第544話 逃亡/ユキハ
「もう、本当にしつこい! いつまで追いかけてくるのよ!」
遠くに見える軍を見て、ヒマリが心底嫌そうにそう叫ぶ。もうかなりの日数、追いかけられているからか、いい加減ストレスが限界にきているよう。
母国を襲撃してきた軍は、何の恨みがあるのかわからないけど、逃げる私たちをしつように追いかけてきていた。なんとか追いつかれずに逃げ回っているけど、諦める気配はまったくない。もう一掃玉砕覚悟で戦おうという意見も出始めるほど私たちは追い詰められていた。
「物資ももう少しで底をつく、このままでは逃げ切る前に飢え死にしてしまうな。せめて国民だけでも逃がしたいけど、敵の司令官があの狂信のミスモロフではそれも危険だろう」
普段は明るい王である父も、疲労とストレスで元気がない。絞り出す声で言ったその言葉にヒマリが反応する。
「それよ、それ! どうして、少数民族を大量虐殺したような人間が連邦の上層部に平気な顔しているのよ! 敵がそんな非道な司令官じゃなきゃ、降伏って選択もできたのに!」
「仕方あるまい。ミスモロフは連邦内でも影響力のあるノース王家の人間だ。大量虐殺の件も、ノース王家の力で最終的には副官の暴走だったと事実が捻じ曲げられたくらいだからな」
「その副官の人は災難だったよね。事実ではミスモロフの暴走を止めようとした善人だったそうだけど、全ての責任を取らされて縛り首だもの……家族もさぞ無念だったでしょうね……」
ミスモロフのこの話は有名で、連邦内の王族貴族クラスの人間なら誰でも知っている。しかし、確たる証拠もなく、関係者もノース王家を恐れてか証言する者もいない為に、大統領のラネルでもどうすることもできなかった。
「さて、それを踏まえて、これからのことを決めなくてならない。ユキハ、どうすればよいかのう」
「通信手段もなく、助けも呼べない状態では、もう、私たちが生き残る道はないでしょう。でしたら、せめて国民を逃がす為に尽力するのが、王族の務めだと思います」
「それしかないか……ラネルには寂しい思いをさせるな……」
「彼女もアムリア王家の人間、この選択を理解してくれるでしょう」
今、アムリア王国の残った戦力は魔導機が10機ほど、まともに戦っては足止めすらできない戦力差がある。うまく戦える地形を探して、計画的に進めないと全てが無駄になる。私たちは逃げながらそのポイントを探した。
そして、しばらく動き回り狭い渓谷を見つけた。ライドキャリア一隻が何とか通れる幅で、ここで敵を迎え撃てば少数でもなんとか戦えそうだ。しかも国民を逃がしても、敵はかなり回り込まないと追いかけることができないので、逃げれる可能性は高いように思われた。
「父さん、あの渓谷で戦いましょう」
「そうだな、良い場所だ。あの地形なら国民を逃がす時は稼げるだろう」
父も覚悟を決めたように真剣な表情になった。私も死に場所に選んだ渓谷を見つめ、幸せに過ごしていた日々を思い出し、なんともいえない哀愁を感じていた。
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