第15話 不完全な傀儡


「分かった、殺してやる」


 私は少しだけ微笑んだで応じた。 笑い方なんてよく知らない。


 右手を標的の頭に向ける。 ……大丈夫だ、私なら痛みを与えずにに送ってやれる、生きなんて味わせるものか。


〝人を殺すのが全てじゃないんだよ〟


 そんな優しい声が頭の中で響く。 ……違う、私には人を殺すことしか出来ないんだ。自分と同じ思いを他の誰かに味あわせたくない、感情なんて失くしたと思ってたのに嫌だと感じた。


 まだ標的の少年はルガしか殺していない。 ルガは何十人も葬ってきた地獄に行くことが決まっていた男だ、あんな奴を一人殺したところで少年が地獄へ行くことはないだろう。


 そんな思考をめぐらせていると、右の横腹に大きな足がぶつかり、左に蹴り飛ばされた。


 がはっ、と口から血が溢れ出る。 立ち上がろうにも力が入らない……血が足りないのか。


「思い通りにさせると思ったか?」


 低く響く声が鼓膜を震わせる。 身体は完全に制御されて動かない。 出来ることはただ歯を食いしばってローゲントを睨みつけることのみ。


 痛い、気持ち悪い……でもそれより少年が危ない。 どうしよう、どうやって殺そう?


 私が動かなければ操り人形にされるのは時間の問題……見えない鎖と鉄の塊が全身に巻きついたように痛くてとんでもなく重い。 この状況で殺すのは無理だ。


 ──となれば、残された手段はひとつ。 その場しのぎにしかならなくても良い、叫ぶために無心で肺いっぱいに息を吸う。


「逃げろ!!!」


 ****


 ……俺の鼓膜にかすれた叫び声が届いた頃、既に右の二の腕を男に掴まれていた。


 男は気味の悪い笑みを浮かべながら赤黒くなった石を地面に投げ捨てる。


「今回こそは上手く作り上げてやる、不良品デュースと違って決して逆らえないように作り上げてやるからな……」


 さっき毒針が刺さったところに爪をねじ込まれ、腕全体に激痛が走る。


 ……待てよ、何で体が痺れてるのに痛みを感じるんだ?


「デュース、お前は指をくわえて見ているが良い」


 男は少女にそう言うと、瓶のようなものを取り出し、瓶に入った液体を傷口にかけ始める。 透明な液体が傷に染みて信じられない程に痛い。


「これは光素こうそ溶液、光素を溶かした水だ」


 ローゲントがそう説明すると、傷口から垂れる血が石のように赤い塊になり、痺れが消えた代わりに傷口が刺されるような痛みが途絶えることなく襲ってくる。


 激痛のあまり体を縮めて歯を食いしばった。……あれ? 身体が自由に動く、動ける!


「デュース、これで分かっただろう? 毒血石ラピスは毒と混ざりあった血液が光素こうそと反応して石化したものだ」


 デュースは目を見開いて唖然としたまま腹を抑えて座り込んでいる。


 ……何だか分からないが、毒素が身体から抜けたみたいだ。 腕に力を入れて体を起こす。


「……ティーテレス」


 ローゲントの声が響いた瞬間、身体が金縛りにあったように動かなくなった。


ABM-P03プロト・トレイよ、不良品デュースを処分するが良い」


 そう命令された途端、右手が勝手に父さんの刀を握り、足が勝手に動き始めた。


 ……デュースを殺せって、俺があの少女を殺めるのか? でも殺すように操ってるのはあの男だ。 だけど、殺すのは俺……


 思考を巡らせている間にデュースの目の前まで来てしまった。 刀を持つ手が勝手に振り上がる……


 不味い 不味い まずい まずい まずい!!!!


 止めれないのか? でも少女はさっき嘘をついたって言った。 つまり、命令には抗えるんだ!


 何とか殺さずに……どうにかしないと!!


