第17話 伏せた鏡像

 障子越しに淡い光が差して格子状の薄い影が落ちる──時雨城にあいつの居ない二度目の朝が来た。


 どうやら俺は昨日、雪月那を突き飛ばしてそのまま寝てしまったらしい。 よく寝たのにすっきりしない、霧がかったように記憶は曖昧なままだ。


 ふと、右手に違和感を感じて状態を起こす。 見ると手のひらには赤い石がすっぽりはまっている。 こんなもの握り締めて眠った覚えはない。


「……今の持ち主は鷹で間違いない?」


 石が喋った!? ──いや、前も喋ってたし同じ声だ。


「はい……」


「琴乃のことは覚えてるよね? いや、私が君の記憶の一部を保護しておいたから忘れてる訳ないよね?」


 小さな石の癖にかなりの圧をかけてくる。 でも、これで確信が持てた。


「覚えてます」


 少し食い気味でそう答える。 記憶を保護……琴乃のことを覚えていたのは俺だけ記憶を消されてないからなのか。


「まだ夜は明けたばかり、誰も起きてないから決行しようと思ってね──琴乃デュースの奪還を」


 赤い石は真剣な表情……いや、顔がないから表情なんてもちろん分からないが、とにかく冷静な声音だった。


「あの子が取引した理由は覚えてる? デュースは君をあのまま死なせないように、 とりあえず難を逃れるために取引したんだよ」


 あいつ、そんな事のために取引したのか……いや、曖昧だった記憶が鮮明に蘇ってきた。

 琴乃はに帰る代わりに望みを3つ叶えてもらっていた。


 内容は確か……俺の解毒、 琴乃が与えた影響を無かったことにすること。 そしてABM-P03を殺すな、の3つだった。


 そして、デュースは琴乃の昔の名前。 雰囲気的には幼名と似た感じの呼び名だろう。


「君に頼みがあるの。 君にデュースの所まで行って連れ戻して欲しい。 デュースは時雨城に居ないといけないのに……」


 時雨城に居ないといけない? なら何でクルオールはデュースを連れて帰ったんだ? いや、そもそも……


「そもそも、何で琴乃は時雨城に来たんだ?」


 自分の意思で来たという訳でもなさそうだし、何より真木まぎさんが言っていた〝仮面の女と共にどこからともなく現れた〟というのが怪しい。


 記憶喪失だったのも意図的に仕組まれたことなのか……?


「君、思ったより頭も回るんだね。 この際だから教えても良いけど……雪月那ちゃんや真木さんには言わないでね」


 悪戯っぽい声音で釘を刺され、小刻みに頷いてみせる。 この石、圧がすごいだけじゃなくて思考まで読めるのか……油断も隙もないな。


 琴乃が居なかった場合、俺はかなり内気な性格のまま過ごしていたはずだ。 いや、仮に琴乃が居たとしても言わないだろう。


「そう? じゃあ、心して聞いてね」


 再び思考を読まれ、その言葉に思わず唾をごくりと飲み込む。


「君の予想は当たってるよ。 デュースは人為的に記憶を消されて、意図的に時雨城に送り込まれた。 奥方様も知ってて入城を許可して名前を与えたの、琴乃ことのっていう可愛い名前をね」


 なるほど、あいつが時雨城に来るのは決まってたのか。 どうりで奥方様の対応が早かった訳だ、俺と琴乃の関係……被害者と加害者の関係を知っての上で教育係を任せたのだろう。


 ……まぁ、名前に似合わず男勝りな奴だが。


「デュースを連れてきたのは蛇使いのリギアナという女の人なんだけど……」


 ん? 時雨城に琴乃を連れて来たのが蛇使いなら、何でクルオールは琴乃を連れて帰ったんだ?


「……クルオールはリギアナとは違う組織に所属してるから、意見の食い違いとか色々あってややこしいの」


 なるほ……えっ、蛇使いって組織がいっぱいあるような大きい団体なのか? そんなでっかい組織の中から人探しをするのか、先が思いやられるな。


 ……いや、だとしてもリギアナって人がまた時雨城に琴乃を連れて来るんじゃないか?


