第6話 調理前の娘

洞窟に入ると、何か変わった匂いがすることに気付いた。奇妙な、しかし香ばしいとも言える匂いだ。


入り口の近くには丸焦げになって死んでいるオークがいた。魔法使いのファイアー・ボールにやられたのだろう。

「これが子供だましか、マスキロ?」

マスキロは何も答えない。


洞窟の奥には娘が捕らえられていた。ゲネオスがすぐに拘束していた縄を解いてやった。

見たところ怪我も火傷もなさそうだ。


口がきけるようになると、娘は言った。

「勇者様、助けて頂きどうもありがとうございます。もう少しで食べられてしまうところでした」

「間に合って良かった」

「ええ、オーク達は私をどう味付けるかで揉めているようでした。シンプルな塩味にするかカレー味にするかで」

娘は入り口の方向に目をやってから話を続けた。

「それであの大きいオークがとりあえず私を洞窟の奥に捕らえておき、後で調理方法を決めることにしたようです」

そうだ、あの匂いはカレーのものだ。一度だけ食べたことがある。カレー粉をふんだんに使った肉料理。あれは旨かった。


娘はしばらく地面を見つめていたが、確かめるように自分の手足を見つめ、そして一息ついた。

「私、助かったのですね。ふふふふふ、へっへっへっへっへっ、けけけけけけけ」

娘はおかしな笑い方を始めた。

オレとゲネオスはどうしてよいか分からず立ち尽くした。

すると、パマーダが娘を抱き寄せ、顔の前に手をかざすと「サニティ!」と鋭く叫んだ。

娘の表情は穏やかになり、まぶたを閉じるとそのまま眠ってしまった。


「一体何があったんだ? 急に変な声を出し始めたが……」

「食料にされる恐怖から解放されたのよ。それはおかしくもなるわ」

パマーダは続けて言った。

「助かったと分かった瞬間は喜びで頭がいっぱいだったけど、誰かの食料になりかけた恐怖は一生この子から離れない。それで少し頭の中をいじって記憶を消しておいた」

そしてマスキロに向かって振り返りながら、

「ついでに火の玉を放り込まれた記憶も消しておいたから」


娘はしばらく目を覚まさなかったので、城下町までゲネオスがおぶって帰った。

街へ着くと娘の親は泣き崩れ、目を覚ました娘と喜び合った。街の人々は俺たちに賛辞を浴びせた。

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