第13話 魔王様、真実を得られる
今、曾婆様はなんと口にしただろうか?
聖女……聖女と口にしなかっただろうか?
その後の事は余り覚えていない。
我も勇者も放心状態で食事をして部屋に戻ったのだ。
『嫁は、聖女に限るよなぁ?』
この意味を読み解かねばならない気がするが、答えは出ない。
悩んでも答えは出ないのなら、明日の早朝にでも曾婆様に問おうと思った。
別段深い意味で言った言葉ではないのかも知れないし、もし本当に【聖女】と言ったのであれば――。
「先代魔王……」
そう、我の前にいた先代魔王は――我の
そして兄は我と同じ様に、当時の勇者と聖女によって封印された。
当時の勇者達は聖女の死を悲しんだようだが、転生してきた勇者の様に禁術を使ってまで探しには行かなかった。
それどころか、仲間達もこぞって他国の姫や王子と結婚したと記憶している。
結果として平民や農民が苦しむ政策が続き、その怒りは魔族にあると矛先が向いた事も知っている。
――それが許せず、我は魔王になったのだ。
先代魔王であった兄は、我の様に人間達と戦争をするわけでもなく、ただ……魔族、魔物と人間との共存を願う兄だった。
力こそ強かったが余りにも優しすぎる兄を、我を含める弟達は心配したものだ。
兄は人間と共存する道を何時も模索していた。
我とて人間と戦争をしたくてした訳ではない。
だが、どう弁解しても人間達は魔王を、魔族を許すことはしなかったし、兄の死を喜び祭りすら起こす人間どもを許せなくなった。
元々魔王討伐は人間達の都合で起きただけに過ぎぬ。
我たちはただ、人間の争いに巻き込まれただけだ。
――憧れの兄であったのだ。
強く、優しく、威張らず、驕らず……それなのに封印されてしまった。
寝返りを打ち、曾婆様の言葉を思い出す。
もし曾婆様が当時兄を封印した聖女だとしたら――。
「……我がここに転生する理由も納得いく」
大きく溜息を吐き、眠れそうに無い我は脳内で聖女の子守唄を思い出し、優しい歌声の中眠りにつくことが出来た。
翌朝、母とお婆様、そして親戚の女達が朝食の準備に忙しい間に曾婆様の部屋へと訪れた。
母屋の中にあって一番奥にある部屋……美しい襖の柄は曾爺様からの贈り物だと聞いた事がある。
「曾婆様、起きていられるでしょうか?」
「来たかい?」
その言葉に襖を開けると、曾婆様は既に着物に着替えて座っていた。
凛とした佇まいに一瞬怯むが、我は一礼して部屋に入り襖を閉めると、指定された場所に正座した。
「昨夜は母とお婆様、そして小雪を守って下さりありがとう御座います」
「ふぇっふぇっふぇ!」
「そして、御聞きしたいことがあります」
「聖女の事だねぇ?」
その言葉に顔を上げると、曾婆様は我の頭を優しく撫でた。
「どれ、時間はまだある様だから話をしようか」
「はい」
「単刀直入に言えば、あたしは祐一郎……いや、
やはり……。
思い過ごしでいて欲しかったが、どうやら我の願いは虚しく散ったようだ。
「曾爺さんとあたしはこの世界に【
「なるほど……」
「面白いことに曾爺さんは寺の長男に生まれてきたんだから笑っちまったねぇ! でも……曾爺様、あんたの兄は死ぬまで記憶が戻る事は無かったぁ」
「記憶が……戻らなかったのですか?」
思いも寄らない言葉に問い掛けると、曾婆様は強く頷いた。
「記憶が戻ったのは聖女だったあたしだけだ。会った時に直ぐ解ったよ、あぁ、魔王だと」
「……」
「でも、まるで魔王じゃなくってねぇ? 実際オル・ディールで曾爺さんを封印するときも躊躇ったんだ。魔王を封印するより勇者と名乗った奴らを封印した方が世界の為になるんじゃないかってねぇ? でも曾爺さんは封印する際あたしに手を差し伸べたよ。一緒に行こうってねぇ」
「それで、曾婆様はその手を取ったのですか」
そう問い掛けると曾婆様は強く頷いた。
