第2話 記憶の囚人


 この城の姫様、雪月那せつなとは再会した友達のようにすぐ打ち解けた。 だが、問題は鷹だ。 敵意を向けられてから2日、全く口を聞いていない。


「私、鷹とは小さい頃から顔見知りなんですけど、お父さんと揉めたらしくて時雨城に来たんです。 それから三年、ずーっと暗い顔して……」


「親と揉めた、だけ?」


 ……どれだけ劣悪な親子関係だったらあんな無愛想の塊みたいな人になるんだ?


「それは私も思ったんですけど、真木まぎさんや母上もそう言うから本当だと思います」


「そうなんですか……」


 親と揉めただけなのに何で城に3年も住まわせてるんだ? まともな大人なら仲直りする方に持っていくだろ……


「前は弟がいたこともあって男の子とも普通に仲良くできたんですけど、鷹とはどうにも……」


 雪月那は苦笑を浮かべながら肩を竦めた。


 ……いや、ちょっと待て。 『弟がいた』って表現だとまるで今は居ないみたいじゃないか。 知り合ったばかりの人にこんなことを質問するのは失礼だから訊くつもりは無いが、少し気になるな。


「……あの、琴乃」


 透き通った声に思考を遮られた。 何か言いたげな雪月那に首を傾げる。


「あの……琴って呼んでも良いですか?」


「も、もちろん良いですよ!」


 少し恥ずかしそうな雪月那の様子に挙動不審になりながら頷く。 縁側に腰掛ける雪月那が立っている私と目を合わせようとすると、自然と上目遣いになるのがずるい。


 頷かざるを得ないし、不覚にもドキッとしてしまった。 ある程度顔が整っていると上目遣いすら鼻につかないようだ。 こんな妹がいたら良いのに。


「やった! あっ……あと、敬語やめてくれませんか?」


「えっ、私は良いですけど、雪月那は良いのですか?」


 そう訊いてみたものの、既に許可なく呼び捨てにしてしまっている。


「私、小さい頃からお姉ちゃんが欲しくて。 琴の方が私より年上だと思うから、その……」


 雪月那はそこまで言うと語尾を濁した。 ……要は、私に姉として振舞って欲しいということか。


「分かりました。 ちょうど、雪月那みたいな妹がいたら良いなって思っていたので」


 私の言葉に雪月那はパッと顔を輝かせると、 「ありがとうございます、琴!」と言いながら抱き着いてきた。


 可愛い妹が出来てしまったが、姫様がこんなので大丈夫なのか? まぁ、今のうちは良いか。


 その後、しばらく雪月那と他愛もない話をしてから部屋を出た。 姉のようにしろと言われても緊張してしまう。 深く息を吐いて肩の力を抜く。


「嬢ちゃん、鷹と仲良くなりたいか?」


 いきなり低めの声が背後から飛んできて身体がビクッとする。 振り向くと丁髷ちょんまげのおじさん……真木まぎさんが腕を組んで、壁際に立っていた。


「えっ、さっきの話聞いたんですか?」


「おう、悪いか?」


 真木さんは全く悪気のない様子で開き直った。 盗み聞きしていたのかと思うと何だか嫌気が差すが、こうも正直だとまぁ良いかと思ってしまう。


「い、いえ……鷹って、本当に親と揉めただけなんですか?」


「それは本人から口止めされてるから言えないねぇ。 本人の口から語ってもらうのを待つしかないな」


 今の真木さんの言葉からすると、親と揉めたというのは嘘になる。 揉めただけじゃない、もしくは全く別の原因があるのかもしれない。


「鷹は三年前に時雨城に来てな、それから今までずっとあんな調子だ。 せめて一週間くらい……いや、三日だけでも良い。 刀を手放してくれたらなぁ」


 真木さんは肩を落として溜息を吐いた。 鷹と一番距離の近そうな真木さんもそう言うなら、あいつは単なる人見知りではないのだろう。


「だが、これだけは言える。 ……嬢ちゃん、鷹と口で話そうとするな。 力で思いっきりぶつかりゃ良い」


 いつもにこやかな真木さんが珍しく真面目な顔をした。


「鷹と一戦を交えろ、と?」


 ……結果は目に見えている。 間違いなく負けるし、おまけに剣術なんて全く教わっていない。 力で思い切りぶつかるのは何年後になることやら……


「ああ、口が駄目なら腕で聞け。 ……まぁ、偉そうに言ってる俺も鷹から拒絶されてるんだがな」


「えっ、真木さんが駄目なら私も拒まれるんじゃ……」


「いや、それはねぇな。 大丈夫だ、俺が保証する。 ……あっ、そうだ嬢ちゃん。 何なら今から鷹と勝負しろよ。 今なら審判をしてやっても良い」


 えっ、今から!? いやでも、これは絶好の機会なのかもしれない。 真木さんがやれと言えば流石の鷹も応じるしかないだろう。


「……でも、どうやって戦えば良いんですか?」


「ああ、そういや何も教えてなかったなぁ。 木刀で先に頭か胴、手の甲なんかをぶん殴った方が勝ちだ。 うちの隊は実戦ばっかりだから細かい決まり事は特にねぇから、気にせずに戦えば良い」


