第19話 紅焔の剣

「に、二百年後!?」


 思わず座っていた座面が枕のように柔らかい“ソファ”という座り心地の良い長椅子から立ち上がった。


「……まぁ、ざっくり言うとそんな感じだ」


「二百年後……時雨城が無くなってた……」


 肩を落としながら再びソファの分厚い座面に沈み込んだ。


 ……確かに二百年も経てば幕府に城を潰されてしまっていてもおかしくない。 だが、鏡があった場所──時雨城が蛇使いの聖地になっていたのは信じたくない。


「何だあんた、鏡が200年間ずっーと同じ場所にあると思ってんの?」


 はっと息を吸い込みながら目を剥いた。 そうだ、二百年もあれば移動しても不思議じゃない。


「……じゃあ時雨城は無くなってないんですか!?」


 革製のソファから身を乗り出しながら食い気味で問いかける。


「悪いんだけど、過去の人に未来の事を教えるのは基本的に禁止されててね。ご想像にお任せしとくよ」


 教えて貰えると思ったのに、ご想像にお任せしとくって何だよ?


「……何でですか?」


 不貞腐ふてくされて投げやり気味に理由を問う。


「そりゃあ、過去の人は行動次第で未来を変えられるからさ。 あんたが蛇使いに命を狙われる理由もそれだ」


 エリカさんはそう答えながら取っ手の付いた空の湯呑みを指でクルクル回す。


「えっ、どういうことですか?」


「あんたの母親、アリスって蛇使いから呼ばれてなかった? 実は、越鏡者えっきょうしゃ──鏡という境界を越えた者をアリス呼ぶことがある。 つまり、あんたの母親が未来の人ってこと」


 エリカさんは机に頬杖しながらそう説明した。 俺の母さんが異国人らしい顔立ちだったってことは、二百年後には鎖国が終わって国交や貿易も正常化しているってことか。


 もしくは鏡が異国に移動した……どちらにせよ辻褄が合う。


「要は、あんたが過去の者と未来から来た越鏡者アリスの子供……混血児は生まれるはずのなかった存在。 未来に影響を及ぼす脅威を排除する、蛇使いが禁忌を破ってでも人を殺すのもこれが理由さ」


 なるほど、俺と一緒に居たのに伊吹は狙われなかったのは越鏡者アリスの子供じゃなかったからか。


 腑に落ちてソファに深く座り込んだ。 ……先程からソファ、ソファと連呼しているのは新しい言葉を覚えたので乱用したい気分になったからだ。


「そういえばあんた随分と変わった武器を持ってるんだな〜」


 エリカさんは俺の腰に付いた鞘を指差す。


「あ、この刀ですか? これは父の形見なんです」


 父さんが殺された後日、真木まぎさんが遺品を回収してくれたらしい。 殺されたという事実を突き付けられたみたいで礼も言えなかったけど。


「そうか……見せてもらっても良いかな?」


「あっ、はい」


 軽く返事しながら鞘から刀を抜いてエリカさんに手渡す。 未来の人は刀を使わないのだろうか? 未来では火縄銃や大砲がさらに進化した武器で溢れているのかもしれない。


「ほう、こりゃあ珍しい……あんたが居た世界ではこの刀の力は全く引き出せない」


 エリカさんは紫色の瞳を職人のように細めながらその赤黒い独特の光沢を放つ刀身を見詰めると、突然素振りを始めた。


「な、何やってんすか……」


 心做しか刀身が赤く光ったように見えたが気のせいか? エリカさんは布で刃を拭くと、もう一度勢いよく刀を振る。


 ──ぼわっ


 刀身の表面から炎が出た。 刀を振り回す度に火力が増すようだ、


「み、未来の人は刀から炎を出せるのか!?」


 あまりにも驚いたので叫ぶ声が裏返る。


「あ? 別に未来の人じゃなくても出来るよ。 ほら、刀をブンブン振り回してみな」


 エリカさんから刀を返された。 いくら刀身を見てもいつもと変わりない他の刀より少し赤黒い刀身。 にしても『ぶんぶん振り回してみな』って、家が火事になるぞ……


 周りの家具を切ってしまわないように部屋の広く開けたところまで移動し、振り慣れた右手で勢いよく刀を振る。


 すると、空気を切った瞬間赤黒い刀身は鮮やかなあかに染まり、刃の部分からは火を吹いた。


「うわっ!」


 目の前で見るとさすがに腰を抜かした。 振るのをやめると刀身はまた赤黒い色に戻る。


「この刀に使われてる鋼は空気中の光素こうそと反応して発火する性質があるから火が出るってわけ。 あんたからすれば“未来製の鋼”ってところかな」


 空気の酵素……? 何かを発酵させるのか? なんだかよく分からないが、未来で作られた鋼でできた刀を扱ってたなんて何だか感慨深い。


「あれ? これまで勢い良く振っても炎なんて出なかったんですけど……」


 鳥に例えると隼のように動きが琴乃がこの刀を振ったときも炎なんて出やしなかった。


「それは、あんた居た時代の空気中には光素がないからだ。 この刀の持つ本来の力を完全に発揮することはできなかったんだよ」


 ……俺の刀、普通の刀と色も光沢も違うとは思っていたが、未来で作られたかあでできた刀だったのか。 にしても、何でわざわざ未来人が刀を作ったんだ? 過去では炎も出ないのに……


 この刀を勝手に触ると父さんがが宿ってるとか、お前が使いこなすには まだ早いとか言って、まともに触れせて貰えなかった。


 もしかして父さんは未来人が作った鋼でできた刀だと知ってたんじゃ……?