「あの優しい瞳を見ちゃぁ一緒に着いて行くしかないだろう? それでこの世界に転生してきて普通の娘として生活していた時さぁ。女学校の帰りに曾爺さんに会った時に魔王だと解ったよ……。でもまさかその時には既に曾爺さんがあたしに惚れてるとは知らんでなぁ」
「はぁ……」
「あたしは女学校を出たら後妻に出される予定だったんだよぅ? しかも年の随分と離れた爺さんにだぁ。それを聞いた曾爺さんがあたしが嫁に行く日、家にやってきてねぇ。それであたしは曾爺さんと一緒に駆け落ちしたんだわぁ」
「情熱的ですね」
「ふぇっふぇっふぇ! あの人の血筋ならあんたも情熱的だろう?」
――それはまぁ、否定は出来ない。
聖女を相手に理性的にとは思っても、本能的に動きそうになることが最近多いのは確かだ。
「それに、あんたが生まれてきた時、曾爺様は泣いて喜んだもんだぁ……。会いたかった、会いたかったって何度も何度も口にしてボロボロ泣いたもんだぁ。記憶が無くても、解るもんだねぇ」
「……曾爺様ともお話したかったです」
「人の寿命はどうなるか解らん。だからこそ、昨日あたしにできる守り方でしかお前の聖女を守ることができなんだ。許しておくれ」
「そんな、許すも何も無いです。母や祖母を守ってくれた上に聖女を守って下さった曾婆様には感謝しかありません」
曾婆様に深々と頭を下げると、シワシワで小さな手が我の頭を撫でた。
聖女としての優しさではなく、血の繋がった曾孫を大事に思っている優しさを感じることが出来た。
「うん、うん……本当に曾爺様にソックリだぁ」
「私は兄に似て、聖女となる方が好みなのですかね?」
「それは個人によると思うよぅ? まぁ何にせよ、まさか曾孫に魔王と勇者がくるとはおもわなんだ! ふぇっふぇふぇ!」
楽しそうに笑う曾婆様に我が呆れて小さく溜息を吐くと、曾婆様はこうも続けた。
「当時の勇者達は私利私欲しか考えていなかったが、今回の勇者は素直みたいじゃないかぁ」
「素直……と言うより、単純ですね」
「それも一つの才能さねぇ」
そこまで話すと襖に人の気配を感じた。
どうやら朝ご飯だとお婆様が呼びに来たらしい。
「あら、祐一郎」
「おはよう御座います、少々曾婆様とお話がしたく朝から来ていました」
「そうなのね」
「ふぇっふぇっふぇ! 中々楽しい会話を楽しませて貰ったよぅ。これからはもう少し曾孫達と過ごそうかねぇ」
そう語る曾婆様はスクッと立ち上がるとまるで若返ったかのように歩いて行った。
ポカーンと見つめる我とお婆様は顔を見合わせたあと笑い出し、三人で朝食を取るリビングへと向かった。
親戚達も揃っていたが曾婆様がいる手前、下手な真似は出来ないだろう。
それに、祝いの席も終わったのだから全員帰宅するはずだ。
今日の夜には何時もの場所――鐘打ち堂で聖女と逢引できるだろう。
朝食を食べ終わり花屋から届く花を待っていると、夏の日差しが照りつける中、聖女が花を大事そうに抱えて階段を駆け上がってくる姿が見えた。
「祐ちゃんおはよう!」
「おはよう御座います」
朝から聖女の顔を見られるとは、今日はいい朝だ。
花を受け取り、お金を支払うと「確かに代金頂きました」と笑顔を見せてくれた。
「お堂にお花を置いてきます。心寿も来ますか?」
「ん~~でもお堂はとても神聖な場所でしょう? それに朝のお勤めはとても大事なものだし、私はまだ嫁に来てもいない部外者だもの、そこはちゃんと守りたいの」
ごめんねと付け加える聖女に我は苦笑いをすると「それでこそ貴女です」と口にする。
「ではまた夜に、何時もの場所で」
「うん、何時もの場所で」
そう言うと聖女は駆け足で帰って行ったが――背後には人の気配を感じた。
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こちらも少しだけ更新しました。
待っていた読者様がいらっしゃったら、申し訳ありません。
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