 良くも悪くもざっくりしている。 それだけ自由度が高いなら、頭か胴もしくは手の甲を打つに至る経緯は何だって良いのかもしれない。


「分かりました、ありがとうございます!」


「おうよ。 じゃあ俺は武器庫に木刀を取りに行ってくるから、その間に鷹を呼んどいてくれ」


「は、はい……」


 さらっと難題を指示されて弱々しい返事をした。


 ****


 柱を2、3回叩いて障子を少しだけ開く。 ……大胆に開いたりでもしたら凶器が飛んで来るような気がしたからだ。


 殺意を感じなかったのでそーっと顔を出す。


「鷹、」


 呼び掛けると鷹は肩をビクつかせて素早く振り返った。 ……ノックはしたし、そんなに驚くことないのに。


「何か用?」


 鷹はこちらの存在を確認すると、再び背を向けて無愛想にそう言い放った。 どうやら刀の手入れをしているらしい。 絶対受けてくれないだろうな。


「あの、一戦だけしませんか?」


 恐る恐る誘ってみると、鷹はこくりと頷いた。 真木さんの言う通り、鷹は戦うことに関しては積極的らしい。 と、そうこうしている間に真木さんが木刀を二本、武器庫から持って来てくれたようだ。


「ほらよ」


「ありがとうございます」


 軽く礼をしながらこちらに差し出された木刀を受け取る。


 この木刀、木で作られてるから殺傷能力は低い。 与えられる傷害としては打撲、当たり所が悪ければ軽い骨折程度……って私は何を考えてるんだ? 別に殺す訳でもないのに。


「先に一本とった方が勝ちだ! 始め!」


 真木さんの力強い声で勝負が始まった。 何も教わっていないので私の負けは確定しているが、勝ちに行く努力はしよう。


 鷹が自由に動ける状況を作ればその時点で頭をぶっ叩かれて負ける。 まずは動きを止めないと。 木刀で叩いて与えられる打撃は痛いけど普通に動ける程度、動きを止めるには……急所か。


 急所なら怪我は軽くても痛いので一撃で怯む。 喉仏、みぞおち……駄目だ、木刀で防御されるし危ない。


 私がなかなか攻撃を仕掛けてこないことに痺れを切らしたのか、鷹が前方に足を踏み込んだ。 その弾みで袴の裾がぶわっと広がり、すねの肌色が覗く。 ……脛、急所だ!!


 鷹の攻撃をかわしつつ地面を蹴り、素早く姿勢を低くして私から見て左側──つまり、鷹の右脛に狙いを定める。


 身体の勢いに任せて木刀を鋭くぶつけると、衝撃が腕から肩までを貫く。


 脛を打たれたことで膝から崩れ、足首を捻りながら鷹はその場に尻もちを着いた。


「おおう、嬢ちゃん強いじゃねえか! でもな、頭か胴か手の甲を打たねえと一本とったことにはならねぇんだ」


 と、真木さんは楽しそうにニヤつく。 頭か胴か手の甲……今、鷹は尻もちを着いているので打ちやすいのは頭だ。 木刀を両手で構え、淡い茶色の頭を目掛けて振り下ろす。


 だが、腕に衝撃が走ったその直後、右の脇腹に何かが食い込んだ。


 痛みに顔をしかめながら視線を落とすと、自分のあばらの傍から木刀が伸びていた。


「惜しいな鷹、あと一瞬でも早ければお前が勝ってたぞ」


 勝った……のか? 私が鷹に?


「嬢ちゃん、脛を打つような技はないが、実戦においては正しい選択だ。 力のない子供や女は急所を狙うのが一番手っ取り早くて確実だからな」


 真木さんは満面の笑みを浮かべたままそう語る。 ……そうかもしれないが、尻もちを着いたまま何も言わない鷹の方を気にして欲しい。


「鷹は脛の打撲と足首の捻挫か……派手にいったから二週間は安静ってところか?」


 な、何でこの人は弟子が怪我をしたと言うのにニコニコ笑顔のままなんだ……? 鷹はそんな真木さんの様子に呆れたのか、大きめのため息を吐いた。


「何だ? 文句なら嬢ちゃんに言ってくれ。 それとも、そのままの足で稽古でもして怪我を悪化させたいのか?」


 その言葉で鷹は真木さんの方に向けていた敵意をこちらに寄越してきた。


「す、すいません……」


 謝りながら深めに頭を下げる。 ……でも、2週間安静ってことは、真木さんの言ってた『一週間くらい刀を手放す』というのも実現出来るかもしれない。


「嬢ちゃん、井戸の水でこの布を濡らして来てくれ。 患部を冷やすために使うからな」


「は、はい!」


 真木さんから布を受け取って威勢よく返事をし、逃げるように駆け足でその場を去った。



 ****


 ……負けた、それも素人の女に。


 俺は、そこらの子供なんかと比にならない程の努力をしてきたつもりだ。 本当は誰かと他愛もない話をしたり、団子を食ったりしたかった。 我慢して心の声を殺して、強くなることだけを考えて刀を振った。


 なのに……何であんな、刀を握って一週間も満たないような女子に負けたんだ? 努力をいくらしても才能には敵わないってことか?


 じゃあ何で、何のために刀を振ってきたんだよ……?


「……なぁ、鷹。 ちょっとくらい休んだって良いんじゃねえか? 誰もお前を恨んじゃいないさ。 良い機会だし、今週は刀を手放したらどうだ?」


 どさっと隣に座った真木さんの体重で縁側の板が軋む。


「何でですか? あんな、刀を握ってすぐの女に負けたのに……」


 刀は素人みたいだが、何と言うか……開始の合図で目が変わった。 雰囲気とあの鋭い眼光は並の人間が放つものではなかった。


 脛を狙ってきたのも、正面から挑んだところで俺に勝てないのが分かっていた上での判断だろう。 捻挫させるまで計算だったかは分からないが、あれは尋常ではない。


「じゃあ鷹、何で負けたと思う?」


「それは……」


「筋肉の緊張、判断力の低下……お前の実力を発揮できてないのは一目瞭然だな。 ま、しばらく頭を冷やすと良い」


 ……正直なところ、頭より右脛の患部を冷やしたい。


「分かりました……」


 力なくそれだけ返して溜息を吐いた。

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