3.ジェイブルー緊急出動!


 藍子は困ったような顔だったが、海人はあからさまに嫌そうな顔をしている。ここで家族感を出すのを嫌がっているのだろう。藍子からも海人はなるべく『御園の子』という立場にならないようにしているみたい――と聞かされていた。


「やめろ、英太。勤務中はそういう家族関係や恋人関係は出さないようにして努めているのだろうから、そっとしておけ」


 いままでもそんな声をかけたことはないのに、いきなりどうしたと、いつものようにリーダーのクライトン中佐が相棒のバレットを諫める。


「いや、アイアイとクインが婚約したからつい」


「ついじゃない、座れ」


 鈴木少佐がまるで叱られた少年のようにしゅんとして座り込んだ。


「俺が話してくる」


 クライトン中佐が席を立った。バレット英太が思わず声をかけてしまったことをリーダーとして詫びに行くのだろうとエミリオは思った。


 コバルトブルーのパイロットスーツをお揃いで着込んでいる藍子と海人が、アグレッサーのリーダーが詫びに来たので戸惑っている様子を見せている。


 アグレッサーのリーダーが話しかけてきて、二人とも恐縮している様子だった。


 遠くにいるため、我がリーダーと彼女と海人がなにを話しているかは聞こえてこないが、藍子がはにかんだようにそっと微笑み、海人もそんな藍子をからかっているように見えた。


「サラマンダーのリーダーから代表して、婚約おめでとうとか言っていそうだな。アイアイも基地ではあんな女らしいかわいい顔はあまりしないよな。珍しい」


 銀次も遠くにいる藍子を見てそう言ってくれる。


 彼女がいままでパイロットとしてクールに振る舞っていたからなのだろう。ほんとうはとても女らしい内面を秘めているし、暮らしぶりも大人の女性として申し分がない。


 最近は基地でも婚約が知れ渡ったせいか、藍子はやわらかい表情を見せるようになっていた。


 いつもは、御園家のお坊っちゃんの相棒姉貴としてしっかり者の顔をしている藍子も、フレディ兄貴と話している表情はとても優しい。


「クインが射止めたのか、クインが射止められたのか。謎になっているよな。おまえたち、馴れ初めも曖昧だから、お祝い会で散々つっこまれるぞ。藍子を守ってやれよ。俺らのバカ騒ぎに藍子は慣れていないだろ?」


 銀次に言われて、エミリオもやっと気がつく。つまり、そういうことのための『お祝い会』なのか!


 しかしクインはここでも表情は露わにしない。


「わかりました。気をつけておきます」


「しかしアイアイ。なんだか風格が出てきたな? 岩長部隊長が後継のひとりとして育てようと重宝しているようだし、なんたって御園家長男の相棒だもんな」


 彼女は既に選ばれた人材だと銀次が言いだした。


 今日も黒髪をひっつめてひとつに束ねているその顔は、女性ながらも凛々しく、その隣にいる栗毛の日本人離れした貴公子のような顔つきの坊ちゃんといても見劣りしなかった。


 そんなアイアイを、エミリオは満足げに見つめていた。アイアイのクールな佇まいも、藍子の優しい女性らしさもエミリオは好んでいて、そして夫になる男として誇らしい。


「おまえ、いま、すげえ藍子を愛しそうに見つめていたぞ」


「そうですか?」


 また銀次に言われてしまったが、エミリオは澄ました顔を保つ。だが『やばい、俺、絶対に惚けてる』と自覚していた。


 フレディ先輩と彼女と海人が話し終えて別れた。二人がいよいよ食事とトレイを手にした時だった。




《 ジェイブルー900隊の隊員に告ぐ。基地内にいる隊員は至急、部隊まで集合せよ 》




 カフェテリアや棟舎内の放送スピーカーからそんな指令が繰り返される。


 滅多にないことだった。緊急事態の棟内放送があることもあるが、余程でないとこんなふうにはならない。


 だからなのかカフェテリ内がざわついた。そして藍子と海人が持ったばかりのトレイを手放し、二人揃って駆けだした。


「なんだ、どうしたんだ」


 リーダーのフレディ先輩も落ち着かない様子で戻ってきて、カフェテリア内を見渡す。


『見ろ。ジェイブルーが1機、離陸していく』


 誰かの声に、サラマンダーのパイロットたちも席から立ち上がり、すぐそばにある窓辺へと向かう。


「シフト外のペアだよな。待機させているパイロットまで出場させるだなんて」


 銀次がパイロット時計をみつめる。エミリオの心もざわついて落ち着かない。


 さらにもう一機、離陸していく。これでシフト外のジェイブルーが二機も現場へ向かわされた。


 そのうちに、先程までカフェテリアにいたのに、藍子と海人が揃って滑走路へと向かっていくのが見えた。彼女たちだけではない。菅野と城野のジェイブルー先輩ペアも一緒に走っている。


 その先には既にジェイブルー908機と907機が待機していた。


「うそだろ、もう二機投入するのか」


 流石に銀次が青ざめた。そしてエミリオもだった。もう心が騒ぐどころではない。


 そんな婚約者の心配も余所に、カフェテリアの窓辺にジェイブルー二機が上空を目指し離陸していく飛行が映る。


 さらにカフェテリアがざわつく。『東南沖でなにかあったに違いない』、『また大陸国の接近か』、『朱雀か』――。


 通常の配置機数に対し、さらに四機投入。しかも緊急で呼び出され、指令を受けたのはアイアイとサニー、カノンとキャシーのペア。


 そんな緊急で飛び立つだなんて、まるでスクランブルのようではないか。そんな役割をしている飛行隊ではない。


 機首を上げて青空の雲間に向かっていくジェイブルー908機。そのコックピットに見えるパイロット、操縦席。そこにエミリオの妻になる彼女がいる。


 こんな気持ちになるのは初めてだった。いままでは自分も含め、彼女も同様に任務に向かうのはパイロットであり隊員である責務。彼女にもそうであって欲しいとエミリオは思っている。彼女が女身で頑張ってきたことを知っているから、無駄にして欲しくないと思っている。


 なのに――。領空の境目でなにかがあって、計画以外のフライト指令が出たのだろう。ということは、ある意味緊急事態があったということ。


 こんなふうにしてパートナーになる彼女を見送らなくてはならないのか。逆に言えば、いま感じているエミリオの気持ちを、これから陸で待つ妻になる藍子が感じるということだった。


 こんなに……、心配で堪らなくなるだなんて。


「落ち着け。座って食事をするんだ。後で俺が部隊に確認しておく。ミーティングで報告をする」


 リーダーのフレディ先輩のクールな声に、アグレッサーのパイロットたちも席に戻って食事をする。


 そのランチを終え、午後の事務作業時間を終えると、夕間近にはミーティングを迎える。


 サラマンダー飛行部隊、部隊長であるウィラード大佐から報される。


 東南沖でいつになく多い編隊で接近してきたため、追跡を怠らないために待機中のジェイブルーにも発進してもらったとのことだった。


 藍子も含め、どのジェイブルーも無事に帰投したと聞いて、エミリオはほっとする。


 大陸国から東南沖を狙ってやってくる回数も機体数も増加している。


 その記録を残すためにジェイブルーが追跡をする。または早めの牽制をする。ただし戦闘能力がないから、スクランブル部隊との連携は必須。


「では。本日、ジェイブルー部隊が撮影してきた大陸国機接近の様子と、スクランブル部隊の措置対応について分析をし、演習プランを構築していこうと思う」


 ウィラード大佐とリーダーのクライトン中佐が先ほど何機も空に出て行ったジェイブルーが持ち帰ってきた映像を早速見せてくれる。


 アグレッサー部隊には、近日撮影されたばかりの映像がすぐに届く。それを参考にして近況の情勢を分析しすぐさま演習に反映させるのが使命でもあった。


 その映像をサラマンダーのメンバーとじっと無言で集中して確認をする。


「お、これ。908のアイアイとサニーが撮ってきたヤツだな」


 銀次も気がついていたが、エミリオもすぐに気がついていた。映像の片隅には本日の日付と機体名が表示されている。


 その映像には、藍子と海人が搭乗しているコックピットの向こうに幾重にも編隊を組んでいる大陸国の飛行隊が見えた。


「毎度の朱雀のみが接近をしてくるが、向こうに見える四機編隊が二隊、合計八機はあの位置を保持して接近はなかったとのことだった」


 今回は多数でやってきたぞと見せかけるために、朱雀のバックに飛行隊を引き連れてきただけのようだった。それでもいつあの八機も領空へ接近してくるかわからないから、それはそれでこちら日本にもプレッシャーになることはかわりはない。


 思わぬ機体数で来たために、記録撮りをするジェイブルーを増やして備えたということらしい。


 そしてウィラード大佐がアグレッサーのパイロットたちに告げる。


「御園連隊長と確認を行ったが、こちら指揮官側の判断は『東南沖を監視するジェイブルーが増えたことを大陸国が感じるようになった』、小笠原にジェイブルー部隊が増設されたことを察知したのだと思う。その配備の規模を推し量るために『このように攻めた場合、どれだけのジェイブルーがどのような対処のために飛んでくるか確認をするための動き』と考えている。これを踏まえた演習プランを組み立てるように」


 サラマンダーのパイロットたち全員が『ラジャー』と答える。


 そこから本日の演習に関するミーティングが始まる。この時間の話し合いが白熱すると帰りが遅くなることもあった。


 ただ。今夜、藍子の帰りは深夜。一緒に夕食をとることができないから、何時に帰っても同じかとエミリオは残念な思いで密かに溜め息をつく。


 この前、藍子が作ってくれた『夏野菜のアーリオオーリオ』は美味かったなあ。あれもう一度作ってもらおう――なんて思ってしまう。


 それに帰ったら藍子のベッド、洗いざらしのシーツの上で文庫本を読んで待っていよう。食後は美瑛のお父さんからもらったローストが深いコーヒー豆でカフェラテだ。


 おまえ、いま連絡先は藍子の自宅でいいんだよな? 最近、皆にもそう聞かれエミリオは『そうですよ』とあっさり返答していた。


 今夜も藍子の家に帰るつもりのエミリオだった。


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