MW文庫『少女妄想中。』/入間人間
好きになったのが、“あなた”だっただけ。

著者:入間人間
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★特別書き下ろしSS『あかるい』
「明るくて前向きなものが求められているらしいです」
「えー……わたしにー?」
叔母の面倒極まりない、気怠そうな声にはどちらも一切感じられなかった。
お茶屋の奥、いつもの居間。毎日無事に訪れる、昼過ぎの時間。
ソファに寝転んだまま、こちらに向いていた足の裏が小さく上下する。
「明るくねぇ……意味もなく笑ってみる?」
「あ、いえお気持ちだけで」
「お気持ち一切ないけど」
確かに。なにも残らなかった。
それはさておき、叔母の素の笑い声は聞いていると不安になる。げひゃひゃとか今時、その辺の悪党からも聞けない。
「改まって明るくなれって言われても困らない?」
読み古した旅行雑誌を畳んで、叔母が起き上がる。
「明るくなるって良いことでもなかったら不自然だし、良いことなんて簡単に起きるほどその辺に転がってないし、そこに前向きとまで来る。大変に難儀だと思いました」
なぜか感想文のように締めて、叔母がソファの端に座り直す。そして、空いた場所を軽く叩く。意図を察して、叔母の隣へとお招きに預かった。臙脂色のソファに、足を揃えながら座る。
叔母は右目の視力を失っているので、並ぶ時は大体、私が左側になる。
「叔母さんは毎日、明るくないんですか?」
「どうかな、電球切れてるかも」
叔母の目の下に微かな陰りが宿る。聞いて、見て、むぅ、となる。
「私といるのにですか?」
「え」
叔母が固まって、一度目を逸らす。それから、迂闊な発言を省みるように、左の頬を軽く叩いた。
「あー、ごめんね」
「楽しくないなんて知りませんでした、ごめんなさい」
そっぽを向く。
「拗ねないでよ」
叔母が脇腹を突っついてくる。本当はそこまで怒ってはいないのだけど、素直に振り向けなくなって身をよじる。叔母は次に「ねぇねぇ」とやや子供っぽい声で頬を突っつき、それでも振り向かないでいると「まぁまぁ」とスカートの端を摘んで持ち上げようと「ちょちょちょきゃ!」
「あ、今ちょっと明るくなった」
さすがに黙って座っていられなくなって飛び跳ねる私に、叔母が穏やかな笑顔を向ける。笑うのはいいけどスカートを離してほしい、と頭が真っ白になる。まだ掴んでいるので、叔母の肩の動きに合わせてひらひらと大きく揺れるのだった。
「楽しそうね」
「楽しくはないです!」
「え、わたしといるのに?」
そういうことじゃないでしょ! と手のひらで顔を覆うようにしながら伏せる。
その指の隙間から、叔母を横目で覗く。いつもの格好すぎて、やり返しようがない。
「……叔母さんもたまにはスカート履いてください」
「めくるの?」
「めくり! ……ません……」
「なんか言葉弱くない?」
「もうそれはいいんです!」
勢いに頼って話題を打ち切る。叔母がじっとこっちを見ているので、「いいんです」と三回くらいなぞった。ついでにスカートを摘んでいる指を解く。名残惜しそうに指先を見つめる叔母は、なにを思ったか前屈みになって人のスカートの中を覗き込もうと「もう!」叔母の頭を押さえつける。落ち着いた見た目の割に悪戯好きの叔母は私の足の上で留まり、結果として、膝まくらのような形になる。叔母の髪の手触りは、今日も繊細なほど柔らかい。
「これはなかなか楽しい度があるかも」
「……そうですか?」
こちらを向いて窮屈な姿勢を維持している叔母が、大人しく控えめに笑う。
「あんたといると、楽しさの手触りみたいなのが簡単に分かって……なんていうか、悪くないよね」
「叔母さん……」
楽しいじゃなくて、明るいとか前向きじゃなかっただろうか。
まぁどれも似たようなものかもしれない。何色でも、光を見つめれば眩しいものだった。
「だから、わたしもちょっと明るくなってみようか」
「はいっ」
言葉も爽やかに叔母は、しかし晴れやかな表情から遠ざかるように難しげに唸る。
「姪が明るい……めいめい、うーん……」
「やっぱり、無理に披露して頂かなくても結構です」
「あかるーいー」
何も思いつかなかったのか、突拍子もなく歌い出す。作詞作曲、叔母の歌は。
「安易すぎません?」
「ぶーらーいーとー」
「いやあの……はい」
時には色々諦めて、笑ってみようと思う。
笑うために顔を上げたら、その先に明るいものが見つかるかもしれないから。
おわり
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