第21話 水車から化学繊維をつくってみよう(悪戦苦闘編)
「田原は大友家を試しておるようです」
そう長増が報告してきた。
あれから3日後に田原から返事が来たのだが、それによると『すぐには帰れないが七月中には戻る』と書かれていた。
それまでの間に肥後の反乱を片付けろということなのだろう。
「まあ国東の反乱が抑えられたのと、大内と交渉した事で豊後が攻められる恐れは少ないと周知できただけでも良しとしましょう」とさねえもんが言う。
待てよ、8月に史実の宗麟が「これ以上戦いが長引くなら自分が直々に出陣する」って言ったのは、田原が来たからなのだろうか?
それとも、反乱が鎮圧出来なくて田原が来ないからしびれを切らしたからなのだろうか?
どちらにせよ、油断は禁物だな。
「まあ、大内の加勢を当てにして筑後で反乱を起こした者達は少し攻めれば、すぐ降伏するでしょう」と長増は言う。問題は菊池義武と肥後だけである。
俺は長増へ交渉の礼を言うと肥後領主の調略について家老たちを交えて相談する事にした。
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「ああ、疲れた」
地図を交えた2時間にわたる話し合いが終わって俺は伸びをした。
会議ってのは肩がこるもんだ。
さて、戦争になるまえに領民を快適さに慣れさせて堕落させる計画を早く進めないといけない。
今のクッソ不便な状態のまま、なにかの間違いで「殿、御出陣を」などと言われたらたまったものではないからだ。
「何か悪い事を考えてますね」
さねえもんが人聞きの悪い事を言う。俺はただ皆の生活を快適にしたいだけなのだ。主に俺のために。
そう、そのための準備は着々と進んでいる。
「水車ができたんでね、銅銭を鋳つぶして発電モーターを作ってみたんだよ」
「あんた、戦国時代に何てもん持ち込んでるんですか」
電気と言うのは磁石の周りでコイルを回せば発電できるので楽である。
酢と金属で発電しても良いのだが、それだと電圧が低い。
「で、電線も整備されて無いのに電気を使って何をたくらんでいるんですか?」
「電気分解で苛性ソーダを作ろうと思う」
中学の理科の授業で、水溶液の中に電極を差し込むと電極に結晶が出来る電気分解と言う現象を勉強した事を覚えているだろうか?
これで塩水を分解すると水酸化ナトリウム、別名荷性ソーダの元が手に入るというのを思いだしたのだ。
石灰石とは少し違う、透き通った白い結晶の固まりを想像しながら、分解されるのを待つ。
「苛性ソーダですか?それで最終的には何ができるんですか?」
「化学繊維、レーヨンだよ」
建築現場から出る木材ゴミを処分する時にお世話になる木材処理業者さんが一度、竹で作ったタオルというのを持ってきたことがある。
竹のタオルというと、堅くてチクチクしそうなイメージだったのだが、これが通常のタオルと変わりないフカフカしたものだった。
「何であんな堅い竹がここまで柔らかくなるんですか?酢にでも漬けたんですか?」と聞いたら「いえいえ、レーヨンに変換してから編んだんですよ」と言われたのだ。
「レーヨン?」
「レーヨンと言うのは木とか竹の繊維を一度アルカリで溶かしたものを糸状にしたものです」
コンクリートの説明時、アルカリは人間の皮膚を溶かす性質がある事はお話したが、苛性ソーダは強アルカリ、有機物を溶かす物質なのである。
一度溶けたビスコースと呼ばれる状態の有機物を、酸で中和すると液状から固体に戻る…らしい。
実際に生産過程を見た事がないのでまた聞き知識なのである。
ただ、鉛を溶かして冷やすような作業がアルカリと酸に変わっただけだろうと思う。
「まあ、木切れとか竹で服が作れるようになれば布団や防寒着も作り易くなるだろうから、冬になるまでに仕上げたいと思うんだよ」
そうでなくても強アルカリの苛性ソーダは重曹とか石鹸の原料になる工業の基本物質らしいので、作れるようになって損はないだろう。
「へー、中学で習った勉強がここで役立つとは思わなかったですね」とさねえもんが感心したように言う。俺も危険な薬品を被ったら速やかに水で洗いながら、場合によっては中和剤をかける位しか役に立たなかった知識なので、ちょっと楽しくなっている。
どんなふうに結晶が生まれるのか?たらいに注いだ塩水と電極を眺めながら久々の化学実験に興じたのである。
そして待つこと10分
「…………何もできないな」
そういいながら、理科の教科書に書かれた図と、科学式を書き出す
塩のNaClと水のH2Oが電気で分解されて、NaCl+H2O=NaOH+HClと水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)と塩化水素に分解されるはずなのである。
テストだとそう習った。
だが、NaOHの塊は一向に出来る様子がない。
「変だな」
電気が流れてないのかもしれないと思って銅線をさわってみたらビリビリしびれた。(※危険ですので絶対まねしないでください)
ひどい目にあった。早く電線を覆うゴムがほしい。
「あれ?この図の真ん中になんか点線が入ってませんでしたっけ?」とさねえもんが電気分解の図を指さしていう。
そういえばなんかあったな。さすが現役学生。俺よりも記憶が確かである。
「確か、イオン交換膜って名前だった気がしますよ。これがないとダメなんじゃないですか?」
ああ、そういえばそんな名前だった。それって何でできているんだっけ?
