第20話 蜘蛛の糸

 ファルコと挨拶ついでに握手をして、ほんの少し違和感を覚えた。 琴乃は右手で握手したけど、ファルコは左手だった。 となると、ファルコは左利きということか……まぁ、大したことではないが。


「さて、挨拶も済んだことだし、変装させるか! あたしはあんたらの荷物を用意するから、準備が終わったら言ってね〜」


「分かりました」


 奥の部屋に消えるエリカさんにファルコは固い返事をして


「これは蛇使いが普段身につけてるローブだ。 ほら、ここに腕を通せ」


 袖に腕を通すくらい出来るのに……と思いつつも、なんだかんだ着付けてもらった。 このローブという上着、裾の長い羽織に頭巾が縫い付けられたような形状をしている。


「ほい」


 あまりにも自然に手渡されたので、うっかり心の準備を済ませる前に受け取ってしまった。


 己の手の上には、蛇の顔を思わせる鱗の彫刻が施された白い仮面。 まさか自分が着ける事になるとはな……


「……まぁ、着けてしまえば自分の方から仮面は見えない。 安心しろ」


 動揺しているのを察したのか、ファルコは優しく肩を叩いてきた。


「お、おう」


 返事はしたが、まじまじと見ると記憶が蘇りそうになる。 手に汗がじわりと滲む。


「……い、嫌なら着けてやろうか?」


「いや、いいよ!」


 気を使ってくれてるんだろうけど、何気に自尊心に傷をつけてくる。 ……未来人ってお節介でちょっと失礼な人が多いのか?


 少し不満を覚えながら黙って仮面を着けた。


「準備完了だな」


「おっ、お着替え終了? まぁ、お着替えっつってもローブ羽織っただけか」


 準備を終えると、エリカさんが奥の部屋から顔を出してファルコに何か細長い瓶のようなものを手渡した。 あまりにもちょうど良く現れたので、こちらの様子が見えているのかと思ってしまう。


「はい、終わりました」


「よし、じゃあ行ってこい! 」


 と、エリカさんに背中を力強く叩かれ、そのままの勢いで扉の方まで追い出されてしまった。


「……ファルコ、例のものはローブの内ポケットに入れときな。 予備は本部にもある。 だから、そのときは躊躇せずに使いなさい」


「……分かりました」


 閉め出される寸前、エリカさんがファルコに何か耳打ちしたが、俺にはよく聞こえなかった。


 ****


「あそこだ」


 ファルコの左手が指差す方に目を向けると、木々の隙間から何やら大きい建造物が見える。


「えっ、あれ全部石で出来てるのか!?」


「みたいだな」


 建物全体が石垣ってことか……どっから運び込んで来たんだよ、あんな大きな岩。


「入り口は向こうだ」


 圧倒されている俺を他所にファルコは大股で進んでいく。 近づくにつれてその全貌が見えてきた。 時雨城の三の丸と、それより外を隔てるあの高い城壁とよく似た作りだ。


 ということは、時雨城の築城と同じ時代に建てられたのかもしれない。


「勝手に入って大丈夫なのか?」


「上からの許可は取ってあるし、リギアナっていう人が協力してく……」


 ファルコはそこで口を噤んだ。 「どうした?」と言おうとしたが、それより先にファルコに口を塞がれた。


「あなたたち、侵入者? 侵入者を排除するのが私の役目。 だから始末します」


 人間味のない淡々とした声に背筋がぞわっとした。 殺意を全く感じなかったが、ファルコは気付いたのか。 全く反応できなかったことを悔しく思いながら疑問をぶつける。


「何で侵入者だと思ったんだよ?」


「思ったんじゃない。 これは命令、『知らない雰囲気のやつは殺せ』と言われている。 だから殺しても良いですか?」


 絹のような銀髪を風になびかせる少女は、表情をピクリとも動かさずに首を傾げた。


 あいつが知らないだけで味方だったらどうするんだ? あの女が全員の顔を覚えてもいない限り……いや、ひょっとして全員の顔を覚えているのか?