 それに、この刀が紅焔丸こうえんまるという名前なのも炎の刀という意味だったのかもしれない。


「まぁ、それは置いといて、とりあえずデュースを探しに行こう」


 ん? その言い方からすると……


「えっ……今すぐに、ですか?」


 その問いに「うん」と頷くエリカさん。 セルティオンにしても、エリカさんにしても、未来人って何と言うか……軽いノリで無茶を言うことが多いな。


「〝蛇使いが行った取引を消す場合、2週間以内に取引主を取引関与者が殺さないと成立しない〟ってこと忘れたってか? 早いことに越したことはないってことよ」


 そういえばそうだった。 確かに実行は早い方が良い。 でも、確かセルティオンは……


「でも、上層の蛇使いに頼まないといけないってセルティオンが……」


「安心しな。 これはX・THIRDエックスサードの上からの司令、あんたはクルオールをぶっ殺せば良いだけさ」


 蛇使いの上層からの司令を何でエリカさんが……? 奥方様を名前の三文字だけで黙らせたり、この人は何者なんだ? いや、やっぱり聞いても教えてくれないか。


「あの、前から思ってたんですけど、その〝えっくすさーど〟って何ですか?」


 質問を変えるとエリカさんは「ああ、それか」と微笑混じりのため息をついた。


「……遅かれ早かれ説明はしないといけないよな。 それにあんたは混血児。 既に無関係じゃないから話すしかないか。 その代わり、覚悟して聞けよ」


 エリカさんの言葉に唾をごくりと飲み込み、ソファにもたれていた背筋を伸ばす。


「この世はあと15年後に滅びると予言された。 それを阻止する団体がX・THIRDエックスサードだ」


「……そ、そんなの迷信じゃないんですか?」


 もしそれが事実なら蛇使いは悪じゃない……敵だと思っていた存在が正しい行動をしていたならば、俺が間違っていたのか?


「過去に戻って未来を変えられる術があるならば、皆がそれにすがり付く。 たとえそれが禁忌を破ることだとしてもね。 ……さてと、説明ばっかりで飽きただろう。 ファルコ、居るんだろ? 良い加減出て来な!」


 ふぁる子? そう思って頭に疑問符を浮かべていると、部屋にある奥の扉から長い上着を羽織った俺と同じ年頃の子供が出てきた。


「この子はファルコ・ペレグリーノ、あんたと同じ13歳。 X・THIRDエックスサードの本部へは彼と向かってもらいます」


 何だその名前は……ぺれぐりーの? ファルコってのは姓なのか?名なのか? それとも幼名か? 聞き慣れない響きの名前だ。


「は、はぁ……えっ、エリカさんは?」


「ごめん、こう見えてあたし忙しいんだよ。 後で合流するから仲良くしてやってくれ」


 ……いや、別に忙しそうには見えない。 何だか怪しい。 ファルコという少年は蛇使いと同じ服装をしているし、仮面で目元が隠れているので感情が読めない。


「ってことだから。 よろしく、鷹」


 何でこいつは俺の名前を知ってるんだ? エリカさんが話したのか?


 その声音はまだ声変わりしておらず、比較的高めだが落ち着いている。 俺も声変わりしていないし、背格好も同じくらいか俺より少し小さいくらい。 ……同い年だというのはどうやら事実みたいだ。


「えーっと……何て呼べば良いですか?」


「ファルコで良い、それと同い年だから敬語はやめてくれ」


 ……初対面なのに馴れ馴れしいな。 だが、不思議なことにあまり嫌な感じはしない。


「分かった。 分かったけどな……味方の前でも仮面付けて顔隠してる奴を信用しろって言うのか?」


「まぁまぁ、お前が人見知りする気持ちはよく分かる。 ……少しの辛抱だから仲良くしてくれ」


 ファルコはこちらに左手を突き出して仮面の下の口角を上げた。 そういえば琴乃も挨拶代わりに握手とかいうのをしてたけど、未来人の文化だったのか。


 つまり琴乃はこいつと同じ鏡の向こう……知の世界から


 未来人に握手を返さないのは無礼に当たる。 差し出された左手を掴むと少し乱暴に腕を上下された。 ……握手の仕方もあいつにそっくりだな。


「……よろしくな」

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