「さあ?電子だけを透過するフィルムみたいなものだったと思うんですけど、ググれば分かるんじゃないでしょうか?」
そうだねー。グーグル先生がいればいいんだけどねー。もしくはネット通販。
異世界にスマホが使えるって凄いチートだしネットで買い物ができるって激甘設定なんだなーと思いながら、この世界に呼びだした野郎にちょっと怒りを覚えた。
フィルムと加セロファンなどは当然ないので鉄板とか和紙とかを使ってみたが、やっぱり上手く行かない。
せっかくの化学実験は失敗したようだ。
「こうした試行錯誤の積み重ねがチートの源なんですねー」
そうだな。俺たちは誰かの発見の結果を知っているから、到達点からどう使えばいいのかまで分かっている。
だが、最初に発見した人はゴールすらあるのか分からない状態からスタートしているのだから頭が下がる。よく見つける事ができたものだ。
さすがに高分子化合物を利用したチートものは読んだ事がないので、これ以上は進展しなかった。初めての失敗だ。
「空気からパンを作るって言われたハーバーボッシュ法とかもちゃんと覚えてたら、この世界で無双できたかもしれないんですけどねぇ…」
……アンモニアと窒素化合物を作るような化学合成は家の手伝いとか工事現場ではやる機会がないから、全く覚えていないな。
こうして考えると高校の化学って机上の空論をいじってた気がする。
「まあ、気体はガラスの瓶とか空気を漏らさないゴムが必要ですから、今の日本だと作るのは難しそうですね」
そっかー残念だな。専門外だとチートは難しいな。
「そうですね。現代科学は世界中の物質が自由に行き来できないと材料がそろいませんから、知識だけではどうにもできない部分がありますよね」
「そうだなー。せっかくスクリュー使って塩を10kg用意したのになー」
「それ、十分チートですよ!!!」
さねえもんからツッコミが入った。
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昔、関東系の戦国転移物でアルキメディアンスクリューというものを見た事がある。ねじのようになったスクリューを回転するとポンプのように下の物質が持ち上がる、ギリシアのアルキメデスが発明した機械である。
これは薄い鉄板を加工することで再現できた。
そこで、高田の鍛冶さんについででスクリューも作ってもらったのだ。
「アルキメディアンスクリューで海水を陸地に上げる事ができたのは分かりますが、それでどうやって大量の塩を作ったんですか?」
「うん、沖縄の塩作りの人のアイデアをテレビで見たんだけどね」
戦国時代の塩づくりは、要点を抜き出せば、海水を砂浜で蒸発させて、塩がたくさん混ざった砂を煮詰めて塩だけを取り出す方法である。
これだと大量の砂をいちいち煮詰める必要があるし、不純物を取り除くのも一苦労である。
「製塩は、要するに海水の中から水分を蒸発させて、塩だけを取り出せばいいんだよ」
で、テレビの人はガラスケースの部屋で、海水をスクリュープロペラで吹き飛ばしていたのである。
空気中を漂った海水は壁に付着し、塩だけ残して蒸発する。この塩が結晶化して壁にこびりつくので、こそぎ落として煮沸すれば純度の高い塩がとれるという寸法である。
この時代にガラスはないので
「まあ、塩なんて海があればどこでも作れるし、こんなしょぼい発明じゃあなぁ…」と言ったら「殿は敵に塩を送ると言う言葉をご存じないのですか!」と、さねえもんから怒られた。
長増にも見せたら「即刻、他人から見えないように地域の封鎖を。国の事業として機密を知った人間は即刻捕えるように」とまじめな顔で言いだしたので慌てて止めさせた。
スーパーなら1kg200円で買えると思うんだけど…
その後、この時代の塩の値段を聞いて「塩商人になろうかな?」と思ったのは内緒である。
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高校でかじった科学も経営者目線から見ると楽しいのですが、一般人だと役に立てるのは難しいなと思いました。というか、こんな話書くまで化学繊維はどうやって出来るのかとか考えもしなかったです。
元々「布団作るなら化学繊維必要だよなー」と思って調べたら、障害の多さに驚いたので、なぜ実現できないのか問題点を上げることからはじめました。
何とかして戦国でも実用化できる方法を考えていきたいと思います。
まずはハーバーボッシュ法からどうやって実用化できるか?思いついたらこの話は進むと思います。
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