第36話 呪われたガラス(廉価品)

「殿!ガラスというものが出来ました!」

 無月さんが興奮しながら報告に来た。

 石英と呼ばれる、石に含まれる透明な部分を集めて1000度くらいで溶かしたものだ。

 日本では平安時代以前はガラス製品は貴重品として重用されていたが、平安時代になってからガラスの遺品はほとんど見当たらなくなったと言う。これは、陶器が発展したためと言われている。

 あるいみ失われた技術が復活したと言えるだろう。


 化学実験で、中身が見える透明な器の開発は必須だ。不純物が多くて透明とは言えないが、それでもすばらしい事である。

 石灰石を混ぜた水に二酸化炭素を吹き込むと真っ白になる化学実験なども透明なビーカーでやらないとその凄さが分からないが、これでやっと見せる事が出来る。

 これで化学への興味が増せば幸いだ。

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 肥後の戦いで情報を待っている間、俺は粘土を利用した3Dのミニチュア地図を作らせる…という名目で無月さんたちと連絡を取っていた。


 本当なら実験などに立ち会って進捗の確認をしたいのだが、殿様だと政治をしながらの二足の草鞋なので分業するしかないのである。

 家臣とか下っ端だったら現代技術の研究にだけ集中できるけど、殿さまとは360日24時間営業年中無休のブッラク職だ。(陰暦のため390日の場合あり)

 自由な時間は限られている。はやく誰かに押しつけたい…。


 おっとついつい愚痴ってしまった。

 同時並行で鍛冶屋に作成させていたピンセットや鉄製の器などの実験道具を無月さんに使い方を説明すると、気体の概念を再度共有し、水上置換法などの気体を集める方法を行って見せた。

 またネジとドライバー、六角ナットにスパナを型どりし、大量に生産できるようにした。

 ホームセンターですぐ購入できる金具も、この世界だと一からつくらないといけない。

「この「なっと」というのは「ねじ」とは違うのですか?」

 と高田の鍛冶屋が聞く。

「ネジは基本的に一度きりだがナットは外して使い回しができるし、ドライバーよりも力を込めて回せるから建築で効果を発揮するんだ」

 鉄砲伝来でネジは知られていたが、建築には応用されてなかったらしい。


 肥後の領主が自治権と菊池への義理で揺れ動く中、府内では新技術の開発がどんどん進んでいた。

 他の領主との折衝で、堤防工事以外の公共事業は行えないが、化学実験とか小物の製造ならできるからな。


「ガラスですか。これで何をしますか?」

 さねえもんが懐かしそうにガラスを見ている。

 本来なら建築資材に使いたいが、ガラスは希少品なので、まずは技術発展のために使いたい。

「まあフラスコとかビーカーとか、中身が見える容器を作ったり、顕微鏡とかも作りたいな」

「戦国大名なら、望遠鏡で敵を見たりしましょうよ…」

 あきれたように言われた。たしかにそう言った使い方もあるか…。

「しかし、科学様はすばらしいですな。このように熱に強く中が見える素材ができるとは」

 と、無月さんが感心している。まあ自然だと滅多に見ないもんね。

 ほかの僧侶も「このような珍品、王侯貴族でもないかぎり所持できなかったでしょう」と興奮している。

 そういえば、今年くらいにヨーロッパ宣教師が大内さんところにガラスの器とかワインを贈り物として渡していたっけ。

 これで「未来の日本では一般民衆の家で、障子の代わりに使ってる」とか言ったら卒倒しそうだな。

「それだけ貴重な品だったら一部は芸術品にして、幕府への貢ぎ物にしても良いかもしれないな」と言うとさねえもんが。

「どうでしょう?財宝を巡って殺しあいが起こりそうな気がしますが…」と難色を示す。

 まさか原価100円程度のガラス細工でそこまで…と思ったが、日本では滅多にないものを持っている。というのは確かに希少価値がでるかもしれない。

 信長が価値を爆上げした茶器なんか「名物狩り」と称して強制的に買い上げてるし、福岡の秋月氏なんて、8千貫以上の価値がある「楢柴」という茶入れを商人から奪い取っている。

 一応、面目を保つために、はした金だけ渡しているが、この「楢柴」は宗麟が銀2千貫と一ランク下の茶器のセットで譲ってくれと博多商人に頼んでも譲らなかった貴重品なので、完璧な強奪である。

