サード・フェーズ

「ブンドは投資はやらないでしょうね」エヴァレットは一応訊いておいた。

「そうね。産業体ではないもの。これだけ動いてもらって金も、というのはさすがに受けが悪いわ」

 エヴァレットは頷いた。

「ああ、そういえばアルピナには連絡したんですか?」

「いいえ。サフォンとトルキスにも連絡しないように言ってある。いくら彼女たちの紹介でも部外者だもの」

「でしょうね。いや、確認しただけです」

 着替える間少しばかりテレビをつけていたが、やはりニュースになっていた。どうやら情報の出所はアルピナだった。市長がギグリとの電話に記者でもつけていてそこから広まったのだろう。ただ市長にそれを明かすように進言したのはトルキスかもしれない。そうするように諭したのはブンドかもしれない。確かにニュースになった方がゼーバッハの動きを制限できる。安全確保にはいい策だ。ブンドにも頭のいい天使がいるということか。


「LBCといえば、ここへ来た時のステルス機の」エヴァレットは話を進めた。

「シャウナ。シャウナ・ケンダル。そうね、彼女に話を通してもらうつもり。1局独占で掴ませればいいスクープになる。出資を条件につけたとしても十分乗ってくると思うわね。出資だけでもメリットがあるし、何なら放映権をつけてもいい」

「そういえば今までメディアを頼みにしなかったのは――」

「ほとんどのメジャー局がすでにベイロン大会の放送をやっているもの。そこに新大会といって話を持っていっても足元を見られるだけでしょう。LBCもそれは同じ。だからスクープという状況に意味があるのよ。LBCも実質創設に携わることになるのだから。主催と協賛では責任感が違う、という話」

 大会運営の実務に関しては自分には理解の及ばない部分がある。エヴァレットはあまり踏み込まないことにした。

「しかしLBCとはいえ200万までは出さないでしょう」

「そう。半分でも高望みかもしれない。だからあとの半分はゼーバッハの後釜に集めさせましょう」

「後釜?」

「プガッティに私たちを『陥れた』責任をとってもらうのよ」

 実際のところエヴァレットはまだプガッテイが罠を仕掛けたのではないかと疑っていたが、ギグリはその線は考慮に入れていないようだった。


 10分ほど経ってベルベットが戻ってきた。

「LBCとゼーバッハの関係について、系列のホテルやレストランのCMを流した履歴はあったけど、その程度です。経営上のつながりは見えてこない」

「それならよさそうね。さて、まずどこから連絡すればいいか」

「電話は自由に使ってください。そこの回線の請求はブンド宛てになっているか」

「世話になるわね」

「いい機会です。私たちはあなたとの接点を大事にしたい。もし実行力が必要なら遠慮なく言ってください。組織の名誉を汚さない範囲でできる限り協力します」

「素朴な疑問なのだけど」ギグリは少し手を上げてベルベットを呼び止めた。

「はい」

「私たちのような金満はあなたたちの平等理念からすれば排斥対象のように思えるのだけど」

「ええ。構造的な矛盾ですね。私たちの活動は決して金にはならない。むしろもらう立場です。一介の労働者が寄り集まって出し合う額には限度がある。どうしても巨大な資産家を頼らなければならない」

「ふうん、なるほど。下心が見えたわ。いいわよ。気に入ったわ」ギグリはにやりとした。「私の大会は理念的にはブンドに通じている。そこから流れてくる資金ならクリーンだものね」

「ええ。だから、協力を」

 ベルベットはそう言って食堂を出ていった。彼女には彼女の仕事がある。歯医者を閉めているわけではない。

「利害ほど信用できる関係もないな」エヴァレットはベルベットの出ていった戸口を眺めながら呟いた。

「わかった?」とギグリ。

「ええ」

「……さて」

「まずはモラブチェクでしょう。前提ですから。でもその前にエトルキア製の装備を使っている諸侯を把握しておきたい」

「1時間で足りる?」

「30分で十分です」


 エヴァレットはマグダを呼んで荷物を開けてもらい、ノートPCとONU端末を電話線につなげた。

 ルフト政府は軍隊の透明性を重視している。連邦軍や諸侯の近衛隊の編成や装備、予算は毎年空軍省のウェブサイトと紙媒体の白書で公開しており、国内からのアクセスには制限がない。