 そんな微かな期待は呆気なく裏切られた。刀を握る両手が振り下ろされ、反射的に瞼を閉じる。



 ……だが、何かを斬った感覚はなかった。 その代わりに刀を握る手首をすごい力で押し返されている。


「すまない。 動けなくて、殺せなかった……」


 喉から絞り出すような声に恐る恐る目を開けると、そこには俺の手首を掴む殺人鬼デュースの姿があった。


「不完全な傀儡かいらいごときが、どう足掻いても無駄だ!邪魔をするな不良品デュース!!」


 ローゲントは声を荒らげるが、デュースが押し返す力を弱めることは一切なかった。


「……殺してやるって言ったのに、本当にすまない。 だから、絶対に生き地獄は味合わせない。 誰も殺させない、殺人鬼は私だけで十分だ!!」


 手首が潰れそうになる程の力で握り締められ、刀が玉砂利の地面に落ちて金属音が鳴り響く。


 まばたきをする隙もなく手首を支えているものが居なくなる。 勢い余って前方に転んで初めて何が起きたのか気づく。


 デュースが異様な速さで移動したのだ。 ……まるでしたかのように。


「デュースを追え!早くしろ!!!」


 命令されても身体は即座に動かなかった。 自分の意思で顔を上げると、ローゲントの方に左手を向けているデュースの姿が視界に入る。


「デスストー……」


「クソッ!!」


 デュースの言葉を遮るようにローゲントは悪態をつくと、逃げるように庭から立ち去った。


 あぁー、怖かった………


 少し安堵したのも束の間。 デュースに二の腕を掴まれ、強引に立ち上がらせられた。 俺より小柄なのに怪力だ。


「あ、あの……」


「逃げろ、」


 少女は極めて真剣な表情で、俺の血液から出来た赤い石を握りしめたままそう答えた。


「……俺のこと、殺さないのか?」


「殺さないんじゃなくて、殺せない。 操り人形にされたからもう手遅れだ……すまない」


 すごく申し訳なさそうにデュースは頭を下げる。 さっきの勝手に身体が動く感覚……あれが操り人形にされたということか。


「いや、お前は悪くないだろ?」


「それでも加害者であるのは変わらない。

 いつか役目を終えて、殺されることで解放されるまでは私は人を殺した分だけ苦しまないといけない」


 デュースの口から淡々と語られたその言葉はとても重かった。


 操られていたとしても人を殺した罪は問われる……それも、デュースは俺と歳が大して変わらない子供だ。


「役目を終えたら殺されるって……」


「毒に耐えきれなくなったとき、操り人形の役目が終わってようやく解放される。操り人形なんて所詮は消耗品だからな」


 ……俺には少女の言葉の意味がわからなかった。 子供が消耗品? それが蛇使いの戦法なのか?


「言いたいことは以上か?」


「えっ、お前はどうするんだ?」


 どうするのか聞いたところでデュースは加害者、俺は被害者……無関係赤の他人の被害者が口を挟むことではない。


「……私はリギアナを起こしたら向こうに戻る。 分かったら早く逃げろよ」


「あ、ありがとな」


 何となく頭を下げた。 殺人鬼に感謝を述べるのは少しおかしい気がするが、殺人鬼なりに助けようとしてくれたのは事実……感謝を伝えるのは当たり前だ。


「……えっ?」


 俺の言葉にデュースは目を丸くした。


「助けてくれて、ありがとう」


 もう一度礼を言ってみたが、デュースは目をぱちくりさせたまま沈黙が流れた。


「……人間に礼を言われたのは初めてかもしれない。 ありがとう、お前のお陰で少しだけ人間に戻れた気がするよ」


 そのとき、デュースがぎこちなく微笑んだ。 口元から現れた歯は何本か抜けていて、大人の歯が生えかけている。


「……なんだ、人間だったんだ……」


 何故か安堵して口からそんな言葉が漏れる。 俺もこれまでに何本か乳歯が抜けているが、デュースも普通の子供だと思い知らされたようで複雑な気持ちになった。


 ……こいつは人間だ、人形なんかじゃない。人間を人を殺す凶器のように扱う蛇使いの方が


「あの……」


「ティーテレス、」


 デュースがそう発した途端、開きかけた口が勝手に閉じた。


「これは身体の動きを支配し、操作をするための術。 お前の母親が言ってた城に逃げて生き延びろ。 それと、城に着いたら私のことは全部忘れろ。 良いな?」


「……生き延びたところで俺にはもう何も無い。 逃げたとしても何のために生きれば良いんだよ……」


 つい本音が口から漏れていた。 そうだ、俺にはもう何も無い。 鼻の奥がツンと痛んで視界が歪むが、それを我慢するように袴をぎゅっと握りしめる。


「……じゃあ、親の仇を討つためにでも生きれば良い」


 確かに蛇使いは憎い。 蛇使いさえ居なければ俺は何も失わなくて済んだ。


「……もちろん蛇使いには仕返ししたいけど、弱いから無理だ」


 悔しさに唇を噛んだ。 無力だった、人を殺すのが怖かった。 そんな弱虫が仇討ちなんて出来るわけが無い。


「じゃあ、強くなってから復讐すれば良い。 ……まぁ、親の仇を討つなら私が真っ先に殺されるけどな」


 デュースは少し肩をすくめた。 デュースは養母を殺した張本人だが、殺させたのは蛇使いだ。 人を殺した上に子供に罪を着せる……あんな組織、早く潰れてしまえば良いのに。


