第14話 殺人鬼の正義

「や、やめろ!!」


 少し震えた叫び声と同時に座り込んでいる俺に後ろから何かが覆い被さった。


「……こ、こいつは俺の……なんだ!」


 ……俺の義兄になってから今まで一度も俺のことを弟だなんて言わなかったのに、伊吹いぶきは俺のことを弟だと断言した。


「血族だったら何だ、お前は標的じゃない。 一緒に殺されたくなければ退け」


 殺人鬼デュースは淡々とそう言うと、こちらに向けていた右手を下ろして握り締めた。 どうやら伊吹を殺す気は全くないらしい。


「それでも俺の弟なんだ!! 母上も父上も殺されて鷹まで殺されたら俺は……」


 伊吹は震える手で俺の右手を握り締める。 ……あの腰抜けの伊吹が逃げなかった、 明日は豪雨だな。


「……お前が恐れているのは家族の死よりも自分の身の危険、違うか?」


 伊吹は少女の言葉に少し身を引いた、恐らく図星だったのだろう。


「……何で俺は殺さなくて鷹は殺すんだよ? 俺の方が弱いのに、劣ってるのに……」


 伊吹は消え入るような声でそう言った。


越鏡者アリスの息子と娘だから標的になった」


 少女は淡々と話しながら近付いてくる。


「それがどうしたんだよ!!!」


 伊吹がそう叫んでも少女は足を止めない。


越鏡者アリスとその子供は死んで罪を償わないといけない、」


 ………子供に罪? 何だか滅茶苦茶なことを言っているが、彼女が嘘を言っているようには思えない。


「何で死なないといけないんだ!!? お前は殺さなくて良いと命令されたのに……それまで鷹を殺そうとしてなかったのに、どうして俺の弟を殺そうとするんだよ!?」


 伊吹は大声を上げながら鼻をすする。


「……私の他に操り人形はいらない、だからその標的は殺す。 安心しろ、私が苦痛を一切与えずに弟を天国に送り出してやる」


「……そ、そんな……自分の立場を守るために、簡単に……人を殺すのか!?」


 伊吹は信じられないといった様子で俺の右手を握る力をぐっと強める。


「餓鬼の言う通りだ! デュース、何故 要らないのか理由を言え!!」


 仮面の男は荒々しく少し黒ずんだ赤い石を地面に叩き付けた。


「……操り人形にされて死なずに済んでも、生き地獄だから、死んだ方が幸せだから」


 デュースは淡々と表情一つ変えずにそう語る。 その声音は相変わらず氷のように冷たいが、怒りのような……感情があるように思えた。


「……デュース、」


 少女にリギアナ と呼ばれた若い女は何故かほっとしたように笑みを浮かべた。


 ……この人達は悪人じゃない。 俺たちを殺しに来た敵ではあるが、状況が違えば分かり合えたはずだ。


「新たに操り人形が生まれる前に私がその人を苦しめないように殺せば、誰も可哀想な人形にならなくても済む。 そのためなら私は……たとえ同じ年頃の人間でも何人殺すことになっても構わない」


 雲が晴れた夜空のように澄んだ紺色の瞳が彼女の強い意志を表していた。


「……ティーテレス、」


 男が呟いた瞬間、少女の瞳が茜色に染まる。

 すると男は足元に転がった父さんの刀を拾い上げ、黒く濁った赤い石をその刀で真っ二つにした。


「……ローゲント!?お前、何てことを……!」


 リギアナがそう叫んだ直後、デュースがむせ返りながら地面に座り込んだ。 小さな口から滝のように流れる鮮血は、父さんの死体から溢れた暗い赤を上から塗りつぶし、辺りに小さなが広がった。


