第476話 嫌悪/ジャン

ルーカが案内したのは街の郊外にある、とある施設だった。静かな森の中にぽつんと建物があり、そこには数百人くらいの人々が生活しているようだった。そこにいる人々は高齢者が多く、何かの医療施設だと思われる。


「ここはどういった施設なんだ?」

「はい、持病を持ったり、体が不自由で一人で生活するのが困難なのに、身寄りなく困っている人を受け入れる場所です」

「……ダーラン共和国が運営しているのか?」

「いえ、アリス大修道院の主導のもと、寄付や募金などで運営されています。国は1ゴルドすら支援してくれません」

「そうだろうな、今の大統領では無理な話だ。あいつは弱者に対して一ミリの慈悲もないからな」

「あっ── ジャンさん! そんな話、秘密警察に聞かれたら……」

「構わない、本当のことだ。ブッダルガ大統領はとんでもない極悪人だ。人でなしのクソ野郎で救いようがない!」


自分でも気が付かないうちに大声になり、表情もかなり険しくなっていたようで、剣術指南殿が諭すように指摘してくれる。

「感情をコントロールするのは指揮官の重要な要素の一つだ。何があったかはしらぬが、女性をむやみに驚かすものじゃないぞ」


そう言われてみると、大声を出して感情的になったことによって、ルーカの表情が硬くなっていた。

「すまない、ルーカ、怯えさすつもりはなかった」

「いえ、ちょっと驚いただけです。もう大丈夫です」


俺もまだまだだな……。


森の施設に入ると、ルーカと職員がなにやら会話をする。しばらくすると、こちらです、と案内してくれた。施設内を移動して、別の出入り口からまた外に出る。そこから森の中にある整備された小道を進むと、開けた庭園のような場所の円形の東屋に到着した。


蔦などで緑に覆われた屋根の下のベンチに、昔からよく知る人物がそこに座っていた。やはりと言うべき人物で驚きはないのだが、どういうことか心臓が妙に高鳴り始める。


案内の職員が俺に一礼すると立ち去る。俺は職員に会釈して応えると、その男の前へと歩いた。


「久しぶりだな」


そう話しかけると、男は本を読むのを止め、ちらりとこちらを見るが、すぐに興味なさそうに本へと目線を戻す。想像していなかった反応にイラっとして再度挨拶を言い直した。

「どうした、息子の顔も忘れたのか?」


この男は俺の父親だった男だ。だったという表現を使うのは、勘当して親子の縁を切っているからだ。

「俺の二人の息子は旅行中で留守だ。しかもまだ五歳と八歳で、お前のようなでかい息子はいない」


何を言っているんだ……本気で言ってるのか? 動揺していると、ルーカがきて静かに説明を始めた。


「脳の病です。少し前まではまだ自分を認知していたのですが、今は記憶の欠損と脳の機能の低下により、新しい記憶を維持することができなくなっています。今のジオルさんは、記憶が二十年前まで後退して、そのまま時が止まってしまっています」


ふっ、ふざけるな! この男は家族を裏切ったことも、弟を見殺しにしたことも忘れたってことか! せめて自分の犯した過ちを悔いて生きていると思っていたが、そうじゃなかったってことに強烈な怒りが沸き上がっていた。



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