第401話 境

フェリが透明な球体に手を触れると、部屋中のあらゆるものがピカピカと光り始めた。そして部屋全体に淡い霧のようなものが立ち込めると、カタカタと周りの機器が微動しはじめる。


「父上……」


清音が手を組んで祈りを捧げながらそう呟く。その表情は真剣勝負の時の気迫と、心の底から生き返って欲しいと思っている感情が溢れている。そこには俺以上に強い祈りを感じる。やっぱり血のつながった親子の絆は強いと思う。


実際に交流のない渚やジャン、それにエミッツやミルティーも心配そうに見守っている。


オヤジの入っている医療ポッドの周りにある球体がより強く光る。その光は筋となって医療ポッドに集まってくる。集まった光は大きな強い光の塊となってゆるやかに点滅を始めた。


「肉体の修復開始── アストラルボディをスキャン開始── ソウルシグナルを受信、解析と再構築の設計を開始──」


内容がわからないので順調なのかどうかもわからないけど、フェリは真剣な表情で淡々と機器を操作している。あっ! とか、えっ! とか怖い反応はしていないので不測の事態にはなっていないと思う。


「生体パターン解析完了── 蘇生プログラム構築完了── スペル詠唱準備── スペル【ハイヒーリング】詠唱開始── スペル【ハイリカバー】詠唱開始── スペル【リザレクション】詠唱開始── 」


オヤジの医療ポッドの光が一段と強くなる。光の色も白から青白へと変化した。


「スペル正常詠唱完了、魔導結合による触媒のロストを確認、生体反応をグラフ化します」


フェリがそう言うと、オヤジの医療ポッドの上に、立体ホログラムのようなものが浮かび上がった。そこには五目のラインに、太い線のようなものが一本表示されていた。


「蘇生の作業は完了しました。後は生体反応が戻ることを祈るだけです」

「どうなればいいんだ?」

「生体反応が戻れば成功です。あのグラフのラインが動けば生き返ったことになります」


それを聞いたらラインに動けと念を送らずにはいられない。清音も強く念じ始めた。しかし、ラインはピクリともしない。成功ならどれくらいの時間で動き出すのだろうか……それを知っている唯一の人物であるフェリを見る。彼女の表情がどんどん曇ってきているのがわかる。もう普通なら反応がある時間が経過したことがわかると感情が不安に侵食されていく。


心臓が急速にドキドキしてくる。最悪の結果が頭をよぎる。それを振り払うように大声でオヤジに檄を飛ばした。


「クソッ、動けよオヤジ! 偉そうに剣聖なんて呼ばれといて、立ち上がることもできないのかよ!! ここまでくるのに苦労したんだから生き返らなかったら許さないからな!!」


そんな理不尽な激励に実の娘も続く。

「父上! 不肖の弟子を二人も放置してそれでも師ですか!! まだ教えることが山ほどあるでしょう! このまま終わったらあの世で母上に怒られますよ!!」


ピーン──── ……ラインが微かだか動いたように見えた。聞こえている。オヤジに俺たちの声が届いていると思った。それを清音も感じたようで、ほとんど同時に叫んでいた。


「踏ん張れよ! オヤジ!! ここで気合いれないでどうすんだ!!」

「いつもの調子はどうしたんですか! 危険な修行で大けがしても、気合で治すって言ってたくらいなのですから、気合で生き返ってください!!」


ピーン──ピーン──ピーン── 気のせいじゃない。ラインがあきらかに反応を示した。フェリを見ると、安心したような表情に変わっていた。


「もう安心してください。蘇生が成功しました」


その言葉を聞いた瞬間、力んでいた体から力が抜けていく。へなへなと膝をつきながら心の底から安堵する。


よかった……またオヤジに会える……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る