「そうなんだけど、問題はクルオールとの取引内容。 今は君以外デュースのことを覚えてないから、ただ連れ戻すだけじゃ駄目なの」


 つまり、あの取引を無かったことにするしかないってことか。 だが、そうなると俺と琴乃は取引前の状態──死にかけの状態に戻ってしまう。


「まぁ、一つだけ手段はあるんだけど……」


 セルティオンの少し自信なさげな言葉に首を傾げると、手のひらの中で石が「コホン」咳払いした。


「取引内容を上層の蛇使いに頼んで取り消してもらう。 ただし有効期限は2週間で、取り消す方法は〝取引主を取引関与者が殺す〟こと。 取引主はクルオールとデュース、取引関与者はそこに君が加わる形なんだけど……」


 つまり、琴乃と俺でクルオールを殺せば良いのか。 ……ただし、取引を白紙にした後に再びクルオールを殺さないといけない。


「うん。 ただ、メディリオの狙いはデュースだけどリヴォルトの狙いは私で、かなり不味い状況なの」


 えっ、どういうことだ? クルオールたちの狙いは琴乃ってことは分かるけど、リヴォルトの狙いはセルティオン……?


 セルティオンが狙いだとしても小っこい石だから隠せそうだし、何が不味いんだ?


「奴らはデュースが石を持ってると思い込んでるの。 だから、あの子が正直に持ってないと言ったとしても石を渡すまで集中的に攻撃するでしょ?」


“奴らにとって都合の良い真実”を吐くまでは拷問する、か。 ……いくら常人離れしたあいつでも堪えるだろうな。


 確かにあいつはかと思うほど強いし、体格も良い方ではあるが普通の十三歳の女子だということには変わりない。


 刀一本で大勢の大人……それも大男だったりしたら恐らく負けてしまうだろう。 そもそも刀すら持ち合わせていないかもしれない。


「なるほど……分かった、協力する」


 そう言うと、石が手の中で飛び跳ねた。 顔も表情もないが、何だか分かりやすい奴だ。


「ありがとう! のんびりしてる暇はない!さっさと連れ戻すよ!」


「でも、どうやって連れ戻すんだ? 居場所すら分かってないのに……」


 この石……気合いで探す!とか言いかねない……


「簡単だよ、私を使えば良い。 私ならデュースの居場所が分かるからね。 それに、向こうでは強力な助っ人も動き始めてるだろうから3日もあれば十分。 余裕で帰って来れるよ」


 俺の心配を他所に、石は案外ちゃんとした情報を提示してくれた。


「安心して!その助っ人は君と同じ国で生まれてるし……」


 ……何で今、同じ国で生まれてるってわざわざ言ったんだ?


 この国は貿易も国交もほとんど断っているから同じ国で生まれた人しか居ないはずだ。なのに何で……


「……もしかして異国に行くのか? こんなほとんど貿易もしてない国から!?」


「まぁ、そんな感じかな?」


 セルティオンは俺の言葉をあっさり肯定した。


「嘘だろ!? 異国船打払令って知らないのか? ってことは、蛇使いは和蘭陀オランダから来たとしか考えれない……じゃあ幕府が奴らの侵入を認めたのか……?」


 和蘭陀オランダと蛇使いの蛇の漢字が何となく似てるし、和蘭陀の使いだから蛇使いだったりして……


「認められてないし、オランダでもないよ。

 とにかく行けば分かるから早く行こう!」


「……分かったよ」


 思考を読まれた上に否定されたことに少しムスッとしながらそう答えた。





 櫓の武器庫から刀を取り出して腰に下げる。 刀の重みで重心が左に偏るが、もう慣れた。


 人と会わないように中庭に面した縁側はなるべく避けて、自分の部屋に戻る足音を殺す。


「鷹、何を持ってるのですか?」


 背後から突然、落ち着いた声が投げかけられて思わず身体がビクッとする。


 恐る恐る振り返ると、雪月那とよく似た黒髪を下ろした女性──冷徹な瞳でこちらを覗き込んでいる奥方様だった。


「お……奥方様!?」


 な、何で起きてるんだ!? 別にやましいことは無いけど、焦りからか変な汗が背中に吹き出る。


 物音は立ててないはずだ。 障子も全く音を立てずに閉めたし、鶯張うぐいすばりの中庭に面した廊下は避けた。


 ……どうしよう、一番手強そうな相手とこんな所で遭遇するなんて……これは不味い!!