 その上ノイエ・ソレスとソレスブリュックの間には大容量の光回線ケーブルが敷設されている。他の島ならば島外通信には電話同様に高額な利用料が課されるが、ソレスブリュックにある空軍省のサーバーにはほぼ何の手続きもなくアクセスが可能だった。

 データベースで検索にかけると、2000余りあるルフトの諸侯(自治体)のうち近衛隊を保有する諸侯が約250、うちエトルキア製の兵器がまだ目録に残っているのが約80、さらにエトルキア製の軍用機に絞るとその数は12だった。

 モラブチェクは飛行機メーカーだが、飛行機に搭載する銃火器やセンサーなども供給しなければならない。いわば仲買業者としても機能している。飛行機が絡むのが一部でも十分期待に応えてくれるはずだ。


 エヴァレットがメモをまとめるとギグリは早速電話をかけた。最初の挨拶よりあとはハンズフリーだった。実際に調べた人間の知識が必要という判断だろう。

「ほう、私のところにかけてきましたね」モラブチェクは開口一番そう言った。まだ7時台だがまるで曇りのないシャキッとした声だった。

「テレビは見てるようね」とギグリ。

「ええ。あなた方ほどカメラに好かれる業界人もなかなか稀でしょう。今ちょうどワイドショーで行方不明だといって足跡を追っていますよ」

「ところでいまだにエトルキア製の銃やら戦闘機を使っている都市があるというの、把握している?」

「……ええ、50近くはあったはずだ。更新を打診してみたことはありますがね、金がかかるとか、付き合いだとかで」

「全部が全部?」

「さあ。しかし大部分が」

「とすると、もし彼らが更新余儀なしとなれば、あなたのところで代替品を供給するのはやぶさかではない、ということかしら? デッドストックでも部品のコピーでも構わないのだけれど」

「ええ。安く出せる在庫なら十分ありますよ。ほとんどタダで売ってメンテナンスだけ、というのでも構わない。むろん機種と用途によりますが」

「それは私もいくらか目星をつけています。そちらが出せるものと突き合わせたい」エヴァレットは会話に入った。

「窓口はこっちで用意するわ。まだ確定ではないけど、決まったらすぐ動きたいの」とギグリ。

「最終的な擦り合わせは買い手と相談しなければいけないが、ある程度画一的に選ぶ方がお互い楽でしょうね」

「これ、あなたにとってもメリットのある話かしら?」ギグリは最後に訊いた。

「ええ。美味しいですよ。むろん、実現すれば、ですが」モラブチェクは何も言い淀まずに答えた。「新大会も楽しみにしていますよ」

「ありがとう。ええ、これもそのための一環なのよ」

 モラブチェクも確認したのだろう。開催方針に変わりがないとわかって安心したようだ。

 それからエヴァレットはモラブチェクと一対一になって20分ほど具体的な品物の話をした。モラブチェクとしてはおそらく知識のある営業担当に任せたかっただろうけど、まだできるだけ少人数の間で秘密にしておかなければならない話題だということを彼はよく理解していた。


 エヴァレットが電話を切るとギグリはすぐに受話器を受け取ってプガッティにかけた。電話台が窓辺だったので2人は自然と電話を挟んで窓枠に寄りかかって並んでいた。ギグリはやはりハンズフリーで話した。単に手が疲れているだけなのかもしれない。

「はい、インティミ・ル・ロイ」

 プガッティのカジノの名前だ。女の子の声だった。2人で押しかけた時に受付にいた青い翼の子かもしれない。

「ギグリよ。悪いけどプガッティを起こしてもらえる?」

「またですか?」

「そう、またなの」

「今度こそヤバい話じゃないですか」

「かもね」

 彼女はきちんと保留に入れてプガッティを呼び出した。30秒ほどで音楽が切れてプガッティの声に変わった。

 ギグリは腕を組んで芝居の準備をしていた。

「あなた、よくも騙してくれたわね」

「騙すなんて滅相もない」プガッティはいきなり冷や汗だくだくの声で答えた。

「何言ってるの。ゼーバッハを紹介したでしょう。あの男のせいで大変な目に遭わされたわよ」

「では行方不明というのは」

「ゼーバッハに追われてるのよ」

「まさか……」

 顔面真っ青になったプガッティの姿が目に浮かんだ。

「あなた、なぜゼーバッハの名前を出したの?」

「我々の業界でノイエ・ソレスといえばあの男です。数年で事業を何倍にも膨らませた凄まじい成長力を持っている。それに、その前ですが、ベイロンに学びたいと言って我々の間でしばらく勉強していたものですから、私の名前を出せばまあ通じるのではないかと、それだけです」