 九州の名家とか言われて戦国末期に暗躍する秋月家だが、やっている事は盗賊と変わらない気がするのは気のせいだろうか…。

 まあ「ゆずってくれたのむ」よりも「ころしてでもうばいとる」方が一般的なこの時代。よけいな火種を送るのは良くないかもしれない。

『呪われたダイヤ』と呼ばれたダイヤモンドがあったけど、希少価値のあるものは製作者の意図を外れて不幸を呼ぶ可能性がある。

「ある程度限定生産してから売った方が良いかもしれないな」

 唯一品だと殺しあいが起こるが、数が出回れば強奪より購入の方が良いと考えられるだろう。そう信じたい。

「芸術品は半年後、ガラス瓶とかコップは3年後くらいから段階的に一般販売するのが良いかもな」

 これが上手くいけば「土地以外の給料はありえない」から、「ガラスという投機価値のある財産でも支給可能」になるかもしれない。そうなれば、給料問題は解決する。

「このガラスの器一つが、一国の価値がある」とか言えば戦場での褒美を自分で作れるのである。

 まあ、成功の保証はないが試してみよう。

 それまでは実験用道具中心で生産することにした。

「さらにガラスの製造技術が進めば瓶に食料を入れて、加熱しましょうよ。そうすることで長期保存が可能になりますし」と、さねえもんが言う。

「え?それはどう言うことですか?」無月さんが聞く。

「食べ物は細菌という小さな生き物のせいで腐るのですが、密封して高熱状態にすると細菌が死ぬから腐りにくくなるんですよ」

「そうそう。たしかナポレオンだったかな?懸賞金を出して食料の保存方法を募集して採用された方法だったけ。、これで進軍が有利になったんだけど、割れやすくて…」

 そこまで言ってから俺とさねえもんは、はっと気がついた。

「……………肥後の軍に缶詰渡しとけばよかった…」


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 史実でも瓶詰めでの保存は重いし割れるし重たいから、もっと安価で軽い缶詰に移行したのであった。

 こっちの方がは簡単に作れるのに、何で思いつかなかったんだろう?…うっかりしていた。


「食料は現地調達って戦国式の考え方に毒されすぎましたね」

 …うう、この蛮族のような常識が憎い。

「二回ほど実験して成功したら、送ることにしましょうか…」

 そうだな。あと肥後では戦いが始まりそうだし、ついでに特殊な訓練を受けた大工さんも送っておくか…。

「大工ですか?」

「ああ、元々建築系男子だからな。何人か引退した大工に新人を育成させて練習させておいたんだ」

「…最近、やけに建築物が増えていると思いましたが…もしかしてアレをやるんですか?」

 さねえもんが『パクリだ』という目でこちらを見る。

 まあ、他人のアイデアを奪うのは気が引けなくもないが、無駄な人死にが出ないようにするにはアレが一番やり易い。なので俺は胸を張って答えた。

「うん。秀吉よりも頑丈で凄いのを作る予定だよ」


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 大友晴英率いる土木工作部隊は大友家本隊から好評だった。

 歩きにくい道の石を撤去し、地面をならし、大八車が通りやすい用に簡易的な舗装までしているのである。

 ふつうなら農作業しか経験してない足軽が行う作業を、手慣れた手つきで行う彼らは多少の尊敬の目で見られていた。

 これは実家で穀潰し扱いされていた彼らの自尊心を多少ならず回復していた。

 兄である宗麟から荷物が届いたのはそんなときだ。


「兄上から鰯が届いた?」

 肥後で指揮を執っていた大友晴英は怪訝な顔をした。

 冷凍技術のない時代、山間部にすぐ腐る魚を届けるのは難しい。

 ふつうは天日干ししたあじの開きなどで日持ちがする加工品を送るのが一般的だが、鰯は身が弱いし腐りやすい。

「なにかの間違いではないのか?」と言いながら渡された味噌付け鰯の缶詰と呼ばれたものを特殊な道具を使いあけた。

「これは、ふつうの味噌漬けのようですな」

 ベッキーこと戸次副現場監督がにおいを嗅ぐ。

 腐ったものでは無いらしい。

 干し飯を投下し、鉄の器を火にかけて食べてみた。

 平気なようなので晴英も、さじを口に運ぶ。

 そして二人は顔を見合わせてうなずくと、こう言った。


「鉄臭い…」


 真鍮や亜鉛ではない即席の缶はあまり出来が良くなかったようだ。

「まだまだ改良の余地あり」と礼状に添えて返事を書くと、ベッキーは晴英に「五郎様はどのような用向きでこられたのでしょう?」と問いかける。

「うむ。敵の士気をくじくため、強力な味方を遣わした。とある」

「強力な味方ですか?」

 そういって使者と共に来た一団を見る。総勢100人ほどの集団だ。皆、鎧もつけず鋸や鉋を持った身軽な格好。

 そう。まるで大工集団の用である。

 そのリーダー的存在から、晴英は一枚の書状を渡された。

 そこには版木ですられたような文字で、こう書かれていた。


『一夜城作成の日程;』


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 秀吉の墨俣一夜城は3日位時間がかかったとか言われてますが、江戸時代の講談本で一夜城になったのだとか…

 クレーンとトラックのある現代ならプレハブ持ってきて2時間で終わりというのも(水道管とか無ければ)可能ですが、道路事情の悪い戦国では無理ですね。

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