うむ。観音様の弟子じゃ」

 他の仏教勢力のシマを荒らさないための嘘を、ここでもついた。

 あくまで科学様は仏様より一段下。人間よりは上。みんな平和。

「仏様のお弟子様ですか?羅漢様と比べたらどっちが偉いんですかい?」

 大分の宇佐東光寺や中津の羅漢寺には仏様の経典を編纂した500人を彫った五百羅漢というものがある。

 そういえば、あれも仏様の弟子だったっけ?でも羅漢は超常現象は起こせなかったはずだ。だとしたら

「科学様は羅漢様よりは偉いお方でな。仏様よりも細かい範囲で世の中をお救い下さる方なのじゃ」

「すると将来は観音様になられるのですか?それとも菩薩様?いや如来様でしょうか」

 え?仏様って昇格とかあるの?

「この時代の仏教は多種多様ですからねー。宗派によっては独自の仏教をでっちあげた宗派もあるかもしれません」と他人事のようにさねえもんが言う。

 そんな事知るかといいたいが、それだけ神様仏様を信じてるんだろうな。

 海の上で唯一頼れるの拠り所の話なのだから納得させないといけないだろう。

 と言っても科学様は俺が適当にでっちあげた仏様なので臼杵に助言を受けるわけにもいかない。だが、適当な事を言っていると後で矛盾点を指摘されるだろう。

 戦国時代の仏教で宗論が流行ったのは、相手の仏教という物語の設定の矛盾や抜けを探すためだ。そのため仏教と言う見たことも無いファンタジー世界の設定を色んな本を読んで覚えて『僕が一番仏教を上手く語れるんだ!』とニュータイプばりの断言できるようになることに皆熱中した。

 つまり、俺の言っている事は仏教的に正しいのか探っているのだろう。

 だとしたら答えは簡単である。


「たわけ!」


 わざと一喝する。驚く来島さん。そこで一気に畳みかけて

「科学様は混乱した今生を救うためにお生まれになられた方じゃ。出世や昇格のために我らをお救い下さるわけではないわ!信心無き衆従まで安心して暮らせる世を作りたいという一心だけで我らをお救い下さる方なのじゃぞ。そのような問答は無意味じゃ!この愚か者!」

 とまくし立てる。


 詐欺師は基本的に

 言質を取られたら後で困るからだ。


 だとすればどうするか?


 話を逸らすのである。


「ワシに科学様は白羽の矢を立てたのは多くの民を救うために多くの人間を率いる事が出来る地位にあるからじゃとお教え下さったが、その慈悲深い御心を疑うような者がおるとは思いもしなかったわい!」

 回答は出さず、相手が疑っていることに罪悪感を持たせて話を打ち切ろうとする。最初の会社にいた頭髪の薄い営業が使っていた話し方だ。

 表では丁寧なフリをして陰でお客様の悪口を言うようなクズだったが、自分も使ってみるとその酷さが実感できる。こんな人間とは関わらないのが一番だ。

 こうして勢いで話をすり替え『そこまで疑うのなら冷凍庫は引き上げる』という脅しをすれば

「すいませんでしたー!」と来島さんは慌てて謝罪し、他の者も。

「申し訳有りません!」

「これからは我々毎日科学様に感謝し、お祀り申し上げますのでどうかお許しを!」

「科学様の深い御心に失礼をして誠に申し訳ありませんでした!」

と最初の質問は無かった事にできた。

 うまく煙にまけた俺はホッとして

「うむ。そのように殊勝な態度であるならば科学様のお教えをお伝えする役目を申し使わされたワシも安心して預けられるというものじゃ。科学様はこの世を御救いになろうとされる人間にとって大事な方である。決して粗相のないよう大事に扱うのじゃぞ」と言った。

 嘘である。本当は大名の仕事を丸投げして戦争なんて面倒事を起こさないためだ。

 それさえ確保できれば、こんな恥ずかしい名前の神様はポイである。

「大人はきたないなー」という声が聞こえたが聞こえなかった事にしよう。


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「これで瀬戸内海の流通は確保できたな」

 3日の滞在の後、我々は豊後に戻ることにした。

「これは殿が直々に出向く仕事だったのでしょうか?」

 とこの交渉で仕事が山積みになったであろう臼杵が言う。


 流通の確保は大事だぞー。

 特に石見銀山から採れる鉱石とか銅鉱山なんかはいくらあっても足りないくらいだ。

 貿易の基本は足りない物と余っている物の交換である。

 だが、地域が近いと似たような商品ばかりになる。

 藍染の染料とか紙、針など日用品だって他国から輸入すれば手間が省ける。代わりに豊後では明礬や硫黄を送る。火山のない所では手に入らないものなので九州以外なら商品となるのである。

 村上水軍を水先案内とした海運は大友家と大内家の領地に設置する。

 二点交易でも三点交易でもよいが、各地に荷物を運んで売りさばき、新たな商品を買う。

 こうすれば各地がにぎわうし豊かになるだろう。

「…という儲け話を用意したのだが、仲屋よ、おまえに差配できるか?」と同乗させた商人に尋ねた。

 いかめしい鬼面を外すと、町人風の男の顔がでてきた。

 仲屋乾通(玄通とも)。豊後の大商人 仲屋宗悦の父である。

 

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 金本位制の時代と違い、国債と言う信用でお金を発行している時代だと『金は命より重い』という漫画の言葉を真に受けてはダメだなぁと思う今日この頃です。

 金は人が生みだした価値を交換し貯蔵するための道具。

 そんな認識が正しく運用される世界になればいいなと、このコロナの時代を見てると思います。

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