「あの男、昔ベイロンで無届労働をやっていたのよ。というか今でもかなりブラックグレーなブローカーよ」

「そうでしたか……」

「でも当時は組織のかしらではなかった。だからあなたも気づかなかったのでしょうね」

「取り締まった時の確執というわけですか」

「ええ。どうも執念深い性格のようで。あなたは私たちが会う前にゼーバッハに連絡したわね?」

「はい。歓迎すると言っていましたが」

「確かにお歓迎・・・だったわ。つまり、あなたもまた騙された側だったと、そう言いたいわけ?」

「いえ、そうなのですが、大変申し訳ないことをしたと……」

「どう落とし前をつけてもらおうかしら」

「何でも仰ってください」

「何でも、ね。じゃあ、あなたはこっちに来てゼーバッハの後釜になりなさい。叩き潰すのは私たちでやるから、後始末を」

「な……」

「別に手下でもいいのだけど、悪い話ではないでしょう?」

「ええ」

「だからもう1つ条件をつける。ゼーバッハから人を買っていた傘下にあたって更生料とでも称して金を集めなさい。額は任せるわ。多いに越したことはないけれど、後腐れのないように」

「わかりました。慎んで」

「動くのは事が済んでからになさい。いいわね?」

「はい。承知しましたとも。しかし、何よりご無事でよかった。安心しました」

「ええ。頼むわね」

 電話が切れた。

「あの小男、どうもここまで読んでいたような気がしてならない」エヴァレットは言った。

「だとしたら策士だわ」とギグリ。

「ずいぶん痛かったんだけどな」

「私も気が気じゃなかったわよ。だから落とし前」

「我々の下調べが甘かったのも一因でしょう。ベイロンの近衛隊には調べられるだけのポテンシャルはあった」

「だとしても今の私たちにはそれを使う権限がない。それに、あの事件は何年も前に終わっていたのよ。ゼーバッハも今の今まで気配を隠していた。経歴にも繋がりは見えない。仕方ない、と思うけれど」

「慰めなんて珍しい」

「あなた起きてから自分の顔を見た?」

「……いいえ。鏡がどこにあるのか」

「厨房。すごくかわいそうな顔をしてるわよ」

 

 厨房ではサフォンが袖を捲って上機嫌にコップを洗っていた。

「ひどい顔をしてるってギグリに言われたんだ」

「ひどいっていうか、痛々しいですよ」

サフォンは泡だらけの両手の代わりに翼を動かして鏡の位置を示した。

「ギグリ様も心配してましたし、私も心配でした。あんまり無理しちゃだめですよ」

「勝てると思ったんだ」

「正々堂々なら、ですよね?」

「相手が卑怯な手を使ってくるなんてことは、そうだな、わかっていたんだけど」

「だから次は必ず万全で臨んでください」

「次、ね」

「私もあの人は嫌いです」

 鏡を見ると確かにひどく痛々しいかわいそうな顔だった 鼻筋の右側から右目の瞼にかけて赤黒い痣が広がり、眼球の内出血のせいで白目の外側が真っ黒に変色していた。しかもおまけにひげが伸びていた。顎を触るとまるでタワシのようだった。

 サフォンが興味を示したのでひとしきり顎を触らせてから、風呂場を借りてシャワーを浴び、念入りにひげを剃った。

 裸になってみるとやはり体にもたくさん生傷が残っていた。あまり痛みを感じないのはギグリのアナージェスが効いているからだ。治癒――というか再生促進の奇跡は文字通り回復を早めるだけで内出血やかさぶたまで瞬時に消してくれるわけではない。

 ……いや、顔の傷はテレビ映りを考えてあえて残しているのか?


 テレビに出て刺激すればゼーバッハはそれを宣戦布告と受け取って必ず直接こちらを始末しようとしてくるだろう。メディアや警察の動きに応じるかどうかはまた別の話だ。実力と実力のぶつかり合いになる。対策を考えるのは自分の役割だ。

 テレビの映像はゼーバッハにとって我々を捜す手がかりになる。その時点から戦いは始まっている。であればLBCとの話は自分がメインで進めるべきだろう。

 エヴァレットはもう少し作戦の中身を考え、それからシャワーを止めた。

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