「……俺、絶対強くなって、いつか必ず蛇使いを倒す」


 決意を固めてデュースの目を真っ直ぐ見つめた。 ……俺は武家の子、武士が親の仇を討たずに生きるのは恥だ。


「だったら早く逃げろ、生きるために」


 デュースの言葉に強く頷いた途端、足が勝手に動き始めた。 ひとりでに動く足から視線を上げると少しくすんだ銀色のしゃちほこを乗せた天守がある。


 あそこが目的地……時雨城しぐれじょうか。


 振り返るともうデュースは居なかった。


 ****


 少年の背中が見えなくなるのを確認して、肩の力を抜いた。 左手に握ったままの毒血石ラピスは鮮やかな赤に輝いている。


 ……復讐、か。 家族を殺されて、兄妹と引き裂かれて生きる理由を失ったあいつを逃がすにはそれしか思い付かなかったが、復讐の為に生きるのは少し気の毒だ。



 ……本当は心のどこかで仲間ABMが増えることを喜んでいる自分が居た。


 混血児ブレンディストを人を殺す凶器として、生物のもつ猛毒を毒殺術として使えるようにした操り人形……アルムArmeブレンドBlendマリオネッタMarionetta、それが私だ。


 私に……凶器に罪は無いはずだった。 でも私は不良品。 扱う者に歯向かい、自分の意思で人を殺そうとした凶鬼きょうきだ。


 ……人間に戻れる訳が無い。


「あら? あなたデュースちゃん?」


 明るい声音に思考を遮られ、肩がびくついた。


 即座に振り返ると、リヴォルトとは異なる刻印がなされた仮面を着けた女が薄い笑みを浮かべている。


「誰……ですか?」


 知らない人なので一応敬語で尋ねる。 しかし、女は私の問いに答えることはなく、ただ微笑むだけだった。



 ****


 激しく揺れる視界の中でただひたすら城を目指して、堀と門を繋ぐ橋を駆け抜け、立派な門をくぐる。


 本丸に入ると、まず丁髷ちょんまげの男と目が合った。


 確かあの人は……父さんの部下の真木まぎさんだ。 肩で息をしながら喋れるようになるまで呼吸を整える。


「か、仮面の集団が……蛇使いが来た。 父さんも養母も殺されて、俺だけ逃げてきました」


 状況を伝えると、脳裏に父さんの最期が鮮明に過ぎった。 恐怖と憎悪が腹の中で渦巻く。


「……お前さん、おさの息子だな?」


「……はい、」


 頷いた直後、足から力が抜けてその場に尻もちをついた。


 そうか、デュースが操るのを……えっ? デュースって誰……いや、何だ?


 まぁ、忘れるということはそれほど重要な事でもないのだろう。


「不味いな……長が殺られちまったら誰が光影組てるかげぐみを……」


「……真木、どうかしましたか?」


 真木さんの言葉を遮ったのは屋敷から現れた豪華な着物を身にまとった女の人だった。


 顔の印象は切れ長で少しきついが、美人と言って差し支えない。


「ああ、奥方様……久遠家がやられたらしい。 どうしますか?」


 奥方様と呼ばれた女は、小さな赤い宝石が二つ付いた腕飾りに触れながら俯く。


「……鏡界線きょうかいせんを封じましょう。 当分は指揮を影法師にらせます、」


 奥方様は重々しく口を開くと、その様子に真木さんが驚いたように目を丸くする。


「良いのですか? 旦那も危険に晒されるかもしれないのに、」


「……ええ、その覚悟です。 生憎あいにくこの場に居ませんが、彼もそう言うはずです」


 奥方様の言う彼は、光影組てるかげぐみの副長である霧咲きりざきさんのことだろう。


おさの息子はどうしますか? 家に帰れる状態ではないと思いますが……お前はどうしたい?」


 俺との身長差を縮めるように真木さんは少し屈んでそう訊いてきた。


「……蛇使いを倒せるくらい強くなりたいです」


 質問への答えとしては成り立っていない気がするが、今はそれしか考えられなかった。


 これからどうやって生きるかなんてどうでも良かったのだ。 腹の中で黒雲の様に渦巻いている何かを消せるならそれで良い。


 この日を境に俺は心の扉を閉ざして、蛇使いを倒すことだけを生きがいに稽古に励んだ。


 誰かと他愛もない話をしたり、団子を分け合うこともなく、師範の真木さんと必要最低限の会話を交わすだけの日々を送っていた。


 ……三年後の春、あいつと再会するまでは。





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