「リギアナ、お前は少し黙っていろ」


 そう男が告げた次の瞬間、リギアナは気を失い、玉砂利で敷き詰められた地面に倒れた。


「……さて、邪魔者たちの動きは封じた事だ、まずは餓鬼を操り人形にしてやらないと……」


 大男は気味の悪い笑みを浮かべる。 ……嫌だ、あんな地獄を味わいたくない。


「……操り人形を増やしても何も変わらない……お前たちへの不満が膨らむ一方だぞ、」


 口を開く度に血を流しながらデュースはそう訴える。


「ならば、それを力で押さえつけるまでだ」


 言い捨てた男は大股でこちらに歩いてくる。


「人形劇の操り人形と同じ……操り糸は強すぎる力が加わると簡単に切れてしまう。 現にお前は私を操れていない」


 少女は男の足を止めるかのように口を挟む。 しかし、男は不気味に口角を上げるだけだった。


「ああ、今はな。操り人形が逆らうなどという馬鹿げた事が起きるとは想定外だった。 だが、新しい人形を見つけた……不良品は必要ない」


「……そいつはまだ人間だ、人形じゃない」


「もうこの餓鬼は普通の人間として生きることは不可能だ、安心して後輩を迎えるが良い」


 男がそう言い終えた直後、デュースは素早く立ち上がり、伊吹の帯を掴んで片手だけで後ろに放り投げた。 ……やっぱり化け物だ。


「止せ!お前は何がしたいんだ!!」


 伊吹は転がされてすぐに起き上がると、よほど腰が抜けているのか後ずさりするかのように 俺の方まで戻ってくると、再び右手首を強めに掴んできた。


「助けるために殺す、」


 少女は断固として譲らない。


「死んだらそれは助かってない!!」


 伊吹はそう首を横に振った。


「さっきも言っただろ、操り人形なんて生き地獄だから死んだ方がよっぽど幸せだ。 だから私がそいつを……」


「死んだ方が良いなんて誰が決めたんだよ!」


 伊吹がそう問い詰めたとき、少女は再びその場に力なく座り込んだ。 あれだけの出血量だと貧血にもなるだろう。


「じゃあ……お前は弟が死ぬよりも辛い苦痛を味わうことになっても良いってことか? ……私がどんな気持ちで人を殺してるかも知らない癖に、綺麗事ばっかり並べるなよ!!」


 デュースは出会ってから初めて大声を張り上げた。 ……きっと、これが彼女の本心なのだろう。


「でも……!!」


「じゃあお前が殺してみろよ、苦痛を一切与えずにお前の手で弟をに送ってやれよ!?」


 デュースの言葉に伊吹は即座に首を振った。


「……出来ないだろ? だから私が代わりに殺してやるって言ってるんだよ、」


「……だ、だからって!」


 今まさに彼女は生き地獄を味わっている、死ぬよりもっと辛い苦痛を。 これ以上否定したところで殺人鬼デュースが苦しむだけだ。 それなら……



「……伊吹、飛華あすかを連れて逃げろ」


 痺れた舌を回して俺は伊吹にそう告げた。


「な、何でお前まで……それに飛華はもう殺されたかもしれないのに……」


「あすか……それは妹の名前か?」


 伊吹の言葉に少女は首を傾げる。


「さ、殺人鬼に答えるわけないだろ!!」


 伊吹はびくっとして、大声でそう言った。


 あまりにびびっているので思わず吹き出しそうになるが、伊吹なりに頑張っているのだろう。


「うん、俺の妹。……まだ生きてるか?」


「なっ、何でそいつと口聞いてるんだよ!?」


 伊吹は驚いた様子で声を上げる。


「……本当は殺さないといけなかったけど、ローゲントには殺したって嘘をついた。 蛇使いに殺されてなければ生きているはずだ」


 じゃあ、こいつはあの男の命令に抗ったのか? 操り人形だって言われてたのに抗えるのか……?