「鷹……多分あれはABMだ。 周りに蛇使いはいないから恐らく警備を任されてるな。 刃向かったら石を潰されるか何か罰が与えられる、だから何を言っても無駄だ」


 ABM、琴乃と同じ操り人形か。 瞳は赤くないので操作はされていないようだが、妙な雰囲気だ。


「どうする?」


「いくらなんでも殺すのは可哀想だ。 ……誰も望んでABMになった訳じゃないからな」


 今までの態度からは想像出来ないような重い言葉だった。 こいつとはまだ一晩しか関わっていないが、思っていたよりもいい奴かもしれない。


「……そうだな。 じゃあ、判断はお前に任せるよ」


 刀の柄から指を離すと、ファルコは咳払いして少女の方へ一歩近寄った。


「お前、ABM‐P04プロト・ケイトだよな?」


「違う、私は試作品じゃない。 私はABM‐01、最初の完成品です。 私は蛇使いの命令に従わないといけない。 協力してくれますか?」


 ケイトの言う『協力してくれますか?』の意味は恐らく、『私のために死んでくれ』と言った辺りだろう。


「交渉決裂か……どうする?」


 えっ、今のどこが交渉だったんだ? むしろ、ファルコの方が交渉されていたような……


「どうするか俺に聞かれても……やっぱり戦うしかないだろ」


「よし、やるか」


 変わり身早っ! ……こいつ、思考回路が単純すぎないか? いい奴かも……なんて思ったが、前言撤回だ。 やっぱり信用出来ない。


 そう思いつつも右手は自然と刀の柄に触れていた。 殺すのは可哀想、となると峰打ちか。 見た感じだとファルコは武器を持っていない。


「おい、待て待て待て! そんな火を吹くような刀で戦ったら目立つだろ」


 そう言えばそうだった、200年後の未来は刀が火を吹くとんでもない時代……


「だってお前、武器持ってないから」


「まぁまぁ、見てたら分かるよ」


 ……こいつの言葉はあまり信用できないが、随分と自信があるようなので刀から手を離す。


「……協力してくれないなら自分の手で始末します」


 ケイトは両手をこちらに向けた。 ほっそりとした掌には軒下で見覚えのある模様……みたいだ。


 琴乃はサソリの毒で人を殺すABMだった。 仮にABMが生き物の毒で人を殺すものだとすれば、ケイトのそれは──蜘蛛クモか。


 勢いよくこちらに飛んでくる糸を前に身構える。 だが、刀を抜くより先に意外と小柄な背中が割り込んだ。


 ファルコの左手に銀色の反射する光の残像が網膜に焼き付く頃には視界からケイトが消えていた。


 慌てて辺りを見回すと、彼女が自分が放った糸で木の幹に縛られているのが目に入る。


「ほら、派手な武器使わなくても、フォーク2本で殺さずに勝てた」


「ふぉーく?」


 そう尋ねと、ファルコはローブから金属の棒を出してこちらに見せてくれた。


「ただの食器、箸みたいなもんだよ」


 食器、か。 その割には獣の爪のように鋭利な4本の突起があって、手裏剣の類いにも思える。


「どうやったの?」


 食い気味に尋ねると、ファルコは左手で器用にフォークを回し始めた。


「飛んできた蜘蛛の糸をフォークに絡めて、そのまま木の幹を3周するように


「操った!?」


 ……確かにありえない軌道で飛んで行ったが、未来人はそんな事も出来るのか。


「うん。 ちなみに、ABMを操作するティーテレスは今の術を応用したものらしい」


 今まで操作術に嫌悪感しかなかったが、ああやって凶器を遠隔で操作することもできるのか。


 ……そうか、奴らにとってABMとはただの凶器なんだ。 刀は武士の魂なんて言うが、刃こぼれしても切れ味が悪くなったと肩を落とす程度で所詮は道具に過ぎない。


 だから奴らはABMにされた子供がどうなろうと何も感じないのか。


「拘束を解いてください。 命令に従わなければされる……!」


「自分で出した糸なんだから自分でどうにかしろ。 ……今はお前に構ってる場合じゃないんだよ……」


 ケイトの声に耳を貸す様子もなく、ファルコは地面に転がる枝をパキパキと踏み鳴らしながら先を急ぐ。


「お、おう!」


 ティーテレスを解かれることに何であんなに怯えていたんだろう……むしろ、自由の身になるから良いんじゃないか?


 少し気掛かりだが、今は相棒が無事かどうかだ。 ケイトの声を背に早足で先を行くファルコの後を追う。


「……なぁ鷹。 さっきの言葉、何か引っ掛からないか?」


 てっきり無視していたと思っていたが、ファルコも蜘蛛の糸を自在に操る少女のことを気にしてたらしい。


「俺も思った。 ティーテレスを解除すれば自由になるのに、何をあんなに……」


「気になるな……わ、デュースの件と並行して調べてみるか」


 わ? って何か言いかけたよな……まぁいいか。

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