レディ・トリガー

 巡航(対地)ミサイル発射機10、中距離対空ミサイル発射機24、155㎜速射砲単装砲塔12、40㎜高角砲連装砲塔36、20㎜機関砲・短距離対空ミサイル複合近接防御砲塔18。それがネーブルハイム要塞の武装であり、高度1200mから6500mにわたって密に配置され、弾薬は甲板の間を渡る揚弾機によって工場区画から順次送り出される。

 50㎞超の長距離では巡航ミサイル、5~60㎞の中距離では対空ミサイル、2~15㎞の近距離では速射砲、4㎞以下の至近距離では高角砲と機関砲が敵機を撃ち落とす。超長距離の島間戦闘を除けば、地表がフラムに覆われた現代において対空目標以外の脅威を考慮する必要はなかった。

 それがメルダースの説明だった。彼はカイを安心させるために要塞の中を歩きながら要塞がいかに強固な防御力を持っているか丁寧に説明してくれた。

「ただ、一種類だけカタログにない兵器があるんですよ」メルダースはそう言ってカイを中層甲板の外に連れ出した。要塞島の外壁は分厚い装甲に覆われている。その外側へ出るにはほとんどトンネルのような通路を抜けなければならなかった。

 夜の外気は冷たく、大気の冷却によって鋭い風が吹いていた。カイはジャンパーの前を首の下まで閉めた。

 すぐ上の甲板に航空障害灯の赤いライトがあって辺りを仄赤く照らしていた。不気味ではあるけど足元が見えない不安感はなかった。

 奥行き50mほどの狭く分厚い甲板の先に、まるで灯台のように四角い砲塔が立っていた。速射砲だろうか。だがなぜかその砲塔には幌が被せられていた。

「壊れているんですか?」カイは訊いた。なぜ自分がここへ連れてこられたのかちょっとわからなかった。

「というよりも整備されていないんですよ」メルダースは答えた。彼は将校用の黒いロングコートを着ていた。すごく硬いフェルト生地のようで、後ろから見ると彼のシルエットは肩から膝のあたりまでほとんど正確無比な長方形になっていた。

「極紫外線爆縮収束レーザー。旧文明の技術で造られた兵器です」

 メルダースは砲塔の前側に回り、幌の一角を少し持ち上げた。前側から見るとその砲塔がただの実体弾を撃ち出すものでないことは容易に理解できた。砲塔の規模は約3m四方、速射砲と同じくらいなのに、細長い砲身はなく、四角いリフレクターを筒状に組んだ武骨な構造体がくっついているのだ。仰俯角を調整するための砲耳はついているが、駐退機の類は見当たらなかった。

「整備をしていない?」カイはようやく訊き返した。

「決して複雑な構造をしているわけではないのです。目に見えない強力な光を瞬間的に照射してその焦点にターゲットを置く。珍しく我々の技術でも理解できるレベルの仕組みなのですが、部品の精度と耐久性が半端ではない。エトルキアのあらゆる塔の生産機能をもってしても、このレーザー砲の部品を製作することができないのです。模造品では既定の威力には到底届かない、あるいは内部爆発でスクラップが関の山です。それに、確かに弾速は速いですが、従来兵器に対して圧倒的に威力が大きいとか、そういうわけではない。機能的には実体弾で十分ですから、そこまでコストをかける意味もないのです」

 カイは聞き入っていたが、あることに気づいた。

「この砲塔を島に据え付けたのは、旧文明の人々だということですか。それとも地上のどこかから――」

「いいえ、おそらく旧文明人でしょう」

「要塞島もまた旧文明が築いた。様々な国が利害を違う今日に要塞が必要だというのはわかりますよ。でも、旧文明は人類種の危機だからこそ塔を建てたはずで、要塞塔というのは一体何に対する備えだったんでしょうか。人間同士で争っている暇なんかあったのか……」

「あったのですよ。フラムに侵されながら、人類はそれでも争い続けた。フラムから逃れなければならないことは互いにわかっていた。しかし、その方法において完全な合意に至ることはなかった。だから要塞島があり、地域によって塔の規格が違うのです」

「そんな……。それじゃあ、まるで、旧文明がフラムに滅ぼされたとは言えないじゃないですか」

「ええ。おそらく旧文明はフラムが広がるとともに滅んだわけではないのです。塔の上に逃げ延び、そして人間同士の争いによって滅んでいった。文明の継承者を失っていったのですよ」

「フラムは直接旧文明を滅ぼしはしなかった。自滅を煽ることによって間接的に滅ぼした……」

「もっとも、フラムを生み出したのも旧文明、それこそが自滅の原因です。そしてその過ちを上手くカバーすることさえできなかった。言ってしまえば、旧文明の人間たちも、その愚かさにおいては現代人とさほどの違いはないのでしょう。だからこそ私たちは古い兵器を現代の技術で置き換え、要塞を要塞として維持してきたのです」

「もし現代人の方が賢明なら、要塞なんか潰して居住島に改造してしまえばいい」

「その通り」


 カイはベイロンの難民たちを思い浮かべて言ったのだが、想像をやめたところで少し恥ずかしくなった。

「すみません、軍人にこんなことを……」

「構いません。それは正論です。カイ、君はかねて要塞島の存在に疑問を抱いていた。それは賢明さですよ」

「なぜ人間は争いをやめることができないのでしょうか。地表を失い、絶滅の危機に瀕してなお」

「それは……この世界が当たり前になってしまったからでしょうね。塔の上に閉ざされた人生も、フラムの脅威も、我々には当たり前のものになってしまった。人類全体で手を取り合ってそれを乗り切っていこうという時代は残念ながら短く、すでに過ぎ去ってしまった。いや、これから一局構えようという人間が偉そうに言うことではないですね」メルダースは寒さに耐えかねたように足早に屋内へ戻った。「敵は少数です。こちらの不意を突くために夜襲で来るかもしれない。早めに休んでおいた方がいいですよ」