「も、持ってるのは中庭で拾った普通の石です!」


 とりあえず俺は誤魔化してやり過ごすことにした。 焦った挙句、嘘にしか聞こえない嘘を並べてしまったが。


「セルティオン、あなたも分かっていて鷹を隠し扉へ誘導しているのなら理由を説明してくれませんか?」


「……へっ?」


 セルティオンって言った? 知り合いなのか? もしかして 奥方様も記憶を保護されてるんじゃ……


「鷹の弱味でも握ったのですか? それとも“親の仇を討とう”とでも持ちかけたのですか?」


〝──全部話しても大丈夫だよ〟


 頭の中に直接セルティオンの声が響いて鳥肌が立つ。 話しても良いのか……唾を飲み込んで石を握りしめる。


「どちらも違います」


「“どちらも違う”ということは、話は持ちかけられたのですね。 いかなる理由でもへは行かせるつもりはありません」


 鏡?よく分からないけど、ここで足止めされる訳にはいかない。


「俺は、蛇使いに連れて行かれた相棒を連れ戻したいんです」


「理由が何であろうと認めません。 蛇使いに殺されたくなければ止めなさい。 それと、石は預かります」


 一言に対して畳み掛けるようにそう言われたが、なんとなく納得がいかない。


「奥方様は琴乃を覚えてるんですか?」


「それがどうかしましたか? ……あなたが死ねば彼女の行動は全て無駄になりますよ」


 思いっきり取引のことまで知ってるじゃねえか……この人何者なんだ?


「それは……エリカが居ても?」


 突然セルティオンが口を開き──いや、石に口はないが、その言葉に奥方様は目を丸くした。


「……鷹、お気をつけて」


「……えっ?」


 さっきまで断固として拒否みたいだったのに、その名を聞いただけでそんなにあっさり……


「流石、君は話が早いね!さぁ行くよ少年!」


「は、はい!」


 俺は石の声に返事こそしたが、奥方様が簡単に了承する理由が分からない。


 ……考え過ぎか。 石を握りしめながら冷たい廊下を急ぎ足で進む。


 そういえば、奥方様が隠し扉って言ってたけど、何なんだろう?


「その名の通り、隠し扉だよ。ほら、そこの障子開けて入って」


 石は俺の問いにはっきりと答えずにそう急かしてくるので目の前の障子を開いて中の部屋に入った。


 ……何だ、ただの物置部屋じゃないか。


「そこの掛け軸をめくって、後ろの壁を押してみてごらん」


 石に言われた通り、何の絵かよく分からない掛け軸をめくり、後ろの壁の板を押してみると、思っていたより広い面積の壁が回転した。


 この壁、どんでん返しになってるのか……


 前から思ってたけどこの城どうなってんだ?

 忍者屋敷でもあるまいし……そもそも一国一城令が発令されたのに時雨城は潰されずに残ってるのも可笑しい。


 奥方様も普通じゃないし城主が居なくなっても城は機能している……この城、やっぱりおかしい。 さっき奥方様が突然現れたのも不自然だった。


「ちょっと狭いけどそこに入って、見るからに重厚そうな扉があるはず」


 石の声に思考を遮られ、どんでん返しから中の空間に入る。

 そこには鉄砲玉さえも通さなそうな金属製の扉がそびえ立っていた。


「じゃあ、この石を扉にはめ込んで」


 確かに、扉の真ん中には石がぴったり はまりそうな窪みがある。


 その窪みに石をはめ込むと石が光りを放ち、それに照らされた周りの歯車が回り始め、その光の線が扉を縦に貫く。


 光の線で分けられた扉の右側をそっと押すと、重そうな扉はあっさり動いた。 これが隠し扉なのか?


「そうだけど奥方様が言ってるのはこの扉じゃなくて、その鏡のことだよ」


 扉の先には鏡のようなものは見当たらない。

 あるのは冷たくて少し丸みを帯びたつるつるとした手触りの壁だけだ。


「それが鏡だよ。 ほら、その中に入ってみて」


 だってこれ、どう見ても壁だろ……壁に入る?


「入らないの? わたしを持ってても入れない?」


 セルティオンは当たり前のようにそう言った。 ……壁の中なんかに入れるのか?


「手を鏡に突っ込んでごらん」


 言われた通りに壁に触れた手を強めに押し込んだ。


「うおっ……!?」


 ……何だこれ!? 水の中に手を突っ込んだみたいだ。 それとも壁に水でも張ってるのか?


「ほら、入って!」


 石の明るい声に俺は大きく息を吸って右足を踏み出すと、緑色の光に包まれながら鏡面に吸い込まれた。

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