「はぁ!?信じる訳ないだろ!!」


「……伊吹、飛華は確実に生きてる、だから逃げろ」


 俺の言葉に伊吹は目を丸くした。


「嫌だ、!俺一人じゃ逃げられない! お前と違って俺は……出来損ないで腰抜けで……母さんだって違う! だから俺一人じゃ……」


 伊吹は事実を言っている。 どうしようもないくらい腰抜けで、刀の腕も高くはない。 でもこのままだと全員殺されてしまう……


「……伊吹、こんな所で弱音を吐くな!!……お前には今すぐ逃げるかこのまま殺される以外に選択肢がないんだ!!」


 今出せる最大限の声を出した。 ……そして、俺には逃げるという選択肢はない。 もう手遅れだ、殺人鬼デュースに甘えて天国に送ってもらおう。 父さんと母さんが待っているはずだ。


「でも……」


「でもじゃない!弟より劣ってると思うなら逃げて生きのびて俺を超えろよ!……生きていればいくらでも変われるだろ!?」


「……でも、お前は俺の家族なんだ、置いて逃げるなんて、見殺しと同じだ! 俺はそんなことしたくない!!」


 正論だ……こうなったら、最終手段に出るしかない。


 かろうじで感覚が残る右手を握りしめている伊吹の手を強引に振り払った。


「……お前なんか、家族じゃない、兄弟でも何でもない、赤の他人だ……」


 震える声で俺はをついた。 ……本当は家族だと思っていた、たとえ腹違いでも、伊吹は俺のたった一人の兄貴だった。


「えっ……」


 そんな伊吹の力ない声が鼓膜に響く。 視界が涙で歪む、……でも、今はまだ泣いたら駄目だ。


「……俺に異母兄弟なんて居ないんだ、妹だってお前には居ても俺には居ない!」


 ……言い切った。 正論には勝てない、だから完全に間違ったことを言うしか無かったのだ。


 きっともう、伊吹と飛華とは家族に戻れない……どうせ俺はもう死ぬから関係ないか。


「……信じてたのに……俺はお前を信じたのに…」


 ……伊吹の絶望したような表情が心を抉る。 胸がぎゅっと締め付けられて息苦しい。


 それでも、家族の縁を切ってでも二人を逃がさないといけない。 それが俺の最後の役割だ。


「……信じたお前が悪い」


「そんな……俺は初めて……人を信じたのに……お前は最低だ! お前なんか俺の弟じゃない! 人を裏切る最低な奴は……家族じゃない!」


 ……返す言葉は見当たらなかった。 これで良いんだ、俺はこうなることを望んで伊吹のことを裏切ったんだ。


 ……未練を残さずに逃げてもらうためには、嘘をついて裏切る以外に方法が無かった。


 俺は自分の心にそう言い聞かせて嗚咽を漏らす正直な心の中の口を必死に塞いだ。


「……も、もう誰も……俺は俺だけが良いように生きるんだ!! もう二度と人を信じたりしない!!」


 伊吹はそう言い放って家まで走っていった。 ……伊吹に掴まれていた右手はもう痺れて動かなくなっている。


 多分、かなり強く握り締められていたから鬱血して毒が回らなかったのだろう。


 伊吹の姿が見えなくなった途端、せきを切ったように涙が溢れた。 これで良かった、これで良かったんだ。


 ……本当は怖かった、怖くて仕方がなかった。 冷静で居られたのが嘘みたいだ、俺も一緒に逃げたかった……もう手遅れだけど。


 垂れそうになる鼻をすすって顔を上げる。 歪んだ視界に移るのは、やたら正義感の強い殺人鬼。……腹をくくれ、俺は武家の子だ、覚悟を決められない腰抜けじゃ駄目なんだ。


「……頼む、……殺してくれ、」


 上手く回らない舌でなんとかそう伝えた。 本当は生きたいに決まってる。 でも、生きて地獄を味わうくらいなら死んで天国に行く方がマシだ。


 ……それに、もうどうでも良かった。 両親を殺されて、兄妹も居なくなった、生きる理由も何も無い。


「分かった、殺してやる」


 殺人鬼デュースは真っ赤な口元を少し緩めてそう言った。

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