第407話 認知
俺は精神科医でも専門家でもなんでもないので、知識でどうにかするなんてことはできない。ここは気持ちで、マウユを癒すことに取り掛かろうと思う。
「マウユ、まだ痛いか?」
痛いと泣いていたマウユだが、今は少し落ち着いたように見えた。
「うん、ごめんね、勇太おにいちゃん。いつも迷惑ばかりかけて」
いつも? 会ってそれほど時間も経過していないので、その言い回しに違和感を感じる。だけど、マウユがふざけて言っているようには見えなかった。一瞬、どう返事しようか迷ったけど、ここは話を合わすことにした。
「迷惑なんて思ったことないよ。俺はマウユのことが心配なだけだ」
そう言うと、マウユの表情がぱっと明るくなる。そして、俺に抱き着いてきた。
「やっぱり、おにいちゃんは私の味方だね! だから大好き!」
妹が兄に甘えるような感じでスキンシップしてくる。とても見た目的には妹という感じではないので違和感があるが、今は彼女のしたいようにさせてあげたかった。
「いたぞ!! こっちだ!!」
やばい、兵士に見つかってしまった。さっきまで笑顔だったマウユだけど、兵士の姿をみて自分のおかれている状況を思い出したのか顔色が悪くなる。
すぐにまた逃げようとしたが、現状をよく考えて思いとどまる。ここで逃げても意味がない。ここはマウユの精神の中の世界だ。現実に兵士が追ってきているわけではない。あくまでも彼女の記憶とトラウマが作り出した存在にすぎないだろう。
「マウユ……ここで逃げても何も始まらない。俺を信じて一緒に戦ってくれるか?」
俺は諭すようにそうお願いした。恐怖を植え付けられている相手と戦うには相当の勇気がいることはわかっている。彼女がこの願いを拒否する可能性の方が高いと考えたが、この選択しか思いつかなかった。
「戦う……あの人たち怖いよ……私には無理だよ」
「俺がいる。今のマウユには俺がついてるから大丈夫だよ。絶対に守ってやるから」
マウユは真剣な表情で少し考えると、覚悟を決めたようにこう言ってくれた。
「うん。おにいちゃんがいっしょなら怖くない! 私……戦ってみる!」
そんなふうに言ってくれたが彼女の体は小刻みに震えていた。その震えを止めるように、俺はギュッと彼女を抱きしめた。彼女は瞳を閉じて俺に身を任せてくる。安心してくれたのか震えが止まった。
「もう逃がさんぞ」
「男の方は殺して良いそうだ。抵抗されては面倒くさいから斬り捨てよう」
「よし、俺が斬ってやる」
近づいてきた兵士は三人、逃げられなように俺とマウユを取り囲む。
「死ね!!」
兵士の一人がそう叫んで斬りかかってきた。この兵士は現実ではない。ただの記憶の断片にすぎない。それを認識したので迷いはなかった。俺はマウユを庇うように動くと、振り向きざまに剣を水平に振ってその兵士を斬り伏せた。
「うぎゃぁ!!」
斬られた兵士は断末魔をあげて倒れる。ちょっとリアルな感覚だったので少し不安になったが、倒れた兵士がスーっと消えたのを見て安心した。
「やりあがったな!」
「ちっ、油断するなよ、少しはできるみたいだ」
なんともマウユの記憶から作られているにしては、雑魚感がいたについているな……。
マウユを自分の後ろに庇うと、残った二人の兵士と対峙する。現実の兵士ではない為かまったく強敵の匂いはしない。簡単に斬れる……そう判断した俺はマウユをさらにさがらせ、二人の兵士の方へ踏み込んで剣を振った。
二振り、刹那の攻撃で兵士二人を斬り伏せる。一人の兵士が何か言おうとしていたが、その断片も聞き取ることもなく消え去った。
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