 部屋の奥の壁には船室のような小さな窓がついていた。居住区も入り組んだ構造をしているし、上下にも甲板が張り出しているから眺めは期待できない。差し込む光量で昼夜を判別できる程度の代物だった。

 カイは部屋の明かりを消してベッドに仰向けになったが、周りの部屋の明かりや障害灯のゆっくりした赤い点滅のおかげで真っ暗にはならなかった。

 カイは壁にかけたジャンパーのポケットから細長い箱を取り出した。アルルを介してラウラからもらった杖の箱だ。箱を開けて両手で杖を捧げ持った。木の肌のままにごつごつとした、でもよく磨かれてつやつやとした表面。やわらかい手触りのわりに炭のようにずっしりとした重さ。

 自分にも魔術が扱えるのだろうか。

 カイは杖を右手で握って天井に向けた。

 でも何も唱えなかった。

 イエルナン・リェーグ・アケオキアン

 フェアチャイルドの杖から流れ出したすさまじい炎を思い出した。

 今ここで何かを唱えれば天井を突き破って辺りを焼き尽くしてしまうのではないか。そんな不安が頭の中をよぎった。

 カイには自分のポテンシャルも杖との合性もまるで見当がつかなかった。

 せめて外で試したい。でもここではそれもはばかられる。こっそり外に出られたとして、基地の一角から炎が噴き出したりしたら大騒ぎになるだろう。それだけじゃない。周りでキアラが探していたら目印にされてしまうかもしれない。

 今は自重しよう。

 カイは杖を箱に戻した。


 手を枕の下に差し込んで目を瞑った。

 瞼の裏に灰になっていくフェアチャイルドの姿が映った。

 HUDのど真ん中に捉えたクローディアが映った。

 そして甲板の端に立ってローブと髪をなびかせる天使の姿を思い浮かべた。

 俺は殺すべくして誰かを殺すことができるのだろうか。

 カイは自分に問いかけた。

 フェアチャイルドの死はあくまで結果的なものだったかもしれない。でも次はきっと違う。


 カイは昨日の夜――そう、まだ昨日のことなのだ――アルルと2人で話したことを思い出した。

「フェアチャイルドが死んだというのはこっちでもニュースになっていただろうね」カイは言った。

「エトルキアがベイロンに攻め込んだのは事件だったもの。この島にも軍の補給部隊が拠点を置いていたし」

「あの男は本当に死ぬべきだったんだろうか」

「悪人じゃなかったかもって思うの?」

「どうだったんだろう。本質的には違ったのかもしれない」

「廃墟難民を迫害していたというけど、エトルキアの報道も偏っているものね」

「いや、それは事実なんだ。でもそれは手段が許されないだけで、あの男の見ていた未来は俺が想像できるよりもっとずっと遠いものだったのかもしれない。フェアチャイルドは魔術師だった。ホログラムを見せられたんだ。人類の過ちの歴史と、そしておそらく行き着く先を、あの男はしっかりとイメージしていた。すごいスケールだった。足元が竦むくらい壮大だった。それでもきっとあの男の頭の中にあったもののほんの一部に過ぎないんだ。そう思うとさ、人間が種として生き残るための道のひとつを俺はあまりに安易に閉ざしてしまったんじゃないかって、そう思えてならないんだ」

「あなたはその責任を負おうとしている」

 カイは頷いた。

「そうね。それは偉いわ。でも、誰か他の人の命を自分の手の上に乗せる感覚に慣れていないから、その責任が余計に大きく重く感じられるのかもしれないわね」

「アルルにはわかる?」

「わかるわ。よくわかる。オペをやっていて、なんでこんなことで死んでしまうんだろうって、何度も思ったもの。見た感じ大したケガじゃないけど手の施しようがなかったってこともあったし、こんな治療なんか朝飯前だと思って手をつけたらどうしても上手くいかないってこともあった。それが私のミスなら私の責任でしょうね。でも方法が合っていても効果が及ばなかったのなら、それは運命なのよ。手の上に受け止めても指の間からこぼれ落ちてしまう砂のようなものだったのよ。確かに、この人が生きていたらこの先どんなことをしただろうって想像はするけど、でもそれは失われる運命だったと思うしかないのよ。この世界には大切なものがたくさんあって、大切なものもそうでないものも等しく少しずつ失われていくんだ、って」

「この世界は少しずつ減っていくものなんだろうか」

「あなたはそう思いたくはないんでしょう? 何か生み出せるものがあるって。私はそれは正しいと思うわ。私だって救えるものは救っているんだから。救えないはずのものを救えなかったと嘆くことはないのよ。少なくとも、論理的にはね」


 そう、過失の死は受け入れるしかない。

 能動的な殺しにはもっと覚悟がいる。

 あの天使にも家族や大事に思う人があるのだろうか。

 いるかもしれないし、いないかもしれない。

 いずれにしてもそれを奪わなければならないのだ。

 希望的観測で楽観しておくべきではない。

 いざという時に躊躇っている暇はないのだ。

 今のうちに覚悟を固めておかなければ。

 奪われないために奪わなければならない。

 たとえ恨みがなくても、聖人でも。

 カイは右手の中に引き金をイメージした。

 そしてそのあとにある死をイメージした。

 第一種戦闘配置のアラームが鳴ったのは数分後だった。

 

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