電撃の新文芸『Unnamed Memory』/古宮九時

呪われし王と、世界最強の魔女。禁忌の出会いは【運命】を書き換える。

著者:古宮九時 イラスト:chibi

https://dengekibunko.jp/product/unnamed/321809000028.html



★特別書き下ろしSS『負けず嫌いの百回戦』


 大国ファルサスの城には、一人の魔女が棲んでいる。

 この大陸に五人しかいない魔女。永き時を生きる彼女たちは災厄の象徴で、その絶大な力はただの脅威だ。

 中でも最強と言われる「青き月の魔女」は、自身の建てた試練の塔の最上階におり、そこを登りきった者の前にしか姿を見せないという。

 歴史の表には出ぬ、恐ろしく冷酷な魔女。――彼女はそう、言われていた。


            ※


「オスカー、遊びましょう!」


 王の執務室に現れた魔女は、言いながらオスカーの首に抱き着く。

 突然現れた自分の守護者に、若き王は微笑った。


「なんだ、急にどうした」

「遊ぶ相手がいなくなったので」


 腕を解いてふわりと宙で足を組んだのは、長い黒髪の美女だ。

 闇色の双眸と白皙の肌を持つ奇跡のように美しい女。

 青き月の魔女、ティナーシャは手元に木箱を転移させる。その箱に見覚えがあるオスカーは笑った。


「戦術盤か。面白いものを発掘してきたな」


 駒と手札を使い、盤上で戦術を競うそれは、古くから大陸に伝わる遊びだ。かつて戦乱に明け暮れていた暗黒時代に、戦争訓練の一環として生み出されたそれは、今では上流階級の手遊びとして嗜まれている。

 美しい魔女は、少女のようにあどけない笑顔を見せた。


「今日はお仕事そんなにないでしょう? 私と勝負しましょう。実は一通り勝ち抜いてきてもう相手がいないんです」

「別に構わないが。俺が勝ったら結婚するか?」

「なんで」


 恒例で突然の求婚に、ティナーシャは真顔になる。


            ※


 ティナーシャが作った試練の塔。

 そこをオスカーが踏破し、 彼女を守護者として連れ帰ったのは 数ヶ月前のことだ。幼少時に別の魔女から「子供ができない呪い」をかけられた彼は、その呪いの打破を願って彼女を訪ねた。

 だが彼女の返答は「解くのは難しいから、呪いに耐えられる強い母体を探した方がいい」というもので――その助言通りオスカーは彼女に求婚しているが、返事はずっと「嫌です」だ。

 それでも出会った当初よりは遥かになつかれている。同じ求婚を断られるでも「貴方、立場を弁えない愚か者ですね。寝言にもほどがあります」から「やですよー。私、魔女ですもん」くらいになってきた。

 無意識に向けられるようになった愛情に、このまま気位の高い余所猫から家猫になってくれないだろうか、ともオスカーは期待しているが、今のところ彼女にその様子は一切ない。何百年も純潔の魔法士をやっているだけあって、恋愛絡みの情緒が死滅しているようだ。彼にべったりだが、本人にはまったく自覚がない。


            ※


 ティナーシャはいそいそとテーブルに戦術盤の準備をしてしまうと、椅子に座る。オスカーはそれを見て、執務に区切りをつけると彼女の対面に座した。用意されていた手札を取る。


「俺もたまにラザルとやるくらいだからな。お前が強いのは年の功か?」

「二百年くらいやってます。年季が違いますからね。ぼこぼこにしてやりますよ」

「それは楽しみだな」


 幼馴染のラザルは、手遊びに付き合ってはくれるがあまり強くない。

 オスカーははりきる魔女を見ながら札を手元で並び替える。

 ――自信満々のティナーシャが、手札を投げ出し盤上に突っ伏すまではそう時間がかからなかった。


            ※


「え……勝てない……なんで……」

「なんでだろうな」


 呆然と呟く魔女は、四百歳過ぎにはとても見えない。猫のように目をまんまるにしているティナーシャに、オスカーは噴き出さないよう意識する。

 魔女は闇色の目で彼を見上げた。


「戦術盤の強さって、実際の戦争指揮に通じるものがあるんですよ。昔は指揮官の訓練に使ってた国もあるんです」

「そうらしいな。俺も最初それで習った」

「貴方、実際の戦場指揮に出たことそんなにないですよね!?」

「お前と出会う前だと大きいのが二度くらいだな。小規模戦闘は結構あるが、国家間戦争はさすがに経験がない」


 国の興亡が激しかった暗黒時代と違って、ここ十年はそう大きな戦争も起きていない。二十一歳のオスカーが国家間の興亡に関わったことがなくても当然だ。

 もっともそれは、ティナーシャと出会ってから起こった事件の数々を除いてのことだが。


 ぐんにゃりとしている魔女に、オスカーは問い返す。


「お前は実際の戦場に出たことってどれくらいあるんだ?」

「戦場で指揮を執ったのは百回前後じゃないですかね……。指揮官補佐とか後方支援を含むとその三倍くらいにはなります」

「そんなに参加してるのか? お前が戦線に立ったって記録、ほとんどないぞ」

「魔法使ってなかったですからね……。契約者の意向で魔女だってことを伏せてたりしましたし。それに、私が魔法で参加したらその時点で勝敗決まっちゃうじゃないですか。敵軍を焼き払って終わりです」


 ――それだけのことが可能だからこそ、彼女は「魔女」と呼ばれている。

 だが己の過ぎた力を脇に置いて、人として戦おうとするのは彼女の生真面目さがゆえだろう。

 ただそんな彼女は今現在、子供のように頬を膨らませている状態だ。


「そんなに参加してるのに貴方に勝てないって、どういうことなんですかね……」

「遊びだ遊び。拗ねるな」

「拗ねてないですけど! もう一戦しましょうよ!」

「そういって十二戦くらいしてるんだが。そろそろ条件つけていいか? 結婚とか」

「しーなーいー! しないけどもう一戦!」


 どう見ても駄々をこねながら、魔女は手札を回収して駒を並べ直していく。

 負けず嫌いな彼女に苦笑して、オスカーはそれを手伝った。十数分後、執務室にまた「みぎゃー!」という敗北の泣き声が上がる。


            ※


「分かった分かった。ティナーシャ、そろそろ別の遊びにしよう。手札をひたすら上に積んでいって高さを競うとかどうだ?」

「子供をあしらうように言わないでくださいよ! 私が負けたって思わなきゃ負けじゃないですもん! 今成長してますもん!」

「お前はどうして俺の前だと子供みたいなこと言い出すんだ……。じゃあ百回俺が勝ったら結婚な。それまでに成長しろ」

「受けて立ちます! 私の誇りと純潔をかけて!」

「面白いけど重くなってきたな……」


 ただの手遊びが段々後に引けなくなってきている。おかげで途中で訪ねてきた臣下たちも関わり合いになりたくないらしく、用件を済ませてそそくさと退出してしまった。ティナーシャが駒を並べ直す間、オスカーは置いていかれた書類を手に取る。

 手加減して負けてやってもいいのだが、ティナーシャは言うだけあってかなり采配が上手い。手を抜けばすぐに気づかれて文句を言われる。そういう人間だ。

 七戦目を越えたあたりから完全に負けず嫌いの子供と化している魔女に、オスカーは苦笑してお茶のカップを手に取った。だが既に中のお茶は冷めかけている。ティナーシャはそれに気づいて立ち上がった。

 彼女は当然のようにお茶を淹れ直しながらぼやく。


「たまに思うんです。もっと貴方が子供の頃に出会ってたら、色々こてんぱんにできたんじゃないかって……」

「とんでもないこと言い出したな。どうして遊び一つでそこまで思考が跳ぶんだ」

「だって貴方、私の二十分の一しか生きてないのに割と色々できるんですもん。もっと不可能の壁にぶち当てたい……人生のままならなさを味わわせたい……」

「魔女に呪いをかけられた上、お前に百回くらい求婚を断られてるのは、ままならなさのうちに入らないのか?」

「貴方、全然こたえてないですし」


 ティナーシャは新しいお茶のカップを彼の前に置く。元の席に戻ろうとする彼女を、オスカーはひょいと膝の上に抱き上げた。ティナーシャは目を丸くしたが、嫌がりもせず彼を見上げる。


「どうしました? 疲れちゃいました?」

「いや。楽しい」


 白い頬に口付けると、彼女は心地よさそうに目を細める。彼に気を許しきったそんな姿は、出会った当初には見られなかったものだ。ただ緩み過ぎてまったく無防備にもなってしまった。

 結婚していないのに夫婦のような距離感は、彼女自身の鈍感さとあわさって永遠の平行線に突入してしまった。おそらく何かきっかけがなければずっと変わりがないままだろう。



「……さすがにこのままはまずいか」

「何がですか?」

「結婚するか、ティナーシャ」

「まだ百敗してないのに!? しないよ!?」

「いや、そろそろ進展させないと面白いだけの毎日になるからな……。よし、百敗させてやるから、負けたら絶対結婚しろよ」

「そんな理由で結婚!? 正気!?」


 悲鳴じみた声を上げる魔女は、彼が本気と分かったのか膝から飛び降りると急いで自分の席に座りなおす。


 そうして勝負を再開して四十七戦目。

 ようやくティナーシャは一勝し――結婚の賭けは立ち消えになった。

 辛勝をもぎとった魔女が喜びよりも疲労感に満ちていたのは、度を過ぎた負けず嫌いの代償だろう。


 それでも彼女は懲りずに、時々戦術盤の箱を持ってオスカーに「遊んで」とねだりに来る。

 まるでかわりばえのない、幸せな日々の話だ。



                           おわり




☆☆この作品の最新作&他シリーズ紹介☆☆

世界の謎が明かされはじめる、衝撃の《書き換え》編スタート!

電撃の新文芸『Unnamed Memory IV 白紙よりもう一度』

著者:古宮九時 イラスト:chibi

https://dengekibunko.jp/product/unnamed/321906000049.html


そして、最新Ⅴ巻『Unnamed Memory V 祈りへと至る沈黙』が6月17日発売予定。

⇒https://dengekibunko.jp/product/321906000053.html


さらに、WEBで読者を熱狂の渦に巻き込んだ、珠玉の異世界ロードファンタジー

電撃の新文芸『Babel I 少女は言葉の旅に出る』も6月17日発売予定!

⇒https://dengekibunko.jp/product/321912000021.html

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