15.ジェイブルー岩国105、合格!?


 無事に岩国基地へ、輸送機で帰投。


 研修を終え、いつものシフト業務に戻った。


 祐也とも相変わらず一緒に飛んでいる。いままで二人でなんとかしようとしたことも、一切話題にしない触れないことでやり過ごす。


 仕事の話だけ、仕事の時間だけ。割り切った日を送るようになっていた。そして相棒解消の話も保留のまま。


 それでも研修の評価というものが届くのを待っている。あの透明性を感じられなかった減点方式の研修の意図と真意、そして評価を知りたい。


 あまりにも酷い評価だったら、それが私たち岩国105の結果だ。それも見極めたい。


 その日が来た。小笠原から岩国に帰ってきて五日後のことだった。当初の予定の十日間の研修が終了した頃になるのだろう。


 岩国ジェイブルー飛行隊の部隊長に呼ばれ、藍子と祐也は指揮官デスクへと向かう。


「研修、ご苦労様だった。小笠原のサラマンダー部隊長であるウィラード大佐から研修の通知が届いた」


 その結果が岩国部隊長、河原田中佐のノートパソコンに送信されたとのことで、その内容を通達してくれる。


「こちら岩国に帰投した時、アイアイもカープも『早々のエリミネートになって申し訳ありません』と俺に報告してくれたな」


 帰投したその日、その足で挨拶と報告にて、河原田部隊長を訪ね、藍子と祐也はともに詫びた。だが河原田中佐は『研修評価の通知を待つように』とだけしか言わず、特に最初のエリミネート組になったことを諫めはしなかった。


「減点方式のアグレッサーとの演習だったわけだが、岩国105と千歳556が五日目の演習で『侵犯』をしたことで、持ち点ゼロ、研修終了となっている」


 やっぱり! ガンズさんとジュニアも藍子たちと同じ『侵犯』を選んで持ち点ゼロになっていた! 藍子と祐也は顔を見合わせた。


「今回の研修で選ばれた十組のなかで、侵犯を選んで持ち点ゼロになったジェイブルーのペアは、うちの105を含め三組のみとのことだ」


 あともうひと組、同じ状況を選んでいたペアがいたらしい。だとしたら、持ち点が多く残っていて五日目は侵犯を選んでもゼロにならなかったということなのだろうか? ジェイブルーとしてテクニックがあるペアということになる。


「あとのペアは持ち点ゼロを恐れ、キルコールで演習終了になる選択をしたペアだったそうだ」


 そこで河原田中佐はパソコンモニターから目を離し、藍子と祐也を交互に見た。


「合格だそうだ」


 え! 目を白黒させ藍子はたたずむ。隣にいる祐也もそうだった。


 藍子より先に正気に戻った祐也が、急く心を抑えに抑えた声で部隊長に詰め寄った。


「どういうことですか。最初に持ち点ゼロになって、他のペアより先に研修を終了することになったんですよ」


「だからそれが合格という意味だ。面談の内容も含めた上での合格だ。もっといえば千歳組も合格している」


 一番先に研修を終了していたのが正解? 藍子もわけがわからなくなってくる。でも、いま思えば、千歳組はそこの意図に既に気がついていて、だから研修を終了しても余裕の顔で帰投していたのかもしれない、そうとも思えてくる。


「さらに。その侵犯を選んだ三組のみ合格している。あとのペアは不合格の通達が届いているはずだ」


「もうひと組はどこの基地の」


 まさか小松の? 藍子は一瞬そう思った。でも。


「沖縄のジェイブルーもひと組、いただろう。彼らだ」


 思い出した。どちらも中年の男性パイロットだった。大人で落ち着いているせいか目立たなくて、話すこともできなくて、どのようなペアなのかよくわからなかったひと組だった。


 藍子も落ち着いてきて、自分から質問をする。


「合格とはなにに対しての合格だったのですか」


「実は、この研修内容、俺は知っていた。ジェイブルー105をよこせと言って選抜したのは小笠原の教育隊アグレッサー部隊だったわけだが、本来の目的は、小笠原ジェイブルー飛行隊をもう一部隊増やすための研修だった。つまり、その新部隊に配属させたいジェイブルーパイロットを見極めるための研修だったんだ」


 小笠原にもう一部隊、ジェイブルーを新設する!? 藍子と祐也は絶句する。そして自分たちはそれに合格したということらしい。


「おまえたち二人が出向いた研修は十組だったと思うが、違う時期にもジェイブルー十組で研修をしていたらしい。今回が最終研修で四度目とのことだ。すべて四度の研修は減点方式で行い、『躊躇わずに侵犯を選んだペア』を合格としているとのことだ」


「待ってください。侵犯は防衛パイロットには重大な過失です」


 間髪入れずに口を挟むと、河原田中佐が藍子を静かに見つめた。


「もしあれが本物の追跡任務であったなら……。俺は、おまえたちが迷わずに侵犯を選び、無事に帰投したことを嬉しく思うだろう」


 険しいボスとしての眼差しが、部下を慈しむ目に変わった。部隊長がそんなふうに言ってくれるとは藍子は思っていなかったからそこで黙った。


「訓練の意味はなんだ。おまえたちの生きる道はなんだ。パイロットとして空を飛ぶ前、任務につく前になんと教え込まれた。『なにがあっても帰還する』ではなかったのか」


 まさに藍子の決断の核心はそこだった。生きて還らねば意味がない、あの時もそう思ったから。


「減点を恐れ、訓練だからとキルコールを容易に選ぶ、それこそが間違いだ。千歳組にはさらに迷いがなかったそうだ。それもそうだ。あのガンズさんなら若いパイロットを後ろに乗っけているなら迷わずに生きて返すことを考える。御園海曹もあのミセス司令の息子だ。あの人の生き方を子供の頃から見ていれば『無事に部下も自分も帰還する』意味を刷り込まれていたと思う。または母親が任務へと航海に出ていれば、小さな心を強くして帰還を待っていたことだろう。おまえたちは子供だったかもしれないが、コーストガード襲撃事件があった時、ミセスが艦長だった空母艦も襲撃を受けている。その時、御園隼人准将も妻と共に着任していた。サニーは、いや御園ジュニアは一人で細川正義中将と留守番だったそうだ。どんな気持ちで母親と父親の帰りを待っていたと思う。そんな経験をしている青年ならきっと待つ者のことを考えただろう」


 藍子と同じ思いの選択をしていた、あの千歳組が。それだけで藍子の心がふわりと緩む。自分は間違っていなかったという思い。


「もうわかったと思うが、減点方式というのは建前であって、どのペアも『侵犯かキルコールか』の二択を迫られる状況に陥れるやり方になっていたそうだ。非公式の減点はどのペアも等しく、毎日大幅に減点をしてプレッシャーをかけられていたわけだ。つまり心理的に追い込ませるツールにすぎなかったということだ」


 それで藍子も判ってくる。


「点数的に追いつめられたそこで、アグレッサーが侵犯をさせるように持っていき、侵犯をしなければキルコールという状況を作っていたのですね」


「そういうことだ。そこでまた心理的に追いつめられ、短い時間内の決断を迫られる。侵犯は重大過失キャリアを失う、キルコールは殉職の可能性がある。これは訓練、点数が残るようにしようと訓練を甘く見ていた者と、本番と同じ判断をした者と見極めたとのことだ」


 それが合格の理由らしい。


「そこでだ。全国のジェイブルーパイロットをいま選抜しているわけだが、ここで朝田准尉と斉藤准尉にその異動に意志があるかどうかの確認もするように言われている」


 異動!? 降って湧いた突然の状況に藍子も祐